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転生エルフは納豆が食べたい! ~その豆、禁忌につき。世界を敵に回しても私は混ぜる~  作者: Geo
第三章 【覚醒する藁の龍と反逆の狼煙】

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夜襲

夜風に吹かれ、少しだけ冷静さを取り戻した私たちは、倉庫の裏口から静かに中へと戻った。


「ナタリー様、今夜はもうお休みください。

 ここは安全ですから、これからのことは、明日また考えましょう」

「ええ……ありがとう、セリーナ」


セリーナに見送られ、私はあてがわれた部屋に入った。

ベッドに腰を下ろす。

窓の外は完全な闇だ。静寂が、耳に痛いほど張り詰めている。


(戦うか、逃げるか……)


答えは出ない。

けれど、セリーナの温かい言葉だけが、胸の奥で小さく灯っていた。


私は疲れ切った体を横たえた。思考が溶けていく。

いつの間にか、私は眠りへと落ちていた。

その静寂が破られたのは、深夜のことだった。


——ドォォォォォン!!


轟音。

建物全体が揺れ、天井から埃がバラバラと落ちてくる。

私は跳ね起きた。


「な、なに!?」


続けざまに聞こえてくる、金属がぶつかり合う音。男たちの怒号。悲鳴。


「敵襲だ!!」

「教会の兵士だ! 門が突破されたぞ!」


廊下から聞こえる叫び声に、全身の血が凍りついた。


嘘でしょう?

ここは見つからない秘密のアジトのはずだ。どうして?


バンッ!


