【第四十一話】バグる世界と、明滅する月
花火大会の狂乱から数日後。 京の都は、奇妙な静けさに包まれていた。 いつものような妖怪騒ぎも、金時の食い逃げ報告もない。 だが、僕だけが感じている違和感があった。
「……おかしい」
僕は夜の縁側で、スマホの画面を見つめていた。 充電は季武の発電機で保っているが、画面の挙動が重い。 カレンダーアプリの日付が、勝手に進んだり戻ったりしている。 そして、昨夜見た通知。
『システム警告:リソース不足により、テクスチャが読み込めません』
意味が分からない。ここは現実世界だ。テクスチャ(画像の質感)も何もないはずだ。 そう思っていた矢先。
「カケル殿。月が……変ですわ」
渡辺綱が、青ざめた顔で夜空を指差した。 彼女はいつもの妄想モードではない。本気で怯えている。
「月? 何言ってるんですか、今日は満月で……」
僕が見上げた瞬間、心臓が止まりそうになった。 夜空に浮かぶ満月が、一瞬だけ「ノイズ」のように乱れ、四角いブロック状に欠損したのだ。 まるで、処理落ちしたゲーム画面のように。
「なっ……!?」
「見たか、カケル」
背後から低い声。安倍晴明だ。 彼はいつもの涼しい顔を崩し、扇子を強く握りしめていた。
「この数日、都のあちこちで『物の形が崩れる』現象が起きている。ある者は顔がのっぺらぼうになり、ある家は柱が透けて消えた」
「それは……『バグ』ですか?」
「陰陽道では『神隠し』や『怪異』と呼ぶが、君の言葉の方が近いかもしれん。……カケル。この世界を構成する『理』が、何者かに書き換えられようとしている」
清明が広げた地図には、京の都を囲むように、赤黒いシミが広がっていた。 それは単なる妖怪の出現ポイントではない。 「データ破損領域」だ。
その時、僕のスマホがけたたましいアラートを鳴らした。
『緊急警報:管理者権限への不正アクセスを検知』 『対象:六条河原』 『実行者:不明(Unknown)』
「管理者権限……? この世界の、神様ってことか?」
「行くぞカケル。……どうやら、君たちが花火で打ち上げた『光』が、闇の中に潜む『とんでもないもの』を目覚めさせてしまったようだ」
頼光たちが武装して集まってくる。 いつものような軽口はない。 本能で悟っているのだ。これから戦う相手が、今までとは次元が違う存在であることを。




