【第五十六話】システム再起動と、人間という名のバグ
視界が真っ白に染まった。 上下の感覚もない。音もない。 僕は光の奔流の中で、ただ漂っていた。 ここは「システムの狭間」。 再起動プロセスが走り、世界が再構築されている最中の空間だ。
「……愚かな」
声が響いた。 光の中から、蘆屋道満の姿が浮かび上がる。 彼はデータ化が解け、半透明の幽霊のような姿になっていた。
「なぜ拒む。なぜ、不完全な肉体に固執する。老い、病み、傷つき、やがて腐る。そんな器に何の意味がある」
道満の問いかけは、純粋な論理だった。 効率を求めれば、彼の言う「電脳浄土」こそが正解なのかもしれない。 だが。
「意味ならあるさ。……非効率を楽しむことだ」
僕は答えた。
「腹が減って不機嫌になる金時。妄想を爆発させて暴走する綱。ネガティブすぎて周囲を巻き込む貞光。……そして、不器用な料理で殺そうとしてくる頼光さん」
脳裏に浮かぶのは、あの騒がしくも愛おしい日常だ。
「データになれば、それらは全部『ノイズ』として削除されるだろう。でも、僕たち人間は、そのノイズこそが『生きている証』なんだ」
「……ノイズ、だと」
「ああ。だから僕は、お前の完璧なシステムに、とびきりの『人間味』を混ぜてやる!」
僕はスマホ画面の『実行(Enter)』キーを、親指で強く押し込んだ。
『システム更新:Humanity_Patch.Ver2.0』 『適用中……』
瞬間、白かった空間に色が戻り始めた。 汗の匂い。土の感触。風の音。 そして、仲間たちの呼ぶ声。
「ば、馬鹿な……! 私の美しい数式が……感情という泥で汚されていく……!」
道満が頭を抱えて絶叫する。 彼の体が、光の粒となって分解されていく。
「覚え……ておけ……! 人間がいる限り……カオス(混沌)は……消えぬぞ……!」
「望むところだ。そのカオスの中で、僕たちは泥臭く生きてやるよ」
ドォォォォン!! システムが完全に再起動した。 強烈な重力が戻ってくる。 僕は現実世界へと、真っ逆さまに落下していった。




