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【第四十話】空飛ぶ修羅場と、愛の大輪

「綺麗ですわね、カケル様」


僕は空飛ぶ屋形船の座敷で、玉藻前に膝枕をされていた。 眼下には、京の都の夜景と、鴨川に集まる無数の妖怪・人間たち。 そして、目の前の夜空には、季武が作った極彩色の花火が次々と炸裂している。


「た~ま~や~!」 下界から金時の声が聞こえる。


「離してください! みんなが待ってるんです!」 僕が抵抗しようとするが、玉藻の九つの尾が僕の四肢を優しく、しかし強固に拘束していた。


「なぜ? ここが一番綺麗に見えますわよ? それとも、あの女(頼光)でなければ不満ですか?」


玉藻の瞳が金色に光る。 嫉妬? 独占欲? いや、彼女は楽しんでいる。この状況を、僕の反応を。


「貴女は……何がしたいんですか」


「退屈なのです。千年も生きていると、何もかも色褪せて見える。……でも、あなたは違う」


玉藻が僕の頬を撫でる。


「異界の知識を持ち、鬼を手懐け、常識を壊していく。……あなたのその魂、食べたくなってしまいますわ」


彼女の顔が近づく。 捕食される。物理的にも、社会的にも。


その時。


ズバァァァァァッ!!


屋形船の床が、下から真っ二つに斬り裂かれた。


「なっ!?」 玉藻が驚いて飛び退く。 拘束が解けた僕は、傾いた船から放り出されそうになり――誰かの腕に抱き留められた。


「遅くなってすまん、カケル!」


雷を纏い、宙を舞う鬼神。 源頼光だ。 彼女はなんと、季武が作った「打ち上げ花火の筒」に入り、自らを花火として射出させてここまで飛んできたのだ。


「無茶苦茶だ! 死にますよ!」 「死なん! 愛の力だ!」


頼光は僕を抱え、残った船の残骸に着地した。 その眼光が、玉藻を射抜く。


「玉藻前! よくも私の夫(予定)を拐かしたな! 今ここで白黒つけてやる!」


「あらあら。野蛮な花火が上がってきましたこと」 玉藻が袖を振ると、九つの尾が巨大化し、炎を纏った。


上空での決戦。 下では花火が上がり、上では女たちの戦いが火花を散らす。 カオスだ。美しすぎる地獄絵図だ。


「頼光さん! ここで暴れたら花火大会が台無しになります!」


「知ったことか! 貴様を取り戻すためなら、都の一つや二つ!」


「玉藻さんも! 主催者でしょ! 客が逃げますよ!」


「ふふ。これが一番の余興スペクタクルですわ!」


二人の攻撃が激突しようとした、その瞬間。


ヒュルルルル……


季武の声が、地上の拡声器(手製)から響いた。 『さあ、フィナーレです! カケル殿考案、特大スターマイン・愛のビッグバン!』


ドカァァァァァン!!


僕たちのすぐ真横で、最大の尺玉が炸裂した。 視界が全て光に埋め尽くされる。 音も、衝撃も、全てを塗りつぶす圧倒的な光の華。


「きゃっ!?」 「ぬうっ!」


あまりの眩しさに、頼光も玉藻も動きを止めた。 光の中で、僕は二人の手を取った。


「見てください! あれが僕の作りたかった景色です!」


光の粒が、柳のように降り注ぐ。 その輝きは、妖怪も人間も、鬼も狐も関係なく、全ての顔を等しく照らしていた。 怒りも、嫉妬も、退屈も、一瞬だけ忘れさせる光。


頼光が、空を見上げて呆然としている。 玉藻が、扇子を下ろして瞳を輝かせている。


「……美しいな」 頼光が呟いた。


「……ええ。悔しいけれど、綺麗ですわ」 玉藻が認めた。


花火が消え、静寂が戻る。 屋形船はボロボロだが、なんとか浮いている。 二人の殺気は、花火と共に霧散していた。


「今回は引き分けにしておいてあげますわ」 玉藻がため息をつき、僕の額に軽く口づけをした。


「次は逃しませんよ? カケル様」


彼女はそう言い残し、花弁のように姿を消した。 残されたのは、僕と頼光だけ。


「……カケル」 「はい」 「次は、私と二人で見ろ。邪魔者はなしだ」


頼光が顔を背けて言う。 耳まで真っ赤だ。


「約束します」


僕たちはゆっくりと地上へ降りていった。 地上では、金時たちが「おーい! 生きてるかー!」と手を振っている。 平安の夏祭りは、こうして幕を閉じた。 僕の寿命がまた少し縮んだ気がするが、夜空に残った火薬の匂いは、どこか懐かしく、愛おしいものだった。

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