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転生エルフは納豆が食べたい! ~その豆、禁忌につき。世界を敵に回しても私は混ぜる~  作者: Geo
第一章 【納豆のない世界と藁(わら)の魔法】

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グランヴェル農園 +納豆レシピ

ガタゴトと揺れる荷馬車の中は、思いのほか快適だった。


荷台には小さな革張りのクッションが効いた座席があった。

鉄格子のついた囚人馬車とは大違いだ。

幌の隙間から、景色が流れていく。


石造りの街並みから、次第に藁葺き屋根の木造建築が増える。そして、のどかな田園風景へ。


(やっぱり、異世界なんだ……)


前世の知識——サブカルチャーに親しんだ現代日本人の感覚が、この状況を「ファンタジー世界」だと分類している。

でも、これはゲームでも夢でもない。

すべてが、逃れようのない現実だ。


「名前は?」


御者の隣に座っていた男が、振り向きざまに口を開いた。

私を買った主人、マーカス・グランヴェルだ。


「……ナタリーです」


急に名を聞かれ、前世で使っていたSNSのハンドルネームが口から出た。


とっさに答えてしまったが、やはりこのエルフの本当の名前は思い出せなかった。

まあいい。「ネバり姫ナタリー」は、私そのものだ。


「ナタリーか。エルフにしては珍しい響きだな」


マーカスは短く鼻を鳴らすと、視線を前に戻した。


「俺はマーカス・グランヴェル。この街の郊外で農園を経営している。お前にはそこで働いてもらう」

「はい」

「それから——読み書きと計算ができると言ったな?」


鋭い視線が戻ってくる。私は背筋を伸ばした。


「はい。……」

「なら、うちの子供たちの家庭教師もしてもらう。長女は十二歳、長男は八歳だ」


マーカスは少しバツが悪そうに頭を掻いた。


「街の学校までは遠いし、俺はそういうのは苦手だし、女房も農園の計算事をやっていて忙しくてな」


奴隷に家庭教師?

