【第七話】人間重機のデバッグと、最適化プロセス
「……さて」
清明の屋敷の庭。 僕は、真っ二つになったスマホの残骸を見下ろし、静かに息を吐いた。 ハードウェア(スマホ)は死んだ。だが、ソフトウェア(僕の知識)は生きている。
振り返ると、金時が鼻をほじりながら、退屈そうに鉞で地面に落書きをしていた。
「おい、金時」 「あ? なんだよモヤシ。弁償しろとか言うなよ? ない袖は振れねーぞ」
悪びれもせず、可愛らしい顔でニヤつく金時。 見た目はフリルのついた腹掛けをした、ただの愛らしい童女だ。とても熊を投げ飛ばすようには見えない。 だが、その細い腕には、現代の重機に匹敵する出力が眠っている。
(……ハイスペックすぎる。だが、制御系がイカれてる)
SEの職業病だ。彼女が「暴走しがちな高性能サーバー」に見えてきた。 今のままでは、ただ暴れて終わりだ。この戦力を正しく運用するのは、管理者(管理者)である僕の仕事だ。
「金時。お前のその力、今のままだと『宝の持ち腐れ』だな」 「ああん? 喧嘩売ってんのか?」
金時の目がスッと細くなり、殺気が膨れ上がる。
「熊は投げられても、素早い鬼には当たらないだろ? お前の攻撃は大雑把すぎる。……もっと効率よく、確実に敵を破壊したくないか?」
「……ほう?」
金時が興味深そうに鉞を置いた。強さへの執着はあるらしい。
「清明さん、庭の木材と石、それとあそこの滑車をお借りできますか? このじゃじゃ馬の『出力調整』を行います」
清明は扇子で口元を隠し、愉悦に目を細めた。 「面白い。君がどうやってこの野生動物を手懐けるのか、見せてもらいましょう」
許可は降りた。 僕は地面に木の枝で、構造図を描いた。 単純な筋トレ器具ではない。彼女の「力のベクトル」を制御するための装置だ。
「金時、作業開始だ。僕の指示通りに動け。1ミリもズレるなよ」 「ちぇっ、偉そうに。……面白くなかったらぶっ飛ばすからな」
金時は文句を言いながらも、僕が指示した巨大な丸太を、まるでストローのように軽々と持ち上げた。
「座標X、右へ20センチ。そこだ、固定しろ」 「へいへい」
金時のデタラメな怪力と、清明の精密な陰陽術を組み合わせることで、一時間後、平安京の庭に奇妙な櫓が完成した。 滑車とロープ、そして巨大な岩を組み合わせた、特製の「スミスマシン(軌道固定型ウエイト器具)」だ。
「なんだこれ? 処刑台か?」 「いいから、そのバーを握ってみろ」
金時が疑り深くバーを握る。 総重量は100キロを超えているが、彼女にとっては羽毛のようなものだろう。
「お前の課題は『パワー』じゃない。『制御』だ。……いいか、その重りを、3秒かけてゆっくり下ろし、1秒で爆発的に上げろ。軌道をブラさず、常に一定の速度でだ」
「は? なんでそんなトロくさいこと……ふんっ!」
金時が雑に持ち上げようとした瞬間、 ガキンッ!! 滑車のロックが作動し、バーが途中で止まった。
「なっ!?」 「言ったろ。軌道がズレたらロックがかかる仕様だ。お前の雑な力の入れ方じゃ、この機械は動かせない」
僕は冷たく言い放った。
「力任せに暴れるだけなら猿でもできる。……最強になりたいなら、その無駄な出力を最適化しろ」
金時の顔色が変わり、真剣な眼差しでバーを睨みつけた。 負けず嫌いのスイッチが入ったようだ。
「……上等だ。こんな木偶の坊、ねじ伏せてやるよ!」
彼女は慎重に、そして繊細に筋肉を使い始めた。 見た目は可憐な少女が、巨岩をミリ単位で制御し、汗を流す。 その姿は、ただの暴れん坊から、洗練された「戦士」へとアップデートされていくようだった。
「……すごい」
柱の陰で見ていた綱が、感嘆のため息を漏らした。
「あの野蛮な金時が、あのような精密な動きを……。カケル殿は、人の潜在能力を引き出す天才ですわね」 「いや、ただのバグ取りだよ」
僕は設計図を修正しながら答えた。
(金時は近接アタッカー。綱は可変型の遊撃手。頼光は指揮官兼フィニッシャー。……そして清明はジョーカー)
僕自身に戦う力はない。 だが、この個性だらけの「ユニット」たちを正しくプログラミングし、戦場という盤面を支配することはできるかもしれない。
「おいモヤシ! ノルマ達成したぞ! 次はどうすんだ!」
汗だくの金時が、晴れやかな顔で叫んだ。 その瞳には、先ほどまでのただの凶暴さではなく、理知的な光が宿っていた。
「よし。……腹、減ったろ?」 「!!」
金時がブンブンと首を縦に振る。
「減った! 今なら屋敷の柱でも食える!」 「柱は食うな。……最高のご褒美を補給してやる」
僕は懐から、最後の切り札である「蘇」と「卵」を取り出した。 ハードウェアの強化は終わった。次はエネルギーの充填だ。 この最強のパーティを運用するために、僕はSEとしての全スキルを投入する覚悟を決めた。
「準備しろ。……これより、対『黒い霧』用迎撃プログラムを起動する」




