【第三十一話】悲願の水洗トイレと、暴走するオーバーテクノロジー
「限界だ。もう無理だ」
朝の会議(という名の朝食会)で、僕はちゃぶ台をバン! と叩いた。 目の前には、味噌汁をすする源頼光、巨大な魚を骨ごと噛み砕く坂田金時、優雅にお粥を食べる渡辺綱、そして新入りの二人。
「どうしたカケル。またマムシの握り飯が食いたいのか?」 頼光が善意100%の笑顔で猛毒を勧めてくる。
「違います。トイレです」
僕は真剣な眼差しで訴えた。 この屋敷のトイレは「樋箱」。要するに木の箱だ。 水洗ではない。臭い。そして何より、尻を拭くのが「木のヘラ」だ。 現代人の柔らかなお尻にとって、それは毎朝行われる拷問に等しい。
「私は決意しました。この屋敷に『水洗トイレ』を導入します」
「すいせん? なんだそれは。新しい必殺技か?」 金時が首を傾げる。
「水流の力で汚物を異次元へ葬り去る、文明の利器ですよ。……季武さん、協力してくれますね?」
僕が指名したのは、四天王の頭脳派メカニック、卜部季武だ。 彼女は牛乳瓶の底のような眼鏡をクイッと押し上げ、ニヤリと笑った。
「ほう。水流制御ですか。……興味深い。この時代の治水技術は遅れていますからねぇ。私が本気を出せば、カケル殿の理想郷を作れるかもしれませんよ?」
「頼もしい! さっそく設計図を書きます!」
僕はスマホ(充電残りわずか)に残っていた配管図を参考に、地面に木の枝で設計図を描いた。 タンクに水を溜め、レバー操作で弁を開き、サイフォンの原理で汚物を流す。 シンプルだが、平安時代には革命的なシステムだ。
「なるほど……。位置エネルギーを運動エネルギーに変換し、渦を作るわけですね」 季武がブツブツと呟きながら、目を怪しく光らせる。 「いいでしょう。私の工房にある廃材と、金時の怪力があれば、半日で実装可能です」
「よし! プロジェクト『TOTO』始動だ!」
作業は順調に進んだ。 金時が「うおおお!」と叫びながら井戸から水を汲み上げ、綱が「不浄を流す……つまり失恋の痛手も流せるのですね」とポエムを詠みながら配管を繋ぐ。 そして夕方。 屋敷の裏庭に、異様な存在感を放つ「それ」が完成した。
「……季武さん。これ、何ですか?」
僕は目の前の物体を指差して震えた。 僕が頼んだのは、シンプルな便器だ。 だが、そこに鎮座していたのは、黒鉄で補強され、無数のパイプが張り巡らされ、なぜか蒸気機関のような煙突までついた「要塞」だった。
「ふふん。カケル殿の設計図があまりに原始的だったので、私のアレンジ(魔改造)を加えました」
季武が得意げに胸を張る。
「名付けて『ハイパー・ウォッシュ・システム Mk-II』です! こだわったのは水圧ですね。通常の十倍の圧力で、どんな汚れも分子レベルで粉砕します」
「強すぎるよ! 尻がなくなるよ!」
「さらに、使用中は自動的にロックがかかり、外部からの敵襲に備えて迎撃ミサイル(花火)が発射される防衛機能付きです」
「トイレで戦争する気か!」
「さあカケル殿! 栄えある第一号の『放出』をお願いします!」
全員の期待の眼差し(と、季武の狂気じみた目)に見つめられ、僕は逃げ場を失った。 やるしかない。男には、やらねばならない時がある。 僕は震える足で、その鉄の玉座に座った。
「い、いきます……!」
用を足し(緊張で出なかったが)、僕は恐る恐る「洗浄レバー」を引いた。
ガシャン! ギュイイイイーン! けたたましい駆動音が響く。
「洗浄シークエンス、起動!」 季武が叫ぶ。
ドッゴォォォォォン!!
便器の底から、間欠泉のような水流が噴き出した。 それは「流す」レベルではない。「打ち上げる」威力だ。
「ぎゃああああああ!」
僕は水流に乗って空高く舞い上がった。 平安京の夕焼けが綺麗だった。 宙を舞いながら、僕は思った。 便利さを求めすぎると、人は空を飛ぶことになるんだな、と。
「カケル! 大丈夫か!」 頼光がジャンプして僕をキャッチしてくれたおかげで、一命は取り留めた。 だが、僕のトイレ改革は、屋敷の半壊という尊い犠牲を払って失敗に終わった。