常識外れな気もするが、ナタリーの記憶にある「エルフは賢い」という通説が作用しているのかもしれない。あるいは、単に安上がりに済ませたいだけか。

どちらにせよ、泥まみれの重労働よりは百倍ありがたい。


「……承知しました」

「よし」


マーカスは満足げに頷くと、声を低くして凄んだ。


「一つ言っておくが、農園から逃げ出そうなどとは考えるなよ」

「……」

「敷地には見張りがいるし、農園周りの森には野獣も出る。お前のような華奢なエルフが一人で森に入れば、一晩と持たずに餌食だ」


脅し文句のようだが、事実だろう。

今の私には行くあてもないし、森で自給自足するサバイバル能力もない。

野良エルフだった頃の記憶はあるが、今の「私」にそれが再現できる自信はなかった。


馬車は街を抜け、広大な田園地帯へと入っていった。

麦畑、果樹園、野菜畑。

そして遠くには、水田らしきものもチラリと見えた気がした。


 ◇    ◇    ◇


「着いたぞ。ここがグランヴェル農園だ」


門をくぐった先には、私の想像を遥かに超える光景が広がっていた。

広い。とにかく広い。

視界の限り続く農地。点在する巨大な納屋や家畜小屋。

遠くの畑では、豆粒のように小さく見える数多くの人達——おそらくは奴隷たちが働いているのが見える。


どうやら私は、とんでもない大農園の主に買われたらしい。


馬車が母屋の前で止まると、一人の女性が出迎えてくれた。

シンプルだが上品なドレスを身にまとい、柔和な笑みを浮かべている。


「お帰りなさい、マーカス」

「おう、戻ったぞ。エリザベス、これが新しい奴隷のナタリーだ」


マーカスが私の手を縛り付けていた縄を解きながら話した。

マーカスの妻、エリザベスは、私を見ると少し驚いたように目を丸くした。


「まあ、綺麗なエルフ……。それに、とても若いのね」

「ああ。魔法が使えて、読み書きもできる。頭も賢そうだ」


マーカスは「いい買い物をしただろう」と、エリザベスに自慢げな顔を見せた。


「それは素晴らしいわ。ちょうど書斎の整理も手伝ってほしかったの」


エリザベスは私に歩み寄ると、奴隷に対するとは思えないほど丁寧に声をかけてきた。


「よろしくね、ナタリー。私はエリザベスよ」

「……よろしくお願いします、奥様」


私はぎこちなく頭を下げた。


「まぁ、キチンとご挨拶もできるのね」


彼女からは、生まれ育ちの良さを感じる。

農園主の妻というより、どこか地方貴族の令嬢といった雰囲気があった。


「さあ、まずは身体の汚れを落としましょう。お水を使わせてあげるわ」


エリザベスに案内されたのは、母屋の裏手にある洗い場だった。

そこには大きな木のたらい桶があり、すでになみなみと水が張られている。

奴隷風情にこれほど立派な大桶を使わせてくれるなんて、破格の待遇だろう。

でも、日本人としての記憶を持つ私としては、冷たい水での行水ぎょうずいはかなり辛い。


「奥様……もしよろしければ、この水を温めてもよろしいでしょうか」

「えぇ! そういえば、あなたは魔法が使えるって言っていたわね。是非見せてちょうだい」


エリザベスは興味津々といった様子で、私の顔を覗き込んだ。


大丈夫、できるはずだ。


エルフとしての記憶の底に、生活魔法の使い方が眠っている感覚がある。

奴隷商人に捕まったときは焦って「攻撃魔法」を使おうとして失敗したが、今度はできる気がした。


私は桶の前に立ち、両手を広げて目を閉じた。

攻撃魔法としての「火」は出せないが、できるのは周囲の空気や水の分子を振動させて「温める」ことだけ。


桶の中の水に向かって、魔力を送り込む。


イメージするのは、ガスでも電気でもなく、分子を振動させる電子レンジのような感覚。

いや、もっと原始的に。私の体温を、水に移すような……。


(……熱くなれ、熱くなれ)


三分ほど経っただろうか。額にうっすらと汗が滲む。

地味な作業だが、意外と集中力が必要だ。もういいだろうか?

私が目を開けると、エリザベスがおそるおそる桶に手を入れた。


「……温かいわ。ふふ、ちょっとぬるいけれど、水よりはずっといいわね」


服を脱ぎ、そのぬるいお湯に身を沈める。


熱々とはいかないけれど、この体には、そのぬるさでもじわりと染み渡る。

旅の緊張と疲れで凝り固まっていた筋肉が、ほぐれていくのを感じた。


「はぁ……極楽……」


湯気の中で、思わず懐かしい日本語が口をついて出た。


森での野宿、奴隷市場の冷たい石畳。それらを経ての温かいお風呂は、涙が出るほど気持ちよかった。


体を洗いながら、左手首を見る。

そこには、あの藁の腕輪がついたままだ。お湯に濡れて色が濃くなっているが、ほどける様子はない。


(これだけは……外したくないな)


