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転生エルフは納豆が食べたい! ~その豆、禁忌につき。世界を敵に回しても私は混ぜる~  作者: Geo
第一章 【納豆のない世界と藁(わら)の魔法】

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納豆オタクだった日々 +納豆レシピ

農園での生活が始まって、一週間ほどが経った。


夜。与えられた個室のベッドに横たわりながら、私は天井の木目を見つめていた。

狭い部屋だが、一人になれる時間は貴重だ。


こうして静寂に包まれていると、思考は自然と前世の記憶へと沈んでいく。

日本での生活。納豆に魂のすべてを捧げていた、狂おしくも愛おしいあの日々のことだ。


前世の私は、東京の小さな商社で働く平凡な事務員だった。

二十五歳、独身、彼氏なし。

職場では「真面目で大人しい人」という評価で通っていた。


けれど、それは仮の姿。

私には、誰にも言えない——いや、言ったところで誰にも理解されない「裏の顔」があった。


フォロワー数、一万人超。

SNSの世界で、私は『ネバり姫ナタリー』というハンドルネームで崇められる、納豆界隈のちょっとした有名人インフルエンサーだったのだ。

プロフィール欄にはこうある。


『No Natto, No Life. 三度の飯より納豆が好き。年間消費パック数1000個超。納豆は飲み物です』


毎朝、毎晩、違うメーカーの納豆や納豆料理の写真をアップし、その豆の種類、産地、形や色、粒が揃っているか、粘りや糸引き具合、豆の固さや歯ごたえ、臭い、発酵度合い、添付の辛子や調味液タレの味や塩分濃度、パッケージデザイン、値段コスパ、レア度までを細かくレビューする。

私の投稿には、全国の納豆ファン——通称「ネバラー」たちから、毎日熱い「いいね」がついた。


「ナタリーさんのレビューを見て、茨城まで遠征してきました!」

「今日の『混ぜ動画』、ASMRとして最高です。糸を引く音がたまりません」


そんなコメントに返信するのが、私の至福の時間だった。

一万人という数字は、芸能人からすれば少ないかもしれない。けれど、全員が「納豆」という一点のみで繋がった濃密なコミュニティだ。その中で私は、カリスマだった。


私の納豆愛は、単なる「食通」の域を遥かに超えていた。


ファッション誌の代わりに『日本食糧新聞』や『日本食品微生物学会誌』を購読し、休日はデートではなく国会図書館に籠もって「枯草菌こそうきんの繁殖メカニズム」に関する論文を読み漁る。

「納豆菌のポリグルタミン酸生成における温度依存性」なんて論文を読みながら、「わかる……わかるわよ、その気持ち!」と独り言を呟く女。それが私だった。


エピソードには事欠かない。

ある時、友人に無理やり連れて行かれた合コンでのこと。


「好きな食べ物は?」という定番の質問に対し、他の女子が「パスタ」「いちご」と可愛く答える中、私はうっかり「小粒大豆のひきわり……あ、いえ、納豆です」と答えてしまった。


そこまでは良かった。


だが、イケメン商社マンが「俺、納豆ダメなんだよねー。足の裏の匂いしない?」と言った瞬間、私の中のスイッチが入ってしまったのだ。


「足の裏? 失敬な。あれはイソ吉草酸きっそうさんの香りです。それに納豆菌は宇宙空間でも生き残る最強の菌なんですよ? あなた、宇宙空間で生き残れますか? 納豆菌より弱い存在の分際で、納豆様を侮辱するんですか?」


早口でまくし立てた結果、場は凍りつき、私は二度と合コンに呼ばれなくなった。

でも後悔はしていない。納豆を愛せぬ男になど、私の人生に入り込む隙間スロットはないのだから。


 ◇    ◇    ◇


そんな「ネバり姫ナタリー」としての活動を続けるうち、私はある一つの結論に達した。


「食べるだけでは、足りない。……自分で、最高の神納豆ゴッド・ナットウを作りたい」


そう、消費者の側から、創造主クリエイターの側へ。

禁断の領域へと足を踏み入れてしまったのだ。


納豆の作り方は、理論上はシンプルだ。

煮た大豆に納豆菌を付着させ、適切な温度と湿度で保温するだけ。


だが、その「適切」が恐ろしく難しい。


私は実験を重ねた。

発泡スチロール箱、電気毛布、炊飯器、ヨーグルトメーカー、爬虫類飼育用のサーモスタット……。

現代文明の利器を総動員し、部屋中をコードだらけにして挑んだ。

しかし、どうにも納得のいく味にならない。


市販の納豆菌を使えば、確かに納豆にはなる。でも、私が求めているのは「スーパーで買える味」ではない。「魂が震えるような、野生の味」なのだ。


「何かが……何かが足りない」


論文を読み返し、古文書まで紐解いた私がたどり着いた答え。

それは、原点回帰。「炭火」を使った『わらつと納豆』だった。


昔の農家は、囲炉裏の近くや、炭火の掘りごたつを利用して保温していたという。


文献から導き出した、私の仮説はこうだ。


『炭の燃焼によってむろ内の酸素が消費されると、納豆菌は生命の危機を感じて「芽胞がほう」を大量に生成し始める。その生存本能こそが、爆発的に旨味を増加させるのではないか?』


