【第六話】陰陽師と、まさかり担いだクラッシャー
「ここが、安倍晴明の屋敷だ」
案内されたのは、土御門大路にある広大な屋敷だった。 門には五芒星のマーク。いかにもな雰囲気だ。
「せ、清明って、あの伝説の陰陽師?」 「ああ。だが気をつけるがいい。あやつは――」
頼光が言いかけた時だった。
「待てやコラァ!!」
上空から何かが降ってきた。 ズドン!! と凄まじい音と共に地面が陥没する。 土煙の中から現れたのは、身の丈ほどの巨大な鉞を軽々と担いだ、小さな女の子だった。
切りそろえられたおかっぱ頭。 金色の腹掛け(というか、露出度の高いキャミソール?)。 見た目は完全に童話の金太郎だが、その顔立ちはアイドルのように愛くるしい。
「ここは清明様の屋敷だぞ! 不審者は、この坂田金時ちゃんがミンチにしてやる!」
「き、金太郎が女の子!?」
四天王の最後の一人。熊と相撲をとった怪力童子は、まさかのボクっ娘だった。
「あ? なんだ、大将かよ!」
金時は頼光の顔を見た瞬間、パァァッと表情を明るくし、鉞を放り投げて抱きついた。
「大将〜! 久しぶり〜! お土産は? まんじゅう?」
「離れろ、暑苦しい。……おいカケル、こやつが金時だ」
金時は僕の方を見ると、ジロジロと値踏みするように見上げた。
「誰これ? 超モヤシじゃん。ちゃんと飯食ってんの?」
「……あばら骨標本です、どうも」
そんな騒ぎを聞きつけ、屋敷の奥から白い狩衣を纏った男が現れた。 安倍晴明。歴史通りの美男子だ。
「やあ、頼光。今日はまた、賑やかなハーレムを連れているね」
清明は面白そうに僕たちを見渡した。 強気な美女(頼光)、オドオドと僕の背後に隠れる文学少女(綱)、元気なロリっ子(金時)。そして僕。
「……傍から見たら天国、実際は胃痛がする現場ですけどね」
僕は早速、本題を切り出した。 スマホの画面を見せる。
「清明さん、この板に雷を込めることはできますか? バッテリーがもう限界なんです」
「ほう、面白い構造だ。造作もない」
清明は人差し指を立て、青白い稲妻をパチパチと走らせた。 彼は指先をスマホの充電端子に近づける。
「急々如律令」
魔法のように電流が吸い込まれていく。 数秒後、バッテリー表示は100%になった。
「す、すげぇ……! これで生き残れる!」
僕は歓喜した。 これでまた強力な光も出せるし、Googleマップ(オフライン版)も見られる。 この平安世界で唯一のチート武器が復活したんだ。
「へえ〜! なにそれ! 光ってる!」
金時が目を輝かせて覗き込んできた。
「すげー! 雷を食ったぞ! なあ兄ちゃん、それ強いの? 俺の鉞とどっちが強い?」
「ふふん、これはね、雷神すら封じ込めた魔法の道具で……」
僕が得意げにスマホを掲げた、その時だった。
「そっか! じゃあ勝負な!」
「え?」
金時の瞳が、獲物を狙う獣のように輝いた。
「えいっ!」
彼女は無邪気な掛け声とともに、担いでいた巨大な鉞を振り下ろした。 ターゲットは、僕の手にあるスマホ。
「まっ――」
ズガンッッ!!!!
鈍い音が響き、僕の右手に衝撃が走る。 そして、軽い金属音とともに、何かが地面に落ちた。
僕のスマホだったもの。 いや、今はただの「真っ二つになったガラスと金属のゴミ」だ。
「あ……」
時が止まった。 リチウムイオン電池の甘酸っぱい匂いが漂う。 液晶画面は粉々になり、中の基盤が剥き出しになっている。 修理? 無理だ。AppleCare? ここは平安時代だ。
「あーあ、俺の勝ちー! なんだよ、脆いなー!」
金時がケラケラと笑う。 頼光が目を見開き、綱が「ひっ、野蛮ですわ……」と青ざめて目を覆い、清明が「おやまあ、貴重なサンプルが」と他人事のように呟く。
僕は震える膝で地面に崩れ落ちた。
「僕の……文明……」
終わった。 ライトもない。音楽もない。地図もない。 今の僕は、ただの「筋肉ゼロ、体力ゼロ、武器ゼロ」の社畜SEだ。 残ったのは、泥だらけのジャージと、シェイカーに入った少量のプロテインのみ。
「こ、こら金時! カケルの大事な法具を!」
さすがに頼光が怒鳴ったが、金時はキョトンとしている。
「えー? だって怪しい光だったし、兄ちゃんを守ってやったんだぞ?」
悪気ゼロ。災害だ。
「……カケル、大丈夫か?」
頼光が心配そうに声をかけてくる。 僕は虚ろな目で、割れたスマホの破片を拾い集めた。
「……頼光さん。僕はもう、ただの足手まといです。戦う力はありません」
「何を言う」
頼光は、僕の胸ぐらを掴んで無理やり立たせた。 その瞳は、燃えるように熱かった。
「そなたの武器は、その板だけか? 違うだろう」
彼女は僕の頭(脳みそ)を指先でつついた。
「未来を知る知恵。計算する力。そして、あの綱に泥水を飲ませて強化した発想力。……それが残っておる」
「……でも」
「諦めるなら置いていく。だが、そなたは私の式神だ。私の見込んだ男なら、板切れ一枚失った程度で死にはせぬ」
彼女はニヤリと笑い、金時の方を顎でしゃくった。
「それに、責任は取らせねばな。……おい金時、お前今日からこの男の護衛になれ」
「えー!? このモヤシのー!?」
こうして。 最強のチートアイテムを失った僕は、本当に「裸一貫」になった。 ここから先は、Google検索もWikipediaもない。そもそも使えるのも知らないが。 頼れるのは、社畜時代に培ったブラックな状況を乗り切るほどほどの我慢強さと責任感、そして現代知識のみ。
…ハードモードにも程があるだろ、平安京。




