第三章:罪状
目の前には見覚えのある花園が広がり、俺はその中央に立っていた。
空を見上げると真っ赤な夕暮れを夜が飲み込もうとしている。
「この方角だったな」
しばらく歩くと、山が見えて、麓の洞窟の入口はシダで覆われて見えなくなっていた。
引きちぎって中へ入ると、天井は地上へ吹き抜けており、真下には家族と育てていた花が咲いていた。
「勝てていれば本当に見れたかもしれぬな」
花を握りしめて地面に顔を伏せた。
あの日、妻に教わったとおりにミサンガを編んだが、もう呪いも込められない。
「また、貴方に会えますように」
そう呪いを込めて妻はどんな時でも神に祈ってくれた。
「また母上に祈らせるのですか?父上」
俺に似た鋭い眼光を息子は飛ばしてくる。幼いが聡く、強く妻を支えてくれている。
戦で城を空けることが多かったがおかげで心置きなく戦に挑めた。
一番支えられていたのは俺なのかもしれない。
「すまない。いつもありがとう」
照れくさそうに頬をかいた。
その様子に妻と顔を見合わせて、俺は馬を走らせた。
「全軍、出陣!」
―――いつも通りの、ハズだった。
”ザンッ”
肩口から鮮血が吹き出し、咄嗟に傷を庇った。
大将同士の一騎打ち。ここでの勝敗が戦の勝敗だ。
これには天下最強の自信があった。
「くッ」
しかし、敵将クロノスは天下無双を示した。
体勢を戻したときには奴の手が首元に触れ、俺は意識を刈り取られた。
意識が戻ると、手足は十字架に縛られ、足元を観衆が支配していた。
奴は一際その中で目立っていた。
対面にて弓をつがえ、一筋の光もない視線はまっすぐと十字架の右を貫いた。
一歩遅れて矢が視線をなぞり、右の前腕を貫き、十字架を貫き、背面の建物を貫いて矢は地面に潜った。
奴は事も無げに弓をつがえ、今度は十字架を壊さぬように右手を貫いただけで矢は止まった。
”此奴には勝てぬ”
そう思わせる一矢だった。文字どおり矢継ぎ早に弓が引かれてゆく。
左前腕、右ふくらはぎ、左ふくらはぎ...
弓を投げ捨てると、奴は声高に宣言した。
「民よ、しかと目に焼き付けよ!」
その声は鼓膜を超えて全身を震わせた。
「列強・最強は散った! 」
奴は剣を掲げる。つられて民も雄叫びを上げた。
「そして今、私、それを携えるこの国こそが最強を超えた無双である!」
いつから用意してあったか、台座に掲げた剣を突き刺すと奴はこの場を支配した。
それは俺に眺めることすら許さなかった。
”また、貴方に会えますように”
”また母上に祈らせるのですか?父上”
頭の中で反芻する声に邪魔されながら、夢が覚める前にと一歩上へと足を動かす。
道中に目に入る景色を見るたびに夢から覚まそうとしてくるのを感じたからだ。
”ゴン”
葛藤する内にどうやら登りきったらしく、城門に頭を強打した。
「どうやら忘れようとしていたようだな」
城門が久しぶりに喉を震わせると、重い扉は渋々内臓を見せた。
もう光が灯ることはないであろうシャンデリア、苔が寄生した渡り廊下、ところどころ焼け跡の残る兵舎。
そして、やけに綺麗な、我が居住塔。
螺旋階段を登ってゆくと、妻の部屋が先に見つかり、ゆっくりとドアノブをひねる。
机とベッド、他には彼女の趣味の薬草や化粧道具などが目立つ程度でこれ以上ないほどに無欲なのが伝わってくる。
机の上には表紙の角が丸まった手帳が置いてあった。
”4月7日
今日は夫の戦勝を願って丘を降りてミサンガを作りました。
息子も誘ったのですが、「母上を悲しませるやつに贈る花なんて無いですよ」なんて言うもんですから
喧嘩してしまってあの子は部屋に籠もってしまいました。
あの子なりに私を気遣っての言葉のはずなのに。
二度と夫のような悲しい人が生まれないために誰よりも考えているはずなのに。
昼にパンを焼いたらやっと降りてきてくれて
「ごめんなさい。私を気遣っててくれたのよね?」
頭を下げました。そしたらなんと、
「こちらこそごめんなさい。母上が誰よりも不安なはずなのに」
謝り返してきました。どうやらどちらにも思うところがあったようで途端に肩の力が抜けました。
