【第二十四話】強制シャットダウン・プロトコル
「ハァ……ハァ……」
頼光が荒い息を吐きながら立ち上がる。 彼女の鎧(山伏の服)はボロボロだが、瞳の光は消えていない。
「カケル。策はあるか。……なければ、私が特攻して隙を作る」
「ダメです。それは一番ダメな仕様変更です」
僕は頼光を制止した。 リーダーが倒れればプロジェクトは崩壊する。
「よく見てください。酒呑童子の動き、最初より雑になってます。毒酒の効果で体温が上がりすぎているんです」
「なに?」
「あれはただの酔っ払いじゃありません。熱暴走寸前のPCです。……強制終了させましょう」
僕は全員に指示を飛ばした。
「金時! お前のチャリに積んである『スポーツドリンク』と『水』! あれを全部持ってこい!」
「あ? 飲むのか?」
「違う! ぶっかけるんだ!」
「はぁ!?」
「綱さん! 季武さん! 酒呑童子の足場を崩せ! 奴を一箇所に固定する!」
「承知しましたわ! 恋の落とし穴ですね!」 「了解です! 床の構造的欠陥を突きます!」
「貞光さん! 奴に向かって、今までで一番暗い言葉を投げつけろ! 精神的に冷やすんだ!」
「……得意分野です」
作戦開始。 まずは季武が床板の継ぎ目にノミを打ち込み、綱がその隙間を「薄氷の太刀」で切断する。 ガクンッ! 酒呑童子の足元の床が抜け、彼の巨体がバランスを崩した。
「ぬっ!?」
そこへ、貞光の呪詛が飛ぶ。
「……お前なんて、誰も愛してない。部下はお前の金目当て。老後は孤独死。ハゲて太って加齢臭……」
「グハッ!?」
物理攻撃の効かない酒呑童子が、精神ダメージで一瞬硬直した。 ホワイト企業の社長にとって、「人望がない」と言われるのが一番効くらしい。
「今だ金時!」
「うおおおお! 冷やしてやるぜぇぇ!」
金時がペットボトルの束を抱え、大ジャンプした。 蓋は全て開けてある。 彼女は酒呑童子の頭上から、大量の水とスポーツドリンクを豪快にぶちまけた。
バシャァァァァッ!
冷たい液体が、熱く火照った酒呑童子の全身を濡らす。 瞬間。 ジュウゥゥゥゥッ!! 凄まじい蒸気が上がり、視界が真っ白に染まった。
「ギャアアアアッ!?」
酒呑童子が悲鳴を上げた。 急激な温度変化。 熱したガラスに冷水をかければ割れるように、限界まで活性化していた彼の肉体と神経が、急激な冷却ショック(ヒートショック)を起こしたのだ。
「身体が……動かん……!?」
酒呑童子が膝をつく。 赤い肌が急激に青ざめ、ガタガタと震え始めた。 システムダウン。 再起動不能。
「カケル! 今か!」
「頼光さん! フィニッシュです! 首を!」
「応ッ!」
霧の中で、頼光が舞った。 彼女は刀を上段に構え、全ての力を一撃に込める。
「我が愛妻料理の威力、思い知ったか!」 「料理って認めた!」
一閃。 雷光が走り、蒸気を切り裂いた。
ズンッ。
重い音が響き、酒呑童子の巨体がゆっくりと地に伏した。 首は繋がっている。 頼光は寸前で刃を止め、峰打ち(というか、刀の腹での強烈な打撃)に切り替えていたのだ。
「……殺さぬのか?」
倒れた酒呑童子が、虚ろな目で頼光を見上げる。
「ふん。良い会社を持っておるようだからな。社長が死ねば路頭に迷う者が多かろう」
頼光は刀を納め、ニヤリと笑った。
「それに、毒酒を飲んであれだけピンピンしていたのだ。殺すには惜しい。……どうだ、私の部下にならんか?」
まさかの逆ヘッドハンティング。 酒呑童子は呆気にとられ、そして弱々しく笑った。
「クク……。毒を盛った人間にスカウトされるとはな。……だが、悪くない」
彼は完全に降参の意を示し、大の字になった。
「勝負あり! 我々の勝利だ!」
僕が高らかに宣言すると、広間は一瞬の静寂の後、歓声に包まれた。 鬼たちも、自分たちのボスが見事な戦いをしたことに満足したのか、あるいは頼光のカリスマに飲まれたのか、武器を捨てて拍手を送っている。
「やったー! 終わったー! 飯だー!」 金時が躍り上がり、綱がへたり込み、季武が鬼の金棒を採寸し始め、貞光が「勝ってしまった……逆に怖い」と震えている。
僕はスマホを取り出した。 画面上の『酒呑童子討伐』の文字が、『COMPLETED』に変わっている。 そして、新たな通知が表示された。
『時空の歪みレベル:低下』 『帰還ルート:検索中……』
帰れる。 その文字を見た瞬間、僕の胸に去来したのは、喜びよりも先に、奇妙な寂しさだった。
「カケル! 何をしておる! 宴だぞ!」
頼光が僕の首に腕を回し、強引に引き寄せた。 彼女の笑顔は、京の太陽のように眩しい。
「今日は飲むぞ! 貴様の持ってきた未来の酒、全部開けるからな!」
「ちょ、頼光さん! それ僕のストック……!」
騒がしい夜が始まる。 鬼と人間が入り混じり、ブラックとホワイトが融合した、最初で最後の大宴会。 僕は覚悟を決めた。 帰還ルートが見つかるまでは、この最高に愛すべき問題児たちの「軍師」として、最後まで付き合ってやろうと。




