【第三十五話】爆走! 平安飛脚イーツ
ラーメン屋『頼光』が、頼光と玉藻前の痴話喧嘩(物理)によって半壊してから数日後。 僕たちは新たな資金難に直面していた。 店の修繕費。食費(主に金時)。そして、季武の開発費。 金がない。
「カケル。金がないなら、また山賊でも狩ればよいのではないか?」 源頼光が物騒な提案をする。彼女にとって経済活動とは「奪う」ことと同義らしい。
「ダメです。コンプライアンス違反です。……こうなったら、店舗を持たないビジネスを始めます」
「店舗を持たない? 屋台か?」
「いいえ。『配達』です」
僕は宣言した。 ラーメンの味は評判だった。だが、店に来てもらうにはリスク(主に店員の暴走)が高すぎる。 ならば、届ければいい。 現代の物流システムを、この平安京に実装するのだ。
「名付けて『飛脚イーツ』! アプリ(注文札)一つで、熱々の料理をご家庭までお届けします!」
システムはこうだ。
顧客が屋敷の前に掲げられた「注文札」を裏返す。
季武が開発した「遠眼鏡(望遠監視システム)」で綱がそれ確認。
厨房で頼光が調理。
金時がママチャリで爆走して届ける。
完璧な布陣だ。 さっそく、初日の営業が始まった。
「注文入りました! 三条の藤原様邸、特製チャーシュー麺二つ!」 綱が監視塔から叫ぶ。
「承知した! 火力最大!」 頼光が包丁を振るう。 彼女の料理スキルは日々進化している。最初は「黒い爆弾」しか作れなかったが、僕の指導により、今では「少し焦げただけの絶品料理」を作れるようになった。愛の力は偉大だ。
「お待ちどう! 金時、配達だ!」 頼光が岡持ち(木箱)を金時に渡す。
「おう! 任せろ! 腹減った!」 金時がママチャリに跨る。 サスペンションが軋み、タイヤが唸る。
「行ってきまーす!」
ドギャァァァン! 金時がロケットスタートを切った。土煙が舞い、屋敷の門柱が一本折れた。 速い。速すぎる。 これなら麺が伸びる前に届けられるはずだ。
数分後。 金時が帰ってきた。 口の周りをギトギトに光らせて。
「ただいまー! 兄ちゃん、あの客、留守だったぞ!」
「留守? 注文札が出てたのに?」
「おう。だから、もったいないから俺が食っといた!」
「食べたのかよ!」
「あ、でも代金はちゃんと貰ってきたぞ! 『ツケとくぜ!』って壁に書いてきた!」
「それ強盗だろ!」
配達員(金時)が商品を食べてしまうという致命的なバグが発生した。 僕は頭を抱えた。 だが、トラブルはそれだけではない。
「カケル殿! 次の注文です! 五条の姫君から『恋の和歌セット』をご所望です!」 綱が叫ぶ。 「そんなメニューないよ!?」 「大丈夫ですわ。私が即興で『届かぬ想い』を三十一文字に込めた手紙を添えておきました。ついでに藁人形もサービスで!」 「客を呪うな!」
さらに、厨房からは爆発音が。 「ぬうぅ! 麺の湯切りに失敗した! 雷で乾かせばよいか!」 「やめて! 麺が炭になる!」
結局、その日の売上は、修理費と賠償金でマイナスになった。 夕暮れの縁側で、僕は疲れ果てて空を見上げた。
「……物流って、難しいな」
「元気を出せカケル」 頼光が隣に座り、僕の肩を叩いた。 「商いは失敗したが、賄い飯(残ったラーメン)は美味かったぞ」
彼女はそう言って、自分のお椀に残っていたチャーシューを、僕の口にアーンしてくれた。 不器用で、乱暴で、でも温かい味。
「……はい。美味しいです」
僕が答えると、頼光は満面の笑みを浮かべた。 その笑顔が見れたなら、今日の赤字もまあ許容範囲か。 そう自分を納得させた僕の横で、金時が「兄ちゃん、明日は何売る? カレーか?」と目を輝かせていた。 こいつの胃袋を黙らせない限り、黒字化は遠い。