部屋の扉が乱暴に開かれた。

飛び込んできたのは、血相を変えたセリーナだった。


「ナタリー様! 起きてください!」

「セリーナ、一体何が……」

「教会の執行部隊です! アジトの位置が、ここが知られました!」


セリーナが私の腕を掴み、無理やり引き立たせる。


「逃げます! 早く!」

「で、でも、みんなは……!」

「今はナタリー様の命が最優先です! ディートリヒの厳命です!」


セリーナに引かれ、私は廊下へと飛び出した。


そこは地獄だった。

煙が立ち込め、視界が悪い。


あちこちでドラゴンブレスのメンバーと、黒い戦闘服に身を包んだ教会の兵士たちが斬り結んでいる。

でも圧倒的な戦力差だ。


発酵を愛する職人や市民が主体のドラゴンブレスに対し、教会兵は闘いのプロフェッショナルだ。

次々と仲間たちが倒されていく。


「こっちです!」


セリーナが叫ぶ。


その時、大広間の方から爆発音が響いた。

思わず視線を向ける。

そこには、凄惨な光景が広がっていた。


「うおおおおおっ!」


ディートリヒが、巨大な戦斧せんぷを振るい、鬼神の如く戦っていた。

だが、彼の体には既に無数の矢が突き刺さっている。


その足元には——。

ロレンツが倒れていた。

胸を赤く染め、ピクリとも動かない。


その横には、マルタも。ハインリヒも。

つい数時間前、「聖女万歳」と笑い合い、酒を酌み交わした人々が。

物言わぬ肉塊となって転がっている。


「ロレンツ……! マルタさん……!」


悲鳴のような声が出た。

私のせいだ。私がここにいるから。

私という「魔女」を狩るために、彼らは巻き添えになったのだ。


「ナタリー様! 見ないで! 止まらないで!」


セリーナが私の視界を遮るように引っ張った。


「行きましょう! 彼らの死を無駄にしないで!」


兵士の一人がこちらに気づいた。


「いたぞ! 銀髪のエルフだ!」

「ナトゥーの魔女だ! 逃がすな!」


黒い集団が、雪崩のようにこちらへ向かってくる。


「走って!!」


セリーナの叫びと共に、私たちは駆けた。

扉を蹴破り、夜の路地裏へと飛び出す。


冷たい夜気が肺を刺す。

心臓が破裂しそうだ。足がもつれる。

でも、止まれば殺される。


「あっちです! スラム街へ!」


セリーナが先導する。

入り組んだ路地、腐ったゴミの山、崩れかけた壁、道端でうずくまっている老人。

迷路のようなスラム街を、私たちは泥にまみれて走った。


「はぁ……はぁ……」


追手の足音は遠のいただろうか。

角を曲がり、さらに狭い路地へ入ろうとした、その時だった。


「——待ち伏せとは、芸が無かったか?」


前方から、冷ややかな声が降ってきた。

ハッとして足を止める。


路地の出口を塞ぐように、三つの影が立っていた。

月明かりに照らされたのは、教会の紋章が入った黒い鎧。

精鋭騎士と異端審問官だ。


「予測通りだ。ネズミは必ず暗がりへ逃げる」


異端審問官は得意気なにやけ顔をこちらに向けた。


「見つけたぞ、ナトゥーの魔女」


後ろを振り返る。

後には炎で燃えさかるアジトの建物だ。

後戻りはできない。


「ここまでで……終わり、なの?」


絶望が胸を塗りつぶす。

ディートリヒも、ロレンツも死んだ。そして私も、ここで終わる。


「ナタリー様」


セリーナが一歩前に出た。私を背中で庇うように。

彼女の手には、護身用の小さな短剣が握られている。


震えている。当然だ。彼女は戦士ではない。

刃の持ち方すら危なっかしい、ただの世話役の少女なのだから。


「私が時間を稼ぎます。……その隙に、横の廃屋を抜けて逃げてください」

「な、何を言ってるの!? 無理よ!」

曾祖父そうそふと同じ後悔はしたくないのです!」


セリーナが叫んだ。


「ドラゴンブレスの……

 あの方々は、ただ美味しいものを食べたかっただけなのに!

 なぜ殺されなければならないのですか!

 私は……私は絶対に認めません!」


彼女は叫びと共に、前方の騎士に向かって突進した。


「セリーナ! ダメ!!」

「……邪魔だ」


騎士は、本気で構えることすらしなかった。

迫り来るセリーナを、まるで道端の羽虫を払うかのように、剣の側面で軽くあしらう。


ガキンッ!


「きゃあっ!」


セリーナの短剣はいとも簡単に弾き飛ばされた。

体勢を崩した彼女は、そのまま勢い余って地面に転がった。


「セリーナ!!」


私は駆け寄った。

よかった、血は出ていない。ただ、強く打ち付けたせいで息が詰まっているようだ。


「……うぅ」


セリーナが苦しげに呻く。

圧倒的な力の差。騎士にとって、彼女など殺す価値もない障害物でしかなかったのだ。


「無駄な抵抗だ。さあ、魔女よ。大人しく捕まって——裁きを受けろ」


異端審問官が、冷たい瞳で私を見下ろし、一歩踏み出した。


恐怖で体が動かない。

殺される。焼かれる。

嫌だ。死にたくない。

でも、それ以上に——。


(許さない)


心の奥底から、熱い塊が込み上げてきた。

ロレンツを殺した奴ら。マルタを殺した奴ら。

そして今、私を守ろうと盾になったセリーナをあざ笑う奴ら。


(私の大切な人たちを……これ以上、奪わせない!)


ドクン。


左手首が脈打った。

怒りに呼応するように。悲鳴に共鳴するように。

わらの腕輪が、灼熱の熱を帯びる。


「……来ないで!」


私の口から、低い声が漏れた。

騎士が怪訝そうに眉をひそめる。


「なんだと?」

「私の友達に……触るな!!」


私は叫びと共に、左手を騎士たちに向けて突き出した。


カッ!!


目を開けていられないほどの、強烈な青白い光が炸裂した。

左手首の藁縄から、光の奔流が渦を巻いて放たれる。


それは魔法ではない。

数億、数兆のナトゥーの精霊たちの「拒絶」の意志だ。


ドォォォォォン!


