【第三十二話】ネガティブ裁縫師と、呪いのファッションショー
トイレ爆破事件の翌日。 僕はまたしても悩んでいた。 頼光の「破壊洗濯」によってジャージを失い、今は清明さんから借りた狩衣(平安貴族の服)を着ているが、これが動きにくい。 袖が長い。裾が長い。そして何より、トイレ(修復中の木の箱)で邪魔になる。
「はぁ……。動きやすい服が欲しいな。Tシャツと短パンが恋しい」
僕が縁側でため息をついていると、床下からドロドロとした声が聞こえてきた。
「……服、ですか。……私でよければ、作れますけど……」
「うわっ!?」
床板がめくれ、そこから碓井貞光が顔を出した。 相変わらず目のクマが酷い。そしてなぜ床下に住んでいるんだ。
「貞光さん、裁縫ができるの?」
「はい……。友達がいなかったので、一人で人形の服を作って呪いを込めるのが趣味でしたから……」
動機が怖い。 だが、彼女の手先が器用なのは確かだ。四天王の中で唯一、細かい作業ができそうな人材である。
「じゃあ、お願いできるかな? 僕の世界の服を再現してほしいんだ」
僕は地面にTシャツとハーフパンツの絵を描いて説明した。 構造は単純だ。着物の余り布を使えば作れるはずだ。
「わかりました……。どうせ私が縫った服なんて、着たら不幸になる呪いの装備になるでしょうけど……やってみます……」
貞光はジメジメと呟きながら、自分の部屋(押し入れ)に引きこもった。 数時間後。 カタカタとミシンのような音(手縫いなのに速すぎる)が止み、貞光が出てきた。
「……できました。……これです」
彼女が差し出したのは、確かにTシャツと短パンだった。 だが、デザインが致命的だった。
生地は真っ黒。 そして胸元には、赤色の糸で『絶望』『苦行』『来世に期待』といった文字が、お洒落なロゴ風に刺繍されている。 さらに、短パンの裾からは、謎のお札が何枚も垂れ下がっていた。
「……貞光さん。この文字は?」
「私の心の叫びをデザインに取り入れました……。これを着れば、周囲の人々を鬱状態にさせる『歩くパワースポット(負)』になれます……」
「いらない機能つけないで!」
だが、着るものがない。 僕は渋々、その「呪いのセットアップ」に袖を通した。 着心地は悪くない。むしろ肌触りは最高だ。さすが器用なだけはある。見た目がデスメタルバンドの物販Tシャツみたいであることを除けば。
「あら。カケル、妙な格好をしておるな」
そこへ、頼光たちが帰ってきた。 彼女は僕の姿を見るなり、目を丸くした。
「脚が出ているぞ! なんて破廉恥な!」 「カケル殿! それは『生足』というやつですね! 眩しいです!」 綱が興奮して鼻血を出している。
「ふん。だが、その服……どこか貧相だな」
頼光が不満げに腕を組む。 すると、どこからともなく甘い香りが漂ってきた。
「あらあら。相変わらず貧乏くさい格好をされていますね、カケル様」
門の向こうから現れたのは、あの傾国の美女・玉藻前だった。 彼女は今日も黄金のオーラを纏い、扇子で優雅に仰いでいる。
「た、玉藻さん……」
「見ていられませんわ。わたくしが、もっと素敵な衣装を用意しましたのに」
玉藻が指を鳴らすと、空から数人の従者(狐のお面をつけた怪しい男たち)が降りてきた。 彼らが捧げ持っているのは、金糸銀糸で刺繍された、最高級の狩衣だ。 輝いている。物理的に発光している。
「さあ、カケル様。その薄汚れた布切れを捨てて、わたくしの用意した『王の衣』をお召しくださいな」
玉藻が妖艶に微笑み、僕の手を取ろうとする。
「待てェッ!!」
轟音と共に、頼光が二人の間に割って入った。 彼女の背中には、般若の幻影が見える。
「泥棒猫……! 懲りずにまた現れたか! カケルの服を選ぶのは、妻であるこの私の役目だ!」
「あら、怖い。でも、あなたの選ぶ服は、カケル様の魅力を殺していますわよ? 筋肉バカには分からない美学がありますの」
「なんだと……!」
火花が散る。 正妻(自称)VS 愛人(自称)。 その横で、綱が「私の手編みのセーター(製作期間三年)を着て欲しいですわ!」と叫び、金時が「俺の腹掛け貸してやるよ!」と謎の提案をしている。
僕は『絶望』と書かれたTシャツを着たまま、美少女たちのファッション戦争の中心で立ち尽くしていた。 トイレも服も、平和に手に入るものは何一つない。 これが、平安ライフの洗礼か。
「もう全員、ユニクロ行ってこいよ……!」
僕の悲痛なツッコミは、頼光と玉藻の放つ闘気にかき消され、虚しく京の空に響いたのだった。




