序章:時代は変わり...
木の嫌な肌触りすら伝わってこなくなり、もう抵抗するすべてを失ったのだと悟った。
「時の節とはかくも暗いものか」
視界が霞むのか、空が霞むのかわからなくなっても想像力は働くようで、様々な記憶が焼き直されていく。
”俺が最強だ”
確かな自信と安心感が瓦解し、呪いになる感覚。
戦に負け、敵将クロノス・ウラべノに捕らえられ、磔にされ、かつて守ると誓った民たちが次々と敵国に取り込まれた。
じき首都まで敵軍は進行するだろう。あの軍・あの将を止められる戦力は、もうない。
”俺がこの国にある限り、この国潰えることはない!”
確かに俺は誓った。あの日、妻に、息子に、民に、王に、未来に。
”列強・最強は散った! そして今、私、それを携えるこの国こそが最強を超えた無双である!”
あの声がまだそこに響いている。
目の前には民衆が集まり、石を投げ、唾を吐きかける。
かつて守ると誓った民たちも、その中に混ざっていたのだろうか。
「すまない」
妻よ、息子よ、民よ、王よ。私は最強ではなかった。最強を全うできなかった。
想えどここからは動けない。ならば神に祈ってみようか。
"私は役目を果たせませんでした。妻を裏切り、息子を裏切り、民を裏切り、王を裏切り、未来を放棄しました。もしも、私に再び機会をくださるのなら...”
宵闇に破裂音が響いた。見ると8日前磔にされた大将軍マレウスが屍になって床に伏していた。
一緒に見張りをしていた仲間は息を飲んでいた。
「どうした。死体は気分が悪いか?」
「いいや、違うんだ。むしろ気分がいい」
本当だろうか。彼の肌は白くなっているし、何かを必死に堪えている様子だった。
「こいつ、8日も生きてただけじゃなく、いつでも抜けたはずの釘を抜かずに磔られてやがった」
「こいつは、人じゃねぇ。狂ってる」
仲間は息を切らしていた。
「最強、ねぇ...」
俺は磔から落ちたマレウスの遺体を見下ろした。腐敗が始まっている。蠅がたかり始めている。
”最強なんてものは、ベールが落ちれば気味の悪い化物か”
「ほら、報告してきたらどうだ」
どうやら仲間は様子がおかしい。報告に行ってる間にきっと落ち着くだろう。落ち着いててほしい。
「あぁ、そうだな」
早足で行ってしまった仲間をよそに俺は死体処理を始めたが動きを止めた。
マレウスの目が、まだ何かを覗いているように感じた。
”これを超えたクロノス様は一体...”
最強とは狂わぬためのベールであることをぼんやりと理解した。
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「なんなのだ、ここは...?」
見覚えのない場所で俺は二度とないはずの目覚めを経験していた。
”ここが、地獄なのか?”
そんな困惑が僅かに心に広がっていく。
探索をしてみても、周りには霧と光球が散りばめられた景色が上も下も横も延々と広がっているばかりだった。
絵画や文学作品でみる地獄とは違うが、これもまた地獄か。と妙に納得した。
見飽きてその場に腰をかけると、向こうの一つの光が大きくなっていくのに気がついた。
不思議と疑問や恐怖を感じることはなく、むしろ安心感や迎え入れる心さえあった。
視界が眩しい光に包まれると、不思議と笑みがこぼれた。
"おらdなdのぞなぎみk、おやぬれぎn"
意味がわかったとき、やはりここは地獄なのだな、と気付いたがそれはあまりに遅かった。
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女性は歩いていた。まるで景色の変わらない空間を地図でもあるかのように、迷いなく。
”ベチャ”
と彼女の横で光が崩れた。
黒い泥は薄く広がっており、その大きさは軽く湖くらいはある。とてもこのサイズの球だけから出てきたとは思えない量だった。
「はぁ」
彼女は鬱屈そうにしながら黒い泥の縁に持っていた杖を這わせた。
”ツッー”
聞き心地のよい、メトロノームのような正確で、淡白な音が霧を震わせる。
驚くほどぴったりとその杖は泥の縁を並走してゆく。
1時間ほど経っただろうか?
始点と終点を繋ぐと、彼女はどこからともなくフラスコを取り出す。
彼女の服装に対してそれはあまりに不気味であったが、使い慣れた様子で彼女は栓を外し、黒い泥の上に口を向けた。
すると、先程通った縁が光り出し、数瞬の内に泥は綺麗さっぱりフラスコの中に吸い込まれた。
最後になにかを中に入れて、ぎゅっとフラスコの栓を閉じる。
そして彼女は再び霧の中を歩き始めた。
さっきよりも早足で。
たどり着いた扉を開けると、見渡す限りの田園風景が広がっていた。
1,2,3,4と丁寧な文字で番号札が刺さっている。
数えるのも面倒になってきたところで彼女は立ち止まった。
『1001』
と書かれたその区画はちょうど角で4つの方向に道が別れていた。
”ポンッ”
彼女は握っていたのフラスコの栓を抜くと、先程よりも少し色の薄くなった泥が溢れた。
泥が手にかかろうと無表情で待つこと10秒。
『1001』の区画にはぴったりと泥が張り巡らされていた。
「まだまだ足りないでしょ」
耳元で男が煽るように言った。
彼女は頭を抑えながら怒気のこもった声でいった。
「ええ、そうね!」
「だからやっちゃったほうが良かったのに」
「いいえ」
恐れを知らないかのように彼はからかうように言ったが、彼女は食い気味に返した。
そして息を吐き、彼を見もせずに嗤った。
「これが、私の選んだ道だから」
男は小さくなっていく彼女の背中を見ながら呟く
「それは修羅の道だね」
微笑んでいた。それはほくそ笑んでいるのではなく、ある種の諦めの表情だった。
彼女の姿が見えなくなると、彼は眼の前に視線を落とし、目を見開いた。
「このコ、何か違うね」
胸ポケットから使い古したルーペを取り出して覗き込むと、
彼は固唾を飲んで
「これは驚いた...!」
と呟いた。
中二病真っ盛りのときに書いたノートから書きました。
恥ずかしい気持ちもありつつも、今ならうまい感じで書けるんじゃないかと思って書きましたが、やはり恥作になる予感。
そんなんなので評価が良くなかったら続きは出さない単発にします!
次回は「散ることな彼」の方の続きを投稿しますので乞うご期待。