完全に独自解釈のオカルト理論だが、当時の私は本気だった。


「理屈はどうあれ、やるしかない!」


私はホームセンターへ走り、七輪と最高級の備長炭、そして断熱材を買い込んだ。

アパートの押し入れを改造し、完全密閉型の「特製発酵室ラボ」を構築したのだ。


そして、運命の日。

私は淡いピンク色の白衣に着替え(形から入るタイプだ)、医療用マスクとゴム手袋を装着。

キッチンにはアルコール消毒液を乱射し、無菌室レベルの聖域を作り上げた。


「オペを開始する」


  ◇    ◇    ◇


前夜。

取り出したのは、北海道産の極小粒の大豆「ユキシズカ」。

名前の可愛さもさることながら、この極小サイズこそが、ご飯粒と絡み合う黄金比を生み出す。


まずは選別だ。これは私の大事な儀式。

大豆をトレーに広げ、ピンセットで一粒ずつ検品する。


「君は形がいいね、採用」

「おっと、君は少し皮が破れてる。不合格」


深夜のキッチンで、豆に向かってブツブツと話しかける女。


客観的に見ればホラーだが、本人は『美味しんぼ』の究極のメニュー作りごっこに陶酔していた。

『美味しんぼ』で美味しいご飯を炊くためにお米を選別するシーンがあったが、あれと同じ気概で一粒一粒と向き合う。


そして、選別された大豆は、たっぷりの水を張ったボウルに一晩沈める。大豆は水を吸い込み、翌日にはツヤツヤとした、みずみずしい大豆に変身する。


  ◇    ◇    ◇


選ばれしエリート豆たちを煮込み、今回のかなめ、「わらつと」に詰める。

この藁も、わざわざ無農薬農家から取り寄せた逸品だ。


藁には天然の納豆菌が住んでいる。

そして余分な水分を吸い、適度な湿度を保つ。いわば、納豆菌のための「高級タワーマンション」。


「さあ、入居の時間よ」


煮豆を藁に詰め、うやうやしく押し入れのラボへとインストールした。


七輪の火加減は完璧。備長炭がチロチロと赤く燃えている。


私は狭い押し入れの中に、藁つとと一緒に入り込んだ。


七輪の熱を逃さないよう、内側から目張りをする。


まるで神に祈る巫女のように、炭火にかざした両手で念じる。


「美味しくな〜れ、美味しくな〜れ」

「納豆菌様、起きてください。朝ですよ」

「きてます! きてます! 菌たちの息吹を感じます!」


あと数時間。この炭火の遠赤外線効果と、私の愛があれば、歴史を変える納豆が誕生するはずだった。


だったが——私は科学者として、あるまじきミスを犯していた。


納豆への情熱、そして「密閉すればするほど温度が安定する」という思い込みが強すぎて、「換気」という生命維持における初歩的な安全管理を忘れていたのだ。


だんだんと頭が重くなり、強烈な睡魔が襲ってきた。

手足の先から感覚が消えていく。


「あれ?……なんだろう、すごく気持ちいい……」


これは、納豆菌が醸し出すα波のせいかしら?

などと、お花畑なことを考えていた。


視界が霞み、意識がホワイトアウトしていく。

薄れゆく意識の中で、最後に思ったのは、


「あ、これ一酸化炭素中毒だわ」という冷静なツッコミと。

「ブログの更新……『究極の納豆、作成中!』で止まってる……」

「完成品の写真……一万人のフォロワーに、見せたかったな……」


という、インフルエンサーとしての無念だけだった。


享年二十五歳。

死因、納豆作成中の酸欠。


ニュースになれば、「納豆部屋の悲劇」としてSNSでバズったに違いない。


 ◇    ◇    ◇


「……はぁ」


ベッドの上で、深いため息が漏れた。

何度思い出しても、あまりにも間抜けすぎる最期だ。

もし来世があるなら、次はもっと換気のいい場所でやろう。

そう誓ったのに、まさか本当に来世が来るとは。

私は今、異世界のエルフ「ナタリー」として、二度目の生を受けている。


(……この世界には、納豆がない)