なぜだか分からないけれど、この藁の輪っかを見ていると心が落ち着く。

前世の記憶にある「納豆」への執着なのか、それともエルフとしての私が持っていた大切な記憶の欠片なのか。


 ◇    ◇    ◇


風呂から上がると、エリザベスが清潔な服を用意してくれていた。

使用人用のシンプルなワンピースだが、サイズはぴったりだった。


「似合うわね。さあ、あなたの部屋へ案内するわ」


通されたのは、母屋の一角にある小さな部屋だった。

元は納戸だったのだろうか、窓は小さいが、ベッドと机、それに本棚が置かれている。


「子供たちの勉強を見てもらうし、特別に個室にしたわ。この部屋なら、書斎への出入りもしやすいでしょう?」


エリザベスが指差した先、廊下の突き当たりには重厚な扉があった。


「あそこは書斎よ。私の実家から持ってきた古い本がたくさんあるの。中には百年以上前の貴重なものもあるから、掃除の時は気をつけてね」

「百年以上も前の本、ですか?」

「ええ。歴史書や、昔の英雄譚、植物図鑑なんかもあるの」


エリザベスは優しく微笑んだ。

本が読めるかもしれない。それは、ネットもテレビもないこの世界において、最高の娯楽であり情報源だ。私の心は高揚した。


「承知しました」

「じゃあ、落ち着いたら台所に来てちょうだい。夕食の準備を手伝ってもらうわ」


エリザベスが去った後、私は自分の部屋に戻りベッドに腰を下ろした。

柔らかいマットが沈み込む。

窓の外には、夕暮れに染まる広大な農園が見えた。


遠くの小屋からは、仕事を終えた奴隷たちが列をなして戻ってくるのが見える。彼らは大部屋での雑魚寝なのだろうか。


それに比べて、この待遇。

私は運が良かった。魔法が使えて、前世の知識があって、本当に良かった。


こうして、私の新しい生活——奴隷としての、そして家庭教師としての日々が始まったのだ。


 ◇    ◇    ◇


翌朝。私の朝は早い。

顔を洗って着替えた後、最初に向かうのは母屋から少し離れた場所にある「鶏小屋」だ。


「コケッ、コッコッコッ」


柵の中では、丸々と太った鶏たちが元気に走り回っている。

私の役目は、彼女たちが産んだばかりの卵を回収することだ。

産み落とされた卵は、手に取るとまだほんのりと温かい。生命の温もりだ。


「よし、今日も大量ね」


私は籠いっぱいの卵を抱え、台所へと急ぐ。


「おはようございます、奥様。卵を採ってきました」

「あら、ありがとうナタリー。じゃあ、すぐに朝食にしましょうか」


エリザベスは手際よく卵を割り溶きほぐすと、熱したフライパンに流し込んだ。


ジュワァ……ッ。


食欲をそそる音と共に、バターと卵の甘い香りが立ち上る。

彼女が作るのは、シンプルなスクランブルエッグだ。ふわふわの黄色い山が、皿の上に築かれていく。


それを見ていた子供たち——ソフィアとトーマスが歓声を上げた。


「わあ! 卵だ!」

「母さんの卵料理、大好き!」


無邪気に喜ぶ二人を見ながら、ふと私の「料理人オタク」としての血が騒いだ。


(スクランブルエッグもいいけれど……)


この新鮮な卵があるなら、もっと「包容力」のある料理が作れるはずだ。


そう、オムレツだ。


(……あぁ、ダメだ)


想像しただけで、口の中に唾液が洪水のように溢れてくる。


白いご飯にも合うし、パンに挟んでも最高だ。

まさに、夕食のメインを張れる「オムレツ」。


  ◇    ◇    ◇


「ナタリー? どうしたの、怖い顔をして」


エリザベスの声で、私はハッと我に返った。

いけない。また納豆への執着で、般若のような顔をしていたらしい。


「い、いえ! 卵が美味しそうだなと思って!」


私は慌てて誤魔化し、焼きたてのスクランブルエッグを食卓へと運んだ。


けれど、心の中のレシピ帳には、しっかりと刻み込まれた。

いつか大豆と藁を手に入れた暁には、必ずこの農園の卵で「納豆オムレツ」を作ってやると。

──────────────────────────────────

【ネバり姫の納豆料理】ガッツリ肉入り「トマト納豆オムレツ」


オムレツ。

それは卵料理の王様であり、すべてを優しく包み込む「包容力」の象徴だ。


だが、私の作るオムレツは、カフェで出てくるようなお洒落で軟弱なものではない。

これは、筋肉と血液が歓喜する「完全食」の設計図である。


まずは具材フィリングの作成だ。ここが勝負の8割を決める。


タマネギ、ニンジン、セロリ。これら香味野菜三銃士を、親の仇のように極限まで細かくみじん切りにする。

それをフライパンでじっくり、飴色になるまで炒めて「ソフリット」を作る。

地味な作業だが、この凝縮された野菜の旨味ベース(土台)がなければ、神殿は建たない。


そこへ挽肉を投入。牛豚の合い挽きがいい。

肉の色が変わり、脂がパチパチと音を立てるまで、強火でガシガシと炒める。メイラード反応を起こし、香ばしさを引き出すのだ。

スパイス好きなら、ナツメグ、クミンを加えてもいいし、ハーブならローズマリーやタイム、そして、ニンニクのみじん切りを足してもよいだろう。

もし肉から脂が多く出たらキッチンペーパーでしっかりと吸い取る。


そしてここで、隠し味にして最大のポイント——「粗みじん切りのトマト」を加える。


完熟トマトの果肉が熱で崩れ、肉汁と混ざり合う。

トマトの酸味が肉の脂っこさを中和し、ソース全体をまとめ上げる指揮者マエストロとなる。


塩コショウで味を調えたら——火を止める。


ここ重要!