「母上、パンを焼いたのでしょう?料理、苦手なのに」
机の上にある不格好なパンが恥ずかしくなって、顔から火が出るかと思いました。
「食べましょうか」
私の反対側の椅子に腰を掛けて、
「意外においしいですよ。本当に」
とパンを頬張りながらにこやかに言いました。
本当に出来が良くて、また作ろうかと思いました。今度焼くときは、皆揃って。
午後にはいよいよミサンガを作りました。
丘を降りながら見えた青空は雲が馬より早く流れているようでいい年しながら騒いでしまいました。
何度も息子に出来を確認しながら4つ、ミサンガを作りました。 息子の分、夫の分、私の分。
そしてもう一つ、新しい家族の分。
「母上、なぜ4つも作るのですか?」
息子が聞いてきたので、先日第二子を授かったことを伝えました。
丘中に響くくらいの声で驚かれて、
「俺、兄になるんですね」
としみじみしていました。
夫が帰ってくるまで城の方には秘密にするつもりです。腹が膨れたら流石にわかってしまうでしょうが。
それまでには帰って来るでしょう。なんせ列国最強ですから。
私はただ貴方に会える日を祈るだけ。平和を祈るだけ。"
手帳を閉じる。
続きを読む気になれず、引き出しを開けるとそこにはミサンガがあった。
間違いなく、この日のものだ。
祈りは無下になってしまったのだ。
妻の部屋を出て、更に塔の上へ向かうと、次は息子の部屋があった。
すでに指が震えているが、今度は忘れようなどとはいかない。
部屋の中についに夕日が差し込まなくなり、だいぶ時間が経ってしまっていることがわかった。
窓から視線を室内へ戻すと、色黒のボロボロの机が目立った。
しかし、その中にやけに色の浅いきれいな引き出しがある。
開けると、ギチギチに詰め込まれた本の一冊一冊が目におびただしい数のしおりを身にまとっていた。
『軍事論』
『兵法と騎士道の書』
『年代記』
『戦いの花』
『ウォルパージス剣術書』
...
背表紙をなぞって、右端の一冊を取り出し中を覗くと、どこが本文なのかわからないほどに箇条書きが連ねられており、所々墨が霞んでいた。
”人を殺してはいけない法はない。罰則のみ。寧ろ戦争では英雄になる”
”殺してはいけない理由を問わない世の中→平和?”
”戦争は富、権力、宗教あらゆる差から生まれる→差をなくし、互いを尊重し合うことが近道?”
原因を究明することすら諦め、対処療法しかしてこなかった俺よりもずっと考えている。
将来は軍師だったのか、はたまた将であったのか。きっと俺の想像も及ばぬのだろう。
ただ、それが訪れることも、見ることもできなくなった。
「愚かだな」
本を閉じて足早に部屋を出る。時間がない。
頂上へ階段を駆け上がり、最後の扉を開けた。
風が吹き荒れ、目を光が覆った。
咄嗟に踏ん張ろうとしたが、地面が無い。
「ガッ」
首元に何かが刺さり、じっとりとした生暖かい液体が体に飛び散る。
恐る恐る目を開けると、巨大な黄金の生物が俺に噛みついて空を飛び回っている。
真下には王国の城下町が速度で間延びしている。
「まずい、そちらの方向は...」
耳を割るような轟音とともに王宮に衝突した。
唸り声とともにあぎとから吐き出されて顔を見て、やっとそれが龍だと気づいた。
意識が希釈されてゆくなかでも目覚めの合図はよく響いた
”契約反故によるペナルティ発動:_________”
龍の鼻息に撫でられながら、俺は意識を手放した。
___
あれから何時間経っただろうか?
少年の瞼がひくつき、俺はベッドから飛び退いた。
改めて少年の全身を望むと、首元に一定間隔で穴のようなものがあることに気がついた。
”あんなのあったか?”
体を起こした少年は顔を覆い、指の間から透明な何かが滴っていた。
吸い込まれそうな赤色の瞳で、少年は俺に尋ねた。
「ここは、どこだ...?」
泣き顔に反して意外に冷静らしい。
「教会の警備小屋だ。少年、名前は?」
恥作四本目。散ることな彼?構想が浮かばんくて止まってます。誠に申し訳ございません。




