【第二十六話】羅生門の変異と、サヨナラの予感
「緊急事態だ! 総員、酔いを冷ませ!」
僕の声に、四天王と酒呑童子が反応した。 僕がスマホの画面を見せると、酒呑童子が眉をひそめた。
「羅生門か。……あそこには昔から、都の『澱』が溜まると言われている。時空の歪みが、その澱と結びついたか」
「ブラック店長の怨念が、京の穢れを吸収して巨大化したんだ」
僕は確信していた。 あのコンビニで見た日記。「この世界を呪ってやる」という言葉。 彼は、自分を追い詰めた現代社会だけでなく、飛ばされたこの平安世界そのものを憎み、全てを道連れに消滅しようとしている。
「行くぞ。私の部下の世界の不始末だ。私がケツを拭いてやる」
頼光が立ち上がった。 酒で赤らんでいた顔は、すでに武人のそれに変わっている。
「俺も行くぜ。……美味い酒とツマミをくれた礼だ。アフターサービスってやつだ」
酒呑童子が金棒を担ぐ。 昨日の敵は今日の友。 最強の鬼と最強の人間が手を組んだ、ドリームチームの結成だ。
僕たちは大江山を駆け下り、京の都へと急行した。 金時のママチャリは、下り坂で音速を超えた(気がした)。 季武が取り付けたサスペンションが火を噴き、貞光が「死ぬ死ぬ」と念仏を唱える中、僕たちは夜明け前の都に到着した。
羅生門。 京の南の入り口であるその巨大な門は、異様な姿に変貌していた。 門全体が黒い泥のようなもので覆われ、そこから無数の「レシート」や「タイムカード」のような紙片が吹雪のように舞っている。
『ザンギョウ……ザンギョウ……』 『オキャクサマハ……カミサマ……』
門の奥から、地響きのような怨嗟の声が聞こえる。 そして、泥の中から姿を現したのは、巨大な怪物だった。 コンビニの制服を着た巨人。だがその体は、バーコードと請求書で構成されている。 右腕は巨大な「印鑑」、左腕は鋭利な「カッターナイフ」になっていた。
「デカい……! ゴミゴーレムの比じゃないぞ!」 金時が自転車を止めて叫ぶ。
「あれが、カケル殿の世界の『闇』ですか……。なんて悲しい色をしているのでしょう」 綱が刀を抜く。
怪物が吠えた。 『カエレナイ……ナラバ……コノ世界ゴト……ヘイテン(閉店)ダ……!』
「閉店ガラガラってわけにはいかねぇんだよ!」
酒呑童子が先陣を切った。 彼が金棒を振り下ろすと、衝撃波で舞っていたレシートが消し飛ぶ。 だが、怪物の体は再生する。 斬っても斬っても、無限に湧き出る「業務連絡」のように復活するのだ。
「物理無効か! 厄介な!」 頼光が雷撃を放つが、泥に吸収されてしまう。
「カケル殿! 解析を!」 季武がドローン式神を飛ばしてデータを集める。
僕はスマホの画面を見た。 敵のHPバーのようなものは表示されていない。だが、核の反応がある。 場所は、胸元。 そこにあるのは、光り輝く『退職届』のような白い紙。
「あそこだ! あの胸の白い紙が本体だ!」
「退職届だと? なぜそれが弱点なのだ?」 頼光が問う。
「彼は……辞めたかったんだ。本当は、誰かに認めてもらって、解放されたかったんだ!」
ブラック企業の呪縛。 それを解くのは、暴力じゃない。 「承認」だ。
「みんな! 攻撃じゃなく、『感謝』をぶつけるんだ!」
「はぁ? 感謝だと?」 全員が呆気にとられる。
「そうだ! 彼は客に罵倒され、上司に否定され続けてきた! だから、彼の仕事を認めて、解放してやるんだ!」
「わけがわからんが……やってやる!」
頼光が前に出た。 彼女は刀を構え、大声で叫んだ。
「おい貴様! 貴様が作った握り飯(コンビニ弁当)は……不味くなかったぞ!」
『!?』 怪物の動きが止まる。
「俺もだ! あのポテチとカプ麺、最高だったぜ! 毎日食いたいレベルだ!」 金時が叫ぶ。
「あの化粧品のおかげで、私の肌はプルプルですわ! 貴方の店の品揃えは、都一番です!」 綱が続く。
「あの武器、切れ味最高ですねぇ! メンテナンスが行き届いている証拠です!」 季武が褒める。
「……あなたの気持ち、わかります。死にたいですよね。でも、あなたはよく頑張りました……」 貞光が、初めて前向きな(?)共感を寄せる。
怪物の体が震え始めた。 黒い泥が、ポロポロと剥がれ落ちていく。
『アリガトウ……ゴザイマシタ……』
「トドメだカケル! お前が言ってやれ!」
頼光に背中を押され、僕は前に出た。 同じ社畜として。 同じ時代を生きた人間として。
僕はスマホのライトを彼に向け、最大音量で叫んだ。
「お疲れ様でした! 今日の業務は終了です! あなたはもう、自由だ!!」
『オツカレ……サマ……』
怪物の胸の『退職届』が、眩い光を放った。 黒い巨体が光に包まれ、霧散していく。 舞い散るレシートが、桜の花びらのように変わった。
そして、羅生門の真下に、渦巻く光の穴が現れた。 帰還ゲートだ。 店長の魂が浄化され、時空の歪みが修正されようとしている。 その中心に、元の世界へ続く道が開いたのだ。
「……開いたぞ、カケル」
頼光が静かに言った。 戦いは終わった。 あとは、僕がこの穴に飛び込むだけだ。
美少女たちが、僕を見る。 金時が寂しそうに鼻をすすり、綱が目を伏せ、季武と貞光が黙って頭を下げる。 そして頼光は、無理に作った笑顔で、僕の背中を叩いた。
「行け。……定時退社なのだろう?」
その言葉に、僕は足を動かそうとした。 だが、足が鉛のように重い。 スマホの画面には『ゲート閉鎖まで残り30秒』のカウントダウン。
僕は、振り返った。 夕焼けに染まる都。 愛すべき問題児たち。 そして、涙を堪えて笑う、最強の主君。
(……ああ、くそ)
僕の中で、社畜の魂が叫んだ。 こんな「好待遇」な職場を捨てて、あの冷たいワンルームに帰るのか? おにぎりは不味いし、トイレは不便だし、命の危険もあるけれど。 ここには、僕の居場所があるじゃないか。
『残り10秒』
僕はスマホを見た。 そして、指をスワイプした。 『電源オフ』。
「……頼光さん」
「なんだ、早く行かぬと閉まるぞ!」
「残業申請、出していいですか?」
「……は?」
「プロジェクトは完了しましたが……アフターサポートが必要です。それに、まだあなたに『美味しいおにぎりの作り方』を教えてませんから」
ゲートが、シュン、と音を立てて消滅した。 光の粒子が消え、いつもの羅生門の風景が戻る。
呆然とする美少女たち。 そして、顔をくしゃくしゃにして、涙を溢れさせる頼光。
「……バカ者め」
彼女は僕に飛びつき、力一杯抱きしめた。 肋骨が軋む。痛い。でも、温かい。
「一生こき使ってやるからな! 覚悟しておけ!」
「望むところです」
こうして、僕の平安ライフは延長戦(無期限)に突入した。 筋肉ゼロの社畜SEは、これからもこのカオスな都で、最強の式神たちと共に生きていく。 とりあえず明日のタスクは、頼光への料理教室と、綱への恋愛指導、そして金時のダイエット計画だ。 忙しくなりそうだ。




