【第三十八話】夜空に咲く花と、九尾のスポンサー
「夏といえば、花火だ」
蝉の声が降り注ぐ縁側で、僕は団扇を仰ぎながら呟いた。 エアコン開発は失敗し、川遊びも満喫した。 だが、僕の中にある「日本の夏」のピースが一つ足りない。 夜空を彩る大輪の花、花火だ。
「はなび? 鼻から火を吹くのか?」 坂田金時がスイカを種ごと噛み砕きながら聞く。
「違うよ。空に火薬を打ち上げて、綺麗な光の華を咲かせるんだ。……見せてあげたいな、みんなに」
僕が遠い目をしていると、庭の木陰から卜部季武がぬっと現れた。
「火薬……光の華……。興味深いですねぇ。硝石と硫黄の配合比率を変えれば、色とりどりの炎色反応を作り出せるはず。理論上は可能です」
「本当か季武さん!」
「ええ。ですが……」 季武が眼鏡を曇らせる。 「資金が足りません。火薬は貴重品ですし、打ち上げるための巨大な筒(発射台)を作るには、莫大なコストがかかります」
金だ。また金だ。 ラーメン屋もウーバーも赤字続きの僕たちに、そんな余裕はない。 僕が項垂れていると、門の向こうから優雅な声が響いた。
「あら。お金の話でしたら、わたくしが相談に乗りましょうか?」
金色の陽炎と共に現れたのは、玉藻前だった。 彼女は今日も隙のない美しさで、従者たちに巨大な葛籠を持たせている。
「玉藻……! また来たか泥棒猫!」 源頼光が瞬時に抜刀し、僕の前に立ちはだかる。
「怖い顔をしないでくださいな。今日はカケル様の夢を叶えに来ただけですの」
玉藻が扇子を振ると、従者たちが葛籠を開けた。 そこには、目が眩むような砂金と、最高級の織物が山積みになっていた。
「資金なら、いくらでも出しますわ。……その代わり」
玉藻が妖艶な笑みを浮かべ、僕を見据えた。
「その『花火大会』とやら、わたくしが主催となります。そして、招待客はわたくしが決めさせていただきますわ」
「招待客?」
「ええ。京の人間だけでなく……『こちらの住人』も招いて、盛大な百鬼夜行にしようではありませんか」
彼女の背後に、九つの尾の幻影が揺らめいた気がした。 ただの遊びじゃない。 彼女は何かを企んでいる。 だが、花火を見たいという僕のエゴと、季武の研究欲が勝った。
「……わかりました。やりましょう、共同プロジェクトです」
「カケル! 正気か!?」 頼光が僕の襟首を掴む。
「大丈夫です頼光さん。何かあっても、あなたがいれば守ってくれるでしょう?」
僕が信頼を込めて言うと、頼光は頬を赤らめ、刀を鞘に収めた。
「む……。そ、そう言われては断れん。……よし、私の背中に隠れておれ」
こうして、人間と妖怪が入り混じる、前代未聞の「平安・大花火大会」の準備が始まった。 それが、京の都を揺るがす大事件になるとも知らずに。