火を止めてから、主役の納豆を投入し、予熱でサッと合わせるのだ。


なぜ火を止めるか?

納豆の風味とネバネバ感、そして熱に弱い酵素「ナットウキナーゼ」を可能な限り守るためである(ま、食べる頃には熱くなってるけど気持ちの問題だ)。


完成した具材を見てほしい。


納豆が誇る良質な「植物性タンパク質」。

挽肉が持つ力強い「動物性タンパク質」。

この二つのプロテインが手を取り合うことで、アミノ酸スコアは満点に近づき、疲れた体に染み渡る最強のエネルギー源となる。


さらに、味の構成も計算し尽くされている。

香味野菜とトマトが持つ「グルタミン酸」。

肉が持つ「イノシン酸」。


これらが出会うことで、旨味の相乗効果は1+1=2ではなく、かけ算となって10にも20にも爆発的に跳ね上がる。

そこへ納豆の独特なコクが重低音のように響くのだ。


完璧だ。

食べる前から勝利は確定している。


だが、まだ終わらない。最後の聖戦、卵の出番だ。


別のフライパンを熱々に熱し、バターを惜しげもなく溶かす。

卵液を一気に流し込む。ジュワワーッ!という轟音。


菜箸で手早くかき混ぜ、スクランブルエッグ状にする。

半熟のトロトロ、固まるか固まらないかの刹那のタイミングで、先ほどの「旨味爆弾フィリング」を中央に乗せる。


ここが運命の分かれクライマックス

フライパンの柄をトントンと叩き、卵の端を折り返し、くるりと包む。

重力と遠心力、そして私の手首のスナップを駆使し、ラグビーボールのような美しい黄色い塊を形成する。


皿に移し、小口切りにした長ネギを、上からパラパラと載せる。


仕上げにかけるのは、トマトケチャップ。

中のフレッシュなトマトと、外の濃厚なケチャップ。この「ダブルトマト」の波状攻撃がたまらない。


もし貴方が刺激を求めるなら、タバスコを数滴振ってもいい。


ナイフを入れる瞬間を想像してほしい。

プルプルの卵が裂け、中から肉汁とトマト、そして納豆のネバネバが混ざり合った黄金のマグマがとろりと溢れ出す……。


(……あぁ、ダメだ)


想像しただけで、口の中に唾液が洪水のように溢れてくる。脳内物質がドバドバ出ているのがわかる。

白いご飯に乗せれば最強のオムレツ丼になるし、トーストに挟めばオムレツサンドイッチになる。

まさに、夕食のメインを張れる「王のオムレツ」。


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       納豆料理レシピ

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◆ ガッツリ肉入り「トマト納豆オムレツ」

◑材料(1人分)

・納豆

・卵

・合いびき肉(または豚ひき肉)

・トマト(粗みじん切り)

・香味野菜(タマネギ、ニンジン、セロリのみじん切り)

・長ネギ(小口切り)

・バター

・塩コショウ

・スパイスやハーブ、ニンニク

・ケチャップ

・タバスコ(お好みで)


◑作り方

フライパンで香味野菜をじっくり炒め、香りを出す。

ひき肉を加え、色が変わるまで強火で炒める。必要ならスパイス、ハーブを振る。

粗みじん切りのトマトを加え、水分が少し飛んで馴染むまで炒める。塩コショウで味を調える。

火を止め、納豆を加えて予熱で混ぜ合わせる(最強の具材完成)。

別のフライパン(または洗ったフライパン)にバターを熱し、溶いた卵を一気に流し込む。

半熟状態になったら、中央に具材を乗せ、手早く包む(形が崩れても味は同じなのでドンマイ!)。

皿に盛り、長ネギを載せ、ケチャップをたっぷりかける。辛党ならタバスコも。

※トマトと香味野菜の旨味、Wタンパク質の栄養価が詰まった完全食オムレツです。

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