【第三十四話】行列の客は、九尾の美女
ラーメン屋『頼光』は連日大盛況だった。 金時が湯切りをし(勢い余って客に湯がかかる)、季武が麺を打ち、綱が接客をし(客に壁ドンしている)、頼光がチャーシューを焼く。 僕はレジ係兼店長だ。
「いらっしゃいませー! 替え玉一丁!」
売上は上々。これで新しい設備投資ができるかもしれない。 そう思っていた矢先。 行列の最後尾に、ひときわ目立つ客が現れた。
周囲の客が、モーゼの海割れのように道を空ける。 現れたのは、黄金の髪に十二単を纏った、傾国の美女。 玉藻前だ。
「まあ。なんて野蛮で、素敵な香りなんでしょう」
彼女は扇子で鼻を覆いながら、優雅に暖簾をくぐった。 店内の空気が一変する。 男客たちは全員、彼女の美貌に魂を抜かれたように呆けてしまった。
「あ、あら……? 玉藻様?」 綱がお盆を取り落とす。
「いらっしゃいませ。……お客様、ここは庶民の店ですが」 僕が警戒しながら前に出ると、玉藻は妖艶に微笑んだ。
「ふふ。評判を聞きましてね。……わたくしも、一杯いただけますか?」
彼女が席につくと、金時が緊張で震えながらラーメンを出した。 「へ、へい! 特製チャーシュー麺だ!」
玉藻は箸を取り、優雅に麺を口に運ぶ。 ズルズル、という音すら立てず、音もなく吸い込まれていく。
「……んっ」
彼女が小さく息を漏らした。 その艶っぽい吐息だけで、店内の男たちが数人鼻血を出して倒れた。
「美味しい……。濃厚で、絡みつくようなお味。……まるで、カケル様のよう」
「えっ」
玉藻が僕の手を握った。 彼女の指は熱く、しっとりと濡れている。
「ねえ、カケル様。こんな脂ぎった店より、わたくしの屋敷にいらっしゃいません? もっと『とろけるような』極上のお料理をご馳走しますわよ?」
誘惑。 彼女の瞳の奥で、金色の狐の瞳が光った気がした。 精神干渉だ。意識が朦朧としてくる。
「そ、それは……」
「わたくしなら、あなたの望むもの全てを与えてあげられます。地位も、富も、快楽も……」
彼女の顔が近づいてくる。甘い香り。 唇が触れそうになった、その時。
ドゴォォォォォン!!
轟音と共に、玉藻の座っていた席の真横に、一本の包丁が突き刺さった。 深々と床板を貫通している。
「……誰の男に手を出している、泥棒猫」
厨房の奥から、鬼神が現れた。 源頼光。 エプロン姿だが、その背後には不動明王のような炎が見える。
「あら、頼光様。接客中におもちゃ(包丁)を投げるなんて、お行儀が悪くてよ?」 玉藻は動じない。むしろ楽しそうだ。
「私の店で、私の夫(予定)を口説くとは……。ラーメンの具にしてやろうか?」
「夫? あら嫌だ。カケル様は『助けて』という顔をしていらしたわ? あなたのようなガサツな女に飽き飽きしているのではなくて?」
「貴様ァ……!」
バチバチバチッ! 二人の視線が交差した空間で、火花が散った。 頼光の「雷気」と、玉藻の「妖気」が衝突し、店内のドンブリがカタカタと震え出す。
「お、おい! 店が壊れるぞ!」 金時が叫ぶが、もう遅い。 女の戦いは、理屈ではない。
「表へ出ろ。その尻尾、一本ずつ引き抜いてやる」 「いいですわよ。あなたのその無駄に大きい胸、削ぎ落として差し上げますわ」
二人は笑顔のまま店を出て行った。 直後。 ズガァァァン! ドォォォン! 外から、落雷と爆発音が響き渡る。 京の都に、巨大なクレーターができる音がした。
「あーあ……。今日の営業は終わりだな……」
僕は廃墟になりかけた店内で、冷めたラーメンを啜った。 モテる男(?)はつらい。 でも、こんなドタバタな毎日も、カップ麺を一人ですする夜よりは、やっぱり悪くない気がした。




