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転生エルフは納豆が食べたい! ~その豆、禁忌につき。世界を敵に回しても私は混ぜる~  作者: Geo
第三章 【覚醒する藁の龍と反逆の狼煙】

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藁の龍

その時——。


処刑人が、松明を藁束に投げ入れようとした、その瞬間だった。


ドクン。


左手首の「わらの腕輪」が、かつてないほど激しく脈打った。


熱い。まるで焼けた鉄を押し付けられたように熱い。

けれど、それは火傷をする熱さではなく、私の生命力そのものを揺さぶるような、根源的なエネルギーの奔流だった。


(助けて……!)


私の叫びに応えるように、腕輪から青白い光が溢れ出した。

その光は、液体のようになめらかに、火刑台の周囲に高く積み上げられた大量の「藁」へと伝播した。


ボウッ!


火がついたのではない。

藁の山から、青白い光の粒が爆発的に舞い上がったのだ。


「な、なんだ!?」


処刑人が驚いて後ずさり、松明を取り落とした。

地面に落ちた松明の火など、もはや誰の目にも入らなかった。


大量の藁束が、意思を持った生き物のようにうごめき始めた。


黄金色の茎一本一本が、青白い光を帯びて絡み合い、互いに結びつき、編み込まれていく。

それはまるで、見えざる神の手が巨大なしめ縄をっているかのようだった。


光の中から——。何かが、立ち上がった。


藁——。いや、藁で作られた——。


龍。

巨大な、藁の龍。


火刑台の藁の中から——。鎌首をもたげるように、空へ向かって伸び上がった。


「うわああああっ!」

「な、なんだあれは!」


群衆の悲鳴と共に、その姿が露わになった。


それは、この世界の伝承にある翼を持ったトカゲのような「ドラゴン」ではなかった。

長く、どこまでも長い、大蛇のような胴体。


頭部には、枯れ枝が複雑に組み合わさってできた立派な鹿の角。


胴体は、職人が丹精込めて編み込んだような、美しい魚のうろこ模様に覆われている。


そして、空を掴むように伸びた四本の足には、鋭い鷹の爪。


前世の記憶が、鮮烈にフラッシュバックする。

神社の鳥居に飾られていた、あの藁の大蛇。

あれが今、命を得て、巨大な姿となって現実に顕現したのだ。


(龍……!)


そう、これは「龍」だ。

空を自由に飛び、災厄を払うと言われる東洋の聖獣。


全長十メートルを超える巨大な藁の龍が、私を背にしてとぐろを巻き、広場を見下ろした。


その全身から、神々しい青白い粒子が桜吹雪のように舞い散る。

それは、納豆の糸のように繊細で、しかし鋼鉄のように強靭な結界だった。


『恐れるな』


低い、けれど温かい声が、頭の中に直接響いてきた。

耳で聞く音ではない。心に染み入るような、魂の共鳴。


『我は、汝と共にある』


龍の目が——青白く光る藁の結び目が、私を優しく見つめた気がした。


「ひいぃっ!」


処刑人が腰を抜かして逃げ出す。

私は呆然とそれを見上げていた。


しめ縄を作った時に感じた気配。納豆を作った時に見た光。

それらが集まり、具現化した姿。

不思議と恐怖はなかった。この龍からは、「守る」という強い意志しか感じない。


「狼狽えるな!」


壇上で、大司教バルデウスが叫んだ。


「見よ! これぞ魔女の証拠! 邪悪なナトゥーの精霊が実体化した姿だ!

あれを逃がすな! あの光は他の精霊を食い殺すぞ! 今すぐに焼き払え!」


司教の命令で、我に返った兵士たちが剣を抜いて殺到してくる。


「魔女を殺せ!」


一人の兵士が、龍の胴体に斬りかかった。


ガキンッ!


硬質な音が広場に響く。

ただの藁のはずなのに、鋼鉄のように硬い。


藁の龍が咆哮した。

声はない。だが、振動となって空気が震えた。


龍の尾が鞭のようにしなり、兵士たちをまとめて薙ぎ払う。


「ぐわぁっ!」


兵士たちが紙切れのように宙を舞う。


その混乱の最中、群衆の中から数人の影が飛び出してきた。


「今だ! やれ!」


聞き覚えのある声。地下牢で隣にいた、ロレンツだ!


シュッ、シュッ、シュッ!