農園に来て一週間。食事の内容を見て確信した。

パン、スープ、チーズ、干し肉。

発酵食品はあるが、納豆はない。


そもそも、あのネバネバと独特の香りを愛する文化自体が存在しないのかもしれない。

けれど、私の中の「粘り姫ナタリー」が叫んでいる。

私の血管には、血の代わりにポリグルタミン酸が流れているのだ。


食べたい。

あの黄金色の豆を。白いご飯の上で糸を引く、あの芳醇な香りを。


(……いつか、絶対に)


私は左手首の藁縄をギュッと握りしめた。 不思議と、腕輪がほんのりと温かい気がした。まるで、私の決意を応援してくれているように。


前世の記憶と、エルフの身体。 二つの人生が交差するこの場所で、私の新たな目標が決まった。


——この異世界で、最高の納豆を作る。


私は目を閉じ、夢の中で湯気を立てる炊きたてのご飯と納豆を思い浮かべる。


それもただの納豆ごはんではない。 死ぬ直前、私が実験の果てにたどり着きたかった味。 炭火や炎で炙られ、少し焦げ目がつき、香ばしさが爆発しているあの味だ。


(ああ、バターを落として、バーナーで……)


私は目を閉じ、夢の中で湯気を立てる炊きたてのご飯と、黄金色に輝く納豆の海を泳ぐ自分を思い浮かべながら、眠りについた。

──────────────────────────────────

【ネバり姫の納豆料理】蘇る火の記憶「焦がしバター醤油の炙り納豆丼」


あの時、薄れゆく意識の中で私が何を求めていたか。

それは「熱」だ。 納豆は常温や冷やして食べるのが常識? ノンノン。

納豆菌(彼ら)は、熱を加えることで新たな扉を開く。


これは、私の命を奪った「火」を使った、復讐と再生のレシピ。 ガスバーナー(なければトースター)で焼き上げる、禁断の「焦がしバター醤油の炙り納豆丼」だ。


用意するのは、私が愛してやまない「極小粒納豆」。 ご飯と絡み合う表面積が最大化されたこの極小粒に、動物性脂肪の王様「バター」を合わせる。


これだけでも優勝確定だが、まだ足りない。 ここに「直火」という魔法をかけるのだ。


器に納豆を入れて混ぜて粘りを出しておく。

その上にバターを載せ、タレを半分回しかける。


そこを狙って、ガスバーナーで炙る。 カチッ、ゴォォォォォッ!!

青い炎が納豆を舐め、バターを溶かしてゆく。


その瞬間、部屋に充満するのは「焼きとうもろこし」にも似た、強烈に香ばしい醤油と豆の焦げる匂い。

メイラード反応。

それは科学が生んだ奇跡。


ここで一度、全体を混ぜる。

茶碗にご飯をよそって、その上にドンと納豆を載せる。


さらに納豆の上にバターを鎮座させる。

残りのタレを回しかけ、もう一度、炙る。カチッ、ゴォォォォォッ!!


バターが溶け出し、焦げた醤油と混ざり合い、黄金のソースとなってご飯に染み込んでいく。

粘りは熱で少し落ち着き、代わりに「とろり」としたクリーミーな食感へと変化する。


一口食べれば、そこは極楽浄土。

「……生きててよかった」 そう呟かずにはいられない、命の味がするはずだ。


私が命がけで求めた「炭火」の香ばしさ。

現代の皆さんは、安全なキッチンで(換気は忘れずに!)、この背徳の味を堪能してほしい。


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       納豆料理レシピ

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◑材料(1人分)

・納豆(極小粒推奨。なければ小粒で)

・ご飯(炊きたて熱々で!)

・バター(有塩。ケチってはいけない)

・醤油(タレだけで足りなければ)

・長ネギみじん切り

・粗挽き黒胡椒


◑道具

ガスバーナー (※ない場合は、耐熱皿にご飯と具を乗せてオーブントースターで焦げ目がつくまで焼くべし)


◑作り方

1.器に納豆を入れて混ぜる

2.バター半分を載せて、タレ半分を回しかける

3.バーナーでバターを溶かしながら、タレや納豆が黒く焦げるように火で炙る。

躊躇はいらない。バターが溶け、納豆の表面がチリチリと焼け、醤油が焦げて煙が立つまで、大胆に炙るのだ。

4.全体をかき混ぜてバターと納豆をなじませる。

5.茶碗にご飯を盛り、中央にくぼみを作り、炙り納豆を載せる。

6.さらにバターを載せ、残りのタレを回しかけて、仕上げに再度炙るのだ!

7.部屋中が良い匂いになったら、ねぎと黒胡椒を振る。


食べる時は、溶けたバターと焦げた納豆をグチャッとかき混ぜてかっ込むべし。

カロリーの味がする? 気にするな。それは生きるエネルギーだ。

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