見えない巨人に殴られたように、異端審問官と騎士達が吹き飛んだ。


「ぐわぁっ〜!?」

「な、なんだこの力は!?」


騎士たちは路地の壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。鎧がひしゃげ、動かなくなる。

駆けつけた兵士たちも、光の余波に恐れをなして後ずさった。


「ヒィッ……ば、化け物……!」


私は荒い息を吐きながら、自分の左手を見た。

藁縄が、まだ青白く発光している。


怒っている。悲しんでいる。そして、私を守ろうとしている。


「ナタリー様……」


セリーナがふらつきながら起き上がった。

彼女は驚愕の表情で私を見ていた。


「今のは……」

「分からない。でも、やらなきゃいけなかった」


私はセリーナの肩を抱いた。


「立てる?」

「は、はい……打ち身だけです。走れます」

「行こう。今なら逃げられる」


私たちは、恐怖で動けなくなっている兵士たちを尻目に、再び走り出した。

スラム街の奥深く、誰も追ってこられない闇の中へ。


  ◇    ◇    ◇


どれくらい走っただろうか。

肺が焼け付き、足の感覚がなくなるまで走り続け、私たちはスラム街の最深部に迷い込んだ。


そこは、王都の光が決して届かない場所。

腐敗臭と、澱んだ空気が充満している。


「……しっ」


セリーナが唇に指を当て、足を止めた。

暗がりに目が慣れてくると、道端のあちこちに黒い塊が転がっているのが見えた。


ゴミの山ではない。人だ。

ボロ布をまとい、泥にまみれて眠る浮浪者たち。

彼らは死んだように眠り、時折、苦しげな咳払いをするだけだ。


「起こさないように……慎重に行きましょう」


セリーナが耳元で囁く。

もし彼らが騒げば、あるいは小銭稼ぎのために通報されれば、追手に居場所を知られてしまう。

私たちは息を殺し、泥濘ぬかるみに足を取られないよう、ゆっくりとした足取りで進んだ。


行く当てなんてない。

城門は封鎖されているだろう。

かといって、こんな場所に留まることもできない。

絶望が、冷たい霧のように心にまとわりつく。


その時だった。


カツーン……カツーン……。

静寂なスラム街には不釣り合いな、硬いひづめの音が響いてきた。

続いて、重厚な車輪が泥を踏む音。


「……!」


私たちは顔を見合わせ、とっさに近くの崩れかけた建物の陰に身を隠した。

心臓の音がうるさいほど響く。


音は、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる。

暗闇の向こうから、ぼんやりとしたカンテラの灯りが見えた。


「馬車……?」


私は目を疑った。

こんな貧民窟に、馬車が入ってくるなんてあり得ない。


それも、荷馬車ではない。

闇に浮かび上がったのは、立派なひさしのついた、漆黒の大型馬車だった。

窓には分厚いカーテンが引かれ、中の様子は窺えない。


馬車の周囲には、数人の人影が見える。

カンテラを持ち、剣を帯びた男たちが、油断なく周囲を警戒しながら歩いている。


「……間違いないわ」


セリーナが震える声で言った。


「教会の捜索隊が追ってきたのです。馬車を使ってこの区画を探っているのでしょう」

「そんな……」


私は壁に背中を預け、ガタガタと震える膝を抑えた。

こんな狭い路地で、馬車と護衛に見つかったら、もう逃げ場はない。


あの「光の力」も、今はもう腕輪から感じられない。

一度きりの奇跡だったのかもしれない。


馬車は、私たちの隠れている建物のすぐそばまで迫っていた。

車輪の軋む音が、まるで死刑執行のカウントダウンのように聞こえる。


男たちは無言だ。

それが余計に恐ろしい。

怒鳴り声も上げず、ただ静かに、獲物を追い詰める狩人のように周囲に目を光らせている。


「……」


どうしよう。

今度こそ、本当に終わりだ。


私はセリーナの手を冷たい手で強く握りしめ、ギュッと目を閉じた。

頼れるものはもう、何もない。

ただ、神に祈るように息を止めて、その時を待つしかなかった。

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