【第五話】「筋肉は醜い!」美少女剣士と、虚弱の美学
翌日の昼下がり。 屋敷の庭で、僕は儚げな美少女と対面していた。
サラサラの黒髪。折れそうなほど細い手足。 透き通るような白い肌に、少し憂いを帯びた瞳。 彼女は庭の桜を見上げながら、和歌を口ずさんでいる。
「……久方の、光のどけき春の日に……」
美しい。 頼光のような「強気な姉御肌」もいいけど、こういう「守ってあげたくなる深窓の令嬢」も最高だ。 僕はドキドキしながら声をかけた。
「あの、初めまして。カケルと言います。この屋敷の方ですか?」
彼女はビクッと肩を震わせ、ゆっくりと振り返った。 僕の顔を見た瞬間、彼女の瞳がサァァァッと輝いた。まるで、希少な宝石でも見つけたかのように。
「……なんと」
彼女はふらつく足取りで僕に歩み寄り、うっとりとした表情で僕の手を取った。
「素晴らしい……。その白く透き通った肌、今にも折れそうな手首、そして死相すら漂う頼りない立ち姿……。まさに、私の理想とする『雅』そのものですわ」
「……はい?」
褒められているのか? いや、死相って言った?
「あ、申し遅れました。……渡辺綱にございます」
「……え?」
僕は二度見した。いや、三度見した。 目の前の儚げな文学少女を見る。 昨夜の、「筋肉ゥゥ!」「プロテイン最高ォォ!」と叫んで土蜘蛛を素手で殴り殺していたマッスル・バーサーカーを思い出す。 もう一度、美少女を見る。
「……つ、綱? さん?」
「はい。……昨夜は、その、お見苦しい『肉の塊』をお見せして、申し訳ございません……」
美少女は、恥ずかしさと自己嫌悪で今にも消え入りそうにうつむいた。
「ギャップ萌えにも程があるだろッ!!!」
僕のツッコミが京の空に響いた。 頼光がニヤニヤしながら梅干しの種を飛ばして解説に入った。
「綱は『鬼の腕を切り落とした』と有名だが、あれは満月の夜か、興奮状態になった時限定だ。普段はこの通り、筆を持つのも億劫な文学少女なのだ」
「厄介すぎるだろ! そのラノベ設定!」
「……カケル殿」
綱が、僕のジャージの袖をきゅっと掴んだ。その力は、赤ん坊のように弱い。
「私は……あの『強すぎる自分』が嫌いなのです。汗臭く、野蛮で、情緒のかけらもないあの姿が……。本当は、カケル殿のように、風が吹けば飛んでいくような、儚い存在でありたいのです」
彼女は真剣な眼差しで僕を見つめる。
「筋肉など、この世で最も醜い飾り。……あんなものがつくくらいなら、私は一生、書物を読んで暮らしたい」
「ええ……まあ、気持ちはわかりますけど」
まさかの「アンチ筋肉」思想。 彼女にとって昨夜の暴走は、黒歴史どころか「美学への冒涜」だったらしい。 だからこそ、ヒョロガリの僕にシンパシーを感じているのか。
「でも、昨日の綱さん、すごく頼りになりましたよ? 僕、助けられましたし」
僕がフォローを入れると、綱はポカンとして、それから真っ赤になってモジモジし始めた。
「そ、そうですか……? 野蛮だとは、思われませんか……? その、少しだけ……役に立ったと……?」
「ええ。かっこよかったですよ。……怖かったけど」
「……ふふ」
綱が初めて笑った。 桜の花がほころぶような、破壊力抜群の笑顔だった。
「カケル殿はお優しいのですね。……もしよろしければ、今度、私の蔵書をお見せしますわ。『絶望的な恋をして死ぬ男の話』ばかり集めているのですけれど」
「趣味が重いよ!!」
なるほど、この子はちょっと「拗らせて」いる。 でも、そこがいい。 ただの弱虫じゃない。自分の「弱さ」や「繊細さ」に、確固たるプライドを持っているんだ。
と、僕たちが奇妙な友情を育みかけた、その時だった。 僕のポケットで、無粋な電子音が鳴り響いた。
『ピロリン♪ バッテリー残量が15%以下です』
「……まずい。頼光さん、僕の『妖術』が、あと数時間で使えなくなります」
「なに?」
頼光の目の色が変った。 スマホの光と音は、今の僕たちの最強の武器だ。
「この板は雷の力を食べて動くんです。この時代に電気……いや、雷を操れる人はいませんか?」
「雷か」
頼光は少し考え、そして不敵に笑った。
「おるぞ。都で一番、雷と仲良しな変わり者がな。……ついでに、あやつの所で暴れている『じゃじゃ馬』も拾いに行くか」




