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転生エルフは納豆が食べたい! ~その豆、禁忌につき。世界を敵に回しても私は混ぜる~  作者: Geo
第二章 【禁忌の味「ナトゥー」と教会の断罪】

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13/20

教会の影

それから数週間が経った。


農園での生活は、表面上は穏やかに、変わらず続いていた。

朝起きて、台所の手伝い。午前中は掃除。午後は子供たちの勉強。

けれど、私とマーカス、エリザベスの間には、見えない薄氷のような緊張感が常に張り詰めていた。


あの日、私の作った納豆は暖炉の炎に焼かれ、灰になった。


「二度と作るな」というマーカスの厳命。

そして「秘密にする」という約束。

それを守り、私は大豆やわらのことを意識の底に封じ込め、考えないように努めていた。


ある日の午後。

私はいつものように、ソフィアとトーマスの勉強を見ていた。


「ナタリー、この計算合ってる?」

「どれどれ……うん、正解よトーマス」


子供たちの無邪気な声だけが、今の私にとっての唯一の救いだった。

穏やかな時間。このまま、あの日のことが過去の記憶になって、風化してくれればいい。そう願っていた。


その時——


窓の外から、蹄鉄の音と、重々しい車輪の音が聞こえてきた。


「ん? 誰か来たのかな」


ソフィアが顔を上げる。商隊が来る時期ではないはずだ。

私は窓辺に立ち、外を見下ろした。


そして、全身の血が凍りついた。


正門をくぐって入ってきたのは、黒塗りの馬車だった。

商人の荷馬車とは違う、威圧的な漆黒。

そして扉には、金色の装飾で大きく「十字架」の紋章が描かれている。


(あれは……教会?)


