【第八話】古代チーズ『蘇(そ)』が、フワフワ絶品パンケーキに進化しました
「ふぅ。いい汗かいたぜ」
金時が額の汗を拭った。 ただ暴れまわっていただけの筋肉に、一本の「芯」が通ったような充実感があるらしい。
「おいモヤシ兄ちゃん! 約束の『ご褒美』はあるんだろ? この体、今なら牛一頭でも丸呑みできるぞ!」
金時の目がキラキラしている。 単なる空腹ではない。改造されたエンジンが、燃料を求めてうずいているのだ。
「ああ。屋敷の玄米や漬物じゃ、お前のそのスペックは維持できないからな」
僕は懐から、以前頼光とのデート(?)で買った、白い固形物を取り出した。
「『蘇』か」 頼光が興味深そうに覗き込む。 「だが、それは貴族がチビチビかじるものだぞ? 腹を満たすには程遠い」
「そのまま食えばね。でも、この『蘇』は牛乳を煮詰めたタンパク質の塊だ。これを現代の知識で『進化』させる」
僕は清明に頼んでおいた「鳥の卵」を並べた。
「金時、さっきの特訓を覚えてるな?」 「おう。ズレずに、一定の速度で、だろ」
「そうだ。この卵の『白身』を、その技術でかき混ぜろ。器を逆さまにしても落ちないほど固くなるまで、空気を含ませて撹拌するんだ」
「はんっ、岩を持ち上げるより簡単だ!」
金時が箸を掴む。 以前なら力任せに暴れて器ごと粉砕していただろう。 だが、今の彼女は違う。
ヒュンッ! 手首のスナップだけで、目にも止まらぬ高速回転を生み出している。 遠心力を完全に制御している証拠だ。
(これならいける。この精密動作があれば、戦闘でも『アレ』ができるはずだ)
僕はその間に、『蘇』を細かく砕き、少量の水で溶いてペースト状にする。 濃厚なミルクの香りが立ち上る。 そこに卵黄を混ぜ合わせ、金時が作った真っ白なメレンゲを、泡を潰さないように優しくサックリと合わせる。
それを、熱した平らな石の上へ。
ジュワァ。
甘く、濃厚な香りが清明の庭に広がる。 小麦粉を使わない、純度100%のタンパク質と脂質の塊。 『蘇と卵の特製スフレパンケーキ』の完成だ。
「なんだ、そのフワフワした物体は」 頼光がゴクリと喉を鳴らす。
「完成だ。金時、これが今の僕に作れる、最高に美味いエネルギーだ」
差し出されたそれを、金時は乱暴に掴もうとして――指先でピタリと止まった。 あまりの柔らかさに、瞬時に「ソフトタッチ」に切り替えたのだ。
「いただきます!」
彼女はパンケーキを口に放り込んだ。
「んぐッ!」
金時の動きが停止する。 そして、ゆっくりと目を見開いた。
「消えた?」
「え?」
「噛んでねぇのに、口の中で溶けて消えやがった! なんだこれ! 甘ぇ! 濃厚だ! 全身に力が染み渡るぞ!」
金時の顔が、戦士のそれから、年相応の少女の満面の笑みへと崩れた。
「すげぇ! うめぇよ兄ちゃん! これならいくらでも戦える!」
「私もいただくぞ」 頼光も一口食べ、ほう、とため息をついた。 「雅だ。あのボソボソした保存食が、これほど洗練された菓子に化けるとは。カケル、そなた甘味処でも開く気か?」
「カケル殿」 綱に至っては、震える手でスフレを拝んでいる。
「この儚い食感。触れれば壊れ、口にすれば一瞬で消え去る。まるで私の『理想の剣技』そのものですわ」
「えっ?」
僕の手が止まった。今、さらっとすごいこと言わなかった?
「綱さん、理想の剣技って?」
「はい。私の本来の剣は、筋肉に頼らず、相手の呼吸と間合いだけを読んで撫でるように斬る『薄氷の太刀』。ですが、普段は筋力が足りず、変身すると理性が飛ぶので、一度も成功したことがないのです」
(なるほど。つまり綱は、『変身せず』に『集中力』さえ高めれば、最強のカウンター使いになれるってことか?)
このパンケーキ会、ただの食事じゃない。 彼女たちの「本来の強さ」を引き出すヒントが隠されている。
大盛況の食事タイム。 これでパーティの「お腹」と「やる気」は満タンだ。 僕は安堵の息をつき――。
ズズズッ。
不穏な地響きが、その場の空気を凍らせた。 清明の屋敷の結界が、悲鳴を上げるようにきしむ。
「おやおや。甘い匂いにつられて、招かれざる客が来たようです」
清明が扇子をパチンと閉じた。 門の向こうから滲み出てきたのは、不定形の黒い霧。 物理的な刃が通じない、もっとも厄介なタイプの「穢れ」だ。
「デザートの時間は終わりか」
頼光の目が、一瞬でキリッとした武人のものに変わる。 金時も口元のスフレをペロッと舐めとり、愛用の鉞を軽々と担いだ。
「へっ、食後の運動には丁度いいぜ。なぁ兄ちゃん、どうする?」
金時がニヤリと笑い、僕を見る。 頼光も、綱も、僕の指示を待っている。
スマホはない。 僕自身の力もない。 あるのは、お腹いっぱいの美少女たちと、僕の頭脳だけ。
僕は震える手で、設計図を描いていた木の枝を指揮棒のように構えた。
「よし、みんな。ここからは、僕の仕事だ」
僕は黒い霧を指差した。
「総員、配置について。ただの力押しじゃない、新しい戦い方を見せてやろう!」




