【第四十五話】ネガティブ・デバッグ・セッション
作戦変更。 僕たちは武器を収め、泥の中をゆっくりと歩き出した。 攻撃するのではない。共感するのだ。
一番手は、渡辺綱。 彼女は『孤独』の檻の前で、うっとりと溜息をついた。
「ああ、なんて素敵な暗黒空間……。貞光殿、羨ましいですわ」
「……え?」 貞光が顔を上げる。
「誰にも理解されず、闇の中で一人膝を抱える。……これぞ『悲劇のヒロイン』の特権! 貴女のその影のある瞳、ミステリアスで最高にセクシーですわ! 多くの殿方が、そのアンニュイな魅力に狂うでしょう!」
「セ、セクシー……? 私が……?」 綱の斜め上の解釈に、貞光が戸惑う。
次は、卜部季武。 彼女は降り注ぐ『失敗するかも』という文字を拾い上げ、眼鏡を光らせた。
「素晴らしいリスク管理能力ですねぇ。凡人は成功しか考えず足元を掬われますが、貴女は常に最悪のケースを想定している。貴女のネガティブ思考は、最高の『危機回避シミュレーター』ですよ。研究者として尊敬します」
「そ、尊敬……?」
そして、坂田金時。 彼女は檻をガシガシと揺らし、ニカっと笑った。
「難しいことは分かんねえけどよ! 俺、お前の作った服、気に入ってるぜ! 暗い顔してても、手先は器用で、仕事は丁寧だ。お前がいねえと、俺は裸で戦わなきゃなんねえんだ。……ありがとな!」
「金時ちゃん……」
貞光の瞳に、わずかに光が戻る。 そして最後、源頼光。 彼女は泥汚れも気にせず、檻の中に手を突っ込み、貞光の頭を乱暴に撫でた。
「私は光だ。お前が言う通り、眩しいかもしれん。……だがな、貞光。光があるところには、必ず影ができる。影がなければ、光もまた存在できんのだ」
頼光は真っ直ぐに彼女を見据えた。
「私は前しか見えんバカだ。だから、後ろを警戒し、足元の闇を見てくれるお前が必要なのだ。……戻ってこい。私の影として」
王道にして最強の殺し文句。 貞光の目から、涙が溢れ出した。
「……いいんですか。こんな、ジメジメした女で……」
「それがいいんじゃねえか!」 「影こそ至高!」 「データとして優秀!」
「……カケル様」 貞光が僕を見る。
僕は笑って、手を差し出した。
「君の『闇』はバグじゃない。このチームに不可欠な『機能』だ。……さあ、残業に戻ろう。まだ仕事は終わってないよ」
「……はい、店長……」
貞光が僕の手を握った瞬間。 カッ!! 暗闇の世界に亀裂が走り、眩い光が差し込んだ。 『孤独』の檻が粉砕され、降り注ぐエラーログが光の粒子に変わる。
システム復旧。 デバッグ完了だ。