何かが投げ込まれた。

それは地面に落ちると、プシューッと激しい音を立てて白煙を噴き出した。

ただの煙ではない。目が痛くなるような、ツンとした刺激臭——酢のような匂いが広がる。


「うぐっ、目が!」

「煙幕か!?」


兵士たちが咳き込み、視界を奪われて混乱する。

その煙の中を、濡れた布で口元を覆ったロレンツたちが駆け上がってきた。


「ナタリー! 生きてるか!」

「ロレンツ……!?」


ロレンツは呆然としている私の腕を掴んだ。


「言っただろう、ドラゴンブレスは仲間を見捨てないってな!」


反対側からは、マルタと、もう一人、精悍な顔つきの男が現れた。


「急げ! 今のうちにずらかるぞ!」

「立てるか、ナタリー!」


マルタに支えられ、私はへたり込みそうな足に力を入れた。


自由になった体。


見上げると、藁の龍が兵士たちの行く手を阻む壁となり、青白い光を明滅させている。


(ありがとう……)


心の中で呼びかけると、龍が一度だけこちらを見た気がした。

左手首の腕輪の熱が、少しずつ引いていく。


「行くぞ! こっちだ!」


精悍な男——ヴォルフが先導し、私たちは煙に包まれた広場を駆け抜けた。


阿鼻叫喚の混乱状態だ。

群衆はパニックになり、兵士たちは藁の龍と光に翻弄されている。


私たちは裏路地へと飛び込んだ。

王都の入り組んだ道を、ロレンツたちは迷うことなく進んでいく。


「追手は?」

「来てない! あの龍に手こずってるはずだ!」


心臓が破裂しそうだった。

息が切れ、喉が焼けるように熱い。でも、足は止められない。止まれば、死だ。


十分ほど走り続けただろうか。

人気の少ないスラム街のような区画に入り、ヴォルフが一軒の古びた倉庫の扉を開けた。


「入れ!」


私たちが飛び込むと、すぐに重い扉が閉められ、かんぬきがかけられた。

薄暗い倉庫の中。私はその場に崩れ落ち、荒い息を吐いた。


「はぁ……はぁ……」

「大丈夫か、ナタリー」


マルタが背中をさすってくれる。


「み、みんな……どうして……」


地下牢にいたはずの彼らが、なぜここにいるのか。


「俺たちはおとりとしてわざと捕まっていたんだ」


ロレンツが汗を拭いながらニヤリと笑った。


「お前がナトゥーの精霊遣いだと聞いて、接触するためにな。本当はもう少し穏便に助けるつもりだったんだが……火刑なんて急な話になったからな……」

「わざと捕まった……?」

「ああ。ここが我々のアジトだ」


倉庫の奥から、数人の人影が現れた。


その中心に立つ、白髪混じりの屈強な男性が歩み出てくる。

彼が放つ空気は、ただの市民ではない、歴戦の指導者のそれだった。


「よく無事で戻った、ロレンツ、ヴォルフ」


男は彼らを労うと、私に向き直った。


「そして——ようこそ、ナタリー」


彼は深く頭を下げた。


「私はディートリヒ。発酵の自由を求める組織『ドラゴンブレス』のリーダーだ」


ディートリヒ。

その名前は、どこかで聞いたような威厳を持っていた。


彼は私の顔を、そして左手首の藁縄を見て、感嘆のため息を漏らした。


「百年前の聖者アリエル以来……ついに現れたか。ナトゥーの精霊を統べる者よ」

「……私は、聖者なんかじゃありません」


まだ息が整わないまま、私は答えた。


「ただ……納豆が、ナトゥーを食べたかっただけなんです」

「ナトゥーを愛する心こそが、精霊を目覚めさせる鍵なのだ」


ディートリヒは力強く言った。


「ナタリー。教会はナトゥーを『他の精霊を殺す邪悪な存在』として焼き払おうとした。だが、お前は見たはずだ。あの藁の龍が、お前を守るために現れた姿を」


脳裏に焼き付いている光景。

私を守るようにとぐろを巻き、兵士を薙ぎ払った黄金の龍。


「あれは破壊の力ではない。守護の力だ。……我々は、お前のその力を必要としている」


ディートリヒの目は真剣だった。


助けてくれたことには感謝している。

けれど、その眼差しには、私を「戦力」として見ている冷徹さも混じっている気がした。


「疲れているだろう。まずは休め」


ディートリヒの合図で、一人の若い女性が奥から出てきた。

栗色の髪をした、優しげな女性だ。


「ナタリー様、こちらへ」

「……様?」

「はい。私はセリーナ。あなたのお世話をさせていただきます」


彼女に案内され、私は倉庫の奥にある小さな個室へと入った。

粗末なベッドがあるだけの部屋だが、今の私には天国に見えた。


セリーナが出て行くと、静寂が訪れた。

私はベッドに横たわり、左手首を見つめた。

藁縄は、もう熱くない。いつものように静かに、そこに巻きついているだけだ。


(私は……どうなってしまうの?)


火刑台からは逃げ延びた。

でも、ここは教会の追手が徘徊する王都の中。

そして私は、反乱組織「ドラゴンブレス」に匿われている。


彼らは私を「聖者」と呼び、何かを期待している。

教会からは「魔女」と呼ばれ、命を狙われている。


ただの納豆好きだった私が、なぜこんなことに。

疲れと混乱で、意識が遠のいていく。


瞼の裏には、まだあの青白い光と、藁の龍の姿が焼き付いていた。

外では、王都を揺るがす大捜索が始まろうとしていた。

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