心臓が早鐘を打つ。

なぜ、教会がここに? まさか——。


「すごい! きっと教会の偉い人が来たんだ!」


ソフィアが目を輝かせて駆け寄ろうとする。私は慌てて彼女の肩を掴んだ。


「待って、ソフィア」

「えー、見に行きたいよ」

「ダメよ。勉強中でしょう?」


私の声は震えていたかもしれない。

嫌な予感がする。喉の奥が乾いていくような、強烈な焦燥感。


数分後、部屋の扉が乱暴に開かれた。

入ってきたのは、エリザベスだった。

その顔からは血の気が失せ、蝋人形のように青白い。


「奥様……?」


エリザベスは私を見ると、震える唇で子供たちに告げた。


「ソフィア、トーマス。……外で遊んできなさい。今すぐに」

「えっ、でも勉強が……」

「いいから! 行きなさい!」


普段は温厚な母の剣幕に押され、子供たちは怯えたように部屋を出て行った。

静まり返った部屋に、私とエリザベスが残される。


「ナタリー……聞いて」


エリザベスは私の両手を強く握りしめた。手は氷のように冷たかった。


「教会の……異端審問官が……」

「異端、審問官……」


最悪の予感が的中した。


「マーカスが……あの人が……」

「えっ……」

「ナトゥーのことが……、どうしても気になって……あの人は正直すぎるのよ。恐怖に耐えきれず……街の司祭に相談してしまったの」


裏切られた、とは思わなかった。

マーカスの苦悩を知っていたからだ。家族を守る責任感と、未知の禁忌への恐怖。それが彼を教会へと走らせたのだろう。

善良な彼にとって、禁忌を抱え込むことはあまりに重すぎたのだ。


「……王都から、教会の異端審問官が派遣されてきたのよ」


エリザベスの目から涙が溢れた。


「ごめんなさい、ナタリー。私がもっとマーカスの話を聞いてあげていれば……」


エリザベスは再び私に向き直った。


「でも、諦めないで。正直に説明しましょう。悪気がなかったこと、ただの料理だと思っていたことを話しましょう……」


その時、廊下から重い足音が近づいてきた。


扉が開く。

立っていたのは、項垂れたマーカスと、その後ろに続く白い法衣の男だった。


鋭い眼光。刻まれた深い皺。

全身から放たれる、絶対的な権威と断罪のオーラ。


「これが、そのエルフか」


男の声は低く、部屋の空気をビリビリと振動させた。


「は、はい……審問官さま」


マーカスが蚊の鳴くような声で答える。

その男は私の前に歩み寄ると、じろじろと値踏みするように見回した。

人間を見る目ではない。害虫か、汚物を処理するような目だ。


「名は?」

「……ナタリーです」

「野良エルフだと聞いたが、どこで『それ』を学んだ?」


『それ』とは、ナトゥーのことだ。


「……分かりません。記憶がないのです」

「記憶がない? ふん、便利な言い訳だ」


男の目が、憎悪に歪んだ。


「ナトゥーの精霊を目覚めさせることができるのは、特別な力を持つ精霊遣いだけだ。貴様のような魔女だけが、あの忌まわしい豆を作り出せる」

「魔女……違います、私はただ……」

「黙れ!」


一喝され、私は竦み上がった。


「マーカス・グランヴェルは言った。」

「貴様が作った豆は糸を引き、独特の臭気を放っていたとな。それは紛れもなく、教会が禁じた『ナトゥー』だ」


男は部屋にいる全員を見回し、宣告した。


「ナトゥーの精霊は、この世の全ての善良な精霊を殺戮する。酒も、パンも、チーズも、ナトゥーが近くにあれば全て腐敗し、死滅するのだ。貴様が作ったのは、ただの料理ではない。精霊殺しの毒だ」


それが、教会の論理。

強力すぎる菌は、他の菌を駆逐する。

だから「殺戮者」として排除する。


「お前たちエルフは、ナトゥーをまるで神のように敬い称えているだろう。許しがたい行いだ」


男は更に鋭い目で私を睨み、今度はマーカスに向き直って言い放った。


「この農園にナトゥーを持ち込んだ罪は重い。農園主グランヴェル、貴様も同罪だ。異端を匿った罪で、この農園ごと焼き払う必要があるかもしれんな」

「お、お待ちください!」


マーカスが土下座せんばかりに頭を下げる。


「私は知らなかったのです! このエルフが……ナタリーが勝手にやったことで……」

「マーカス!!」


エリザベスが声を上げると、マーカスは苦痛に満ちた顔で私を見た。

その目は「すまない」と叫んでいた。


ここで私が否定すれば、グランヴェル家は終わる。

ソフィアも、トーマスも、みんな異端の協力者として処罰される。

私は、覚悟を決めた。


「……そうです」


はっきりと、声を上げた。


「すべて、私がやりました。旦那様も奥様も、何も知りませんでした。私が勝手に……魔女の力を使ったのです」

「ナタリー!」


エリザベスが悲鳴を上げるが、私は首を横に振って制した。

男は満足げに頷いた。


「よかろう。自白したな」


彼は兵士たちに合図を送った。


「この魔女を拘束しろ。王都へ連行する」

「王都へ……?」

「そうだ。大聖堂にて正式な異端審問を行う。そして——」


審問官は、残酷な笑みを浮かべて告げた。


「その身を浄化する。ナトゥーの精霊は、宿主である精霊遣いの体内に深く根付いている。生きたまま焼き払わねば、完全に消滅させることはできないのだ」


火刑


マーカスが恐れていた結末が、現実のものとなった。

教会の兵士たちに両腕を掴まれ、乱暴に引き立てられる。抵抗はしなかった。


「ナタリー……!」


エリザベスが駆け寄ろうとするが、兵士に阻まれる。

すれ違いざま、エリザベスは私の耳元で囁いた。


「……必ず助けが来るから。絶対に諦めないで」


その言葉だけが、暗闇の中の灯火だった。私は小さく頷き、部屋を出た。

外には、鉄格子のついた囚人護送用の馬車が待っていた。


私はその中に放り込まれた。重い扉が閉まり、鍵がかけられる音。

鉄格子の隙間から、農園が見えた。


マーカスが顔を覆って泣いている。

エリザベスが彼を支えながら、じっとこちらを見ている。

遠くの窓からは、ソフィアとトーマスが不安そうに覗いているのが見えた。


馬車が動き出す。

ガタゴトという車輪の音が、死刑台へのカウントダウンのように響く。


私は薄暗い馬車の中で、左手首の藁縄を強く握りしめた。

エリザベスの言葉を信じよう。


そして何より、私はまだ死ねない。納豆を作っただけで殺されるなんて、あんまりだ。

農園が遠ざかり、やがて見えなくなった。

私は王都へ——処刑の地へと運ばれていく。

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