【第三十六話】極寒! 季武式エアコンの暴走
季節は夏。 盆地である京都の夏は、サウナのように蒸し暑い。 平安時代の着物(十二単や狩衣)は、現代人の僕にとっては「拘束具付きサウナスーツ」に等しかった。
「暑い……。溶ける……」
僕は縁側で液状化していた。 扇風機がない。クーラーがない。 氷室の氷は貴族の高級品で、庶民には手が届かない。
「だらしないぞカケル。武士ならば頭頭滅却すれば火もまた涼し」 頼光が涼しい顔で腕組みをしている。彼女は代謝異常なのか、この暑さでも汗一つかいていない。
「無理です。僕は軟弱な現代人なんです。……季武さん、アレはまだですか?」
「ふふふ。お待たせしました」
庭の物陰から、卜部季武が現れた。 彼女の背後には、巨大な木箱のような装置が鎮座している。 あちこちからパイプが飛び出し、怪しげな冷気を放っている。
「名付けて『極寒君一号』です!」
季武が眼鏡を光らせて解説する。
「原理は簡単です。箱の中に詰めた硝石と水を化学反応させ、さらに金時の人力ファンで冷気を拡散させる。……理論上は、この部屋を冬山に変えます」
「最高だ! さっそく起動!」
「合点承知! 回すぜぇ!」 金時が装置のハンドルを握る。 ブンブンブン! ファンが高速回転を始め、装置が低い唸りを上げる。
ヒュオオオオオ……!
吹き出し口から、白い冷気が噴射された。 涼しい。いや、寒い!
「おお! これは極楽じゃ!」 頼光が目を丸くする。 「カケル殿! 風流ですわ! 雪女ごっこができます!」 綱がはしゃぐ。
だが、幸せな時間は十秒で終わった。
「あれ? 金時、回転数が上がりすぎてないか?」 「止まんねえ! 楽しくなってきたぁぁ!」
金時の暴走だ。 彼女の怪力によってファンの回転数が限界突破し、化学反応が加速する。
ゴォォォォォォッ!!
冷気が暴風雪へと変わった。 部屋の温度が急降下する。 畳が凍りつき、障子に霜が降りる。 僕の眉毛も凍った。
「さ、寒い! 死ぬ!」 「カケル! しっかりしろ! 寝たら死ぬぞ!」 頼光が僕を抱きしめる。温かい。人肌の暖房器具だ。
「あらあら。皆様、かき氷大会でもしてらっしゃいますの?」
そこへ、またしてもあの女が現れた。 玉藻前だ。 彼女は薄物の着物を涼しげに着こなし、凍りついた部屋に入ってきた。
「玉藻……! 貴様、冷やかしに来たか!」 頼光が震える声で叫ぶ。
「ええ。暑い日には、熱い抱擁が一番かと思いまして」
玉藻が僕の方へ歩いてくる。 彼女の身体からは、不思議な熱気が発せられていた。妖力による体温調節か。
「カケル様。その女(頼光)の腕の中では、凍えてしまいますわよ? わたくしの九尾の毛皮に包まれれば、極上の温もりが味わえますのに」
「寄るな泥棒猫! カケルは私の体温で解凍中だ!」
頼光が僕をさらに強く抱きしめる。 背中からは玉藻が覆い被さってくる。 前からは頼光の体温と弾力。後ろからは玉藻の妖艶な熱気と柔らかさ。 極寒の部屋の中で、僕の中心だけが灼熱地獄状態だ。
「あ、あの……二人とも……苦しい……」
「黙っていろ! 今、私が温めている!」 「いいえ、わたくしの方が効率的ですわ」
女の意地と意地のぶつかり合い。 その熱量で、部屋の氷が溶け出した。 結局、季武のエアコンはオーバーヒートして爆発し、僕たちは水浸しの部屋で、汗だくになって立ち尽くすことになった。
「……結局、暑いじゃないか」
僕のツッコミに、全員が顔を見合わせて笑った(貞光だけは「床が濡れてカビが生える……」と泣いていた)。 平安の夏は、気温以上に女たちの情熱が暑苦しい。




