【第二十三話】ホワイト企業の鉄壁連携と、カオスな四天王
「交渉決裂だ。……やるぞ!」
源頼光が山伏の装束をかなぐり捨てた。 その下から現れたのは、真紅の鎧ではなく、動きやすさを重視した軽装の戦闘服。だが、その身体から立ち上る闘気は、鎧以上に彼女を守る鉄壁の防御となっていた。
「行くぞ酒呑童子! 貴様のその余裕、いつまで保つかな!」
頼光が地を蹴る。 速い。 雷鳴のような踏み込みと共に、彼女の愛刀「童子切安綱」が閃いた。 狙うは酒呑童子の首。
「威勢がいいな、女」
酒呑童子は玉座から動かなかった。 彼は手にした巨大な金棒を、まるで箸でも扱うように軽く振るっただけだ。
ガギィィン!
金属音と火花が散る。 頼光の渾身の一撃が、片手で防がれていた。
「大将!」 「加勢するぞ!」
広間にいた百の鬼たちが一斉に立ち上がる。 彼らの動きには迷いがない。 「社長を守れ!」「今期のボーナス査定に響くぞ!」という明確なモチベーションと、高度に訓練された連携がある。 これがホワイト企業の組織力か。
「させねぇよ! オラオラオラァ!」
坂田金時がママチャリを振り回して突っ込む。 タイヤに巻いた蔦が鬼の顔面を捉え、フレームが打撃武器として唸りを上げる。 「兄ちゃんが直してくれた愛車だ! 味わいな!」 彼女は自転車を武器にするという新しい戦闘スタイルを確立していた。
「ひぃッ! 来ないでください! 私の肌は敏感なんです!」
渡辺綱は、迫り来る鬼たちに対して腰が引けている。 だが、鬼が彼女に触れようとした瞬間、彼女の手が勝手に動く。 ヒュッ。 見えない斬撃。 鬼の腰巻き(パンツ)だけが綺麗に切り裂かれ、ハラリと落ちた。
「あ」 「キャーーッ! 変態ー!」
綱が悲鳴を上げて逆ギレの追撃。 羞恥心が最強の原動力となり、彼女は目を閉じたまま周囲の鬼を次々と「露出狂」に変えていく。ある意味、一番凶悪な攻撃だ。
一方、新加入の二人はどうだ。
「はーい、ちょっと通りますよー」
卜部季武は、背負った巨大な道具袋から奇妙な装置を取り出した。 「清明様との共同開発、『自動追尾式・式神ドローン一号』です!」 彼女が紙で作った鳥を放つと、それは生き物のように飛び回り、鬼たちの目潰しを行っていく。 「データ収集! サンプル回収! ああ、その角の材質いいですねぇ!」 彼女は戦っているのではない。素材集め(ファーミング)をしているのだ。
そして、碓井貞光。 彼女は戦場の隅で体育座りをしていた。 「……どうせ私なんて、鬼に食われて消化されるだけのタンパク質……。私の来世はミジンコ……」 彼女の周囲だけ重力が重い。 近づこうとした鬼たちが、急に肩を落とし、武器を取り落とす。 「なんか……急に虚しくなってきた」 「俺、何のために戦ってるんだろう……」 広範囲メンタルデバフ。戦わずして敵の戦意を削ぐ、最強のジャミングだ。
「カケル! ぼーっとしてるな! 指示を出せ!」
頼光の叫びで我に返る。 そうだ。個々の能力は高くても、バラバラでは勝てない。 SE(僕)の仕事は、このカオスなリソースを管理し、システムを正常稼働させることだ。
「総員、フォーメーション・ベータだ! 金時は前衛! 綱と季武は遊撃(DPS)! 貞光は結界の内側で呪詛を撒き散らせ!」
「フォーメーション? よくわからんが、暴れればいいのだな!」
僕の声に、彼女たちの動きが変わる。 個性が噛み合い始めた。 ブラック企業で培った「無茶振りへの対応力」が、今ここで生きている。
だが、ラスボスは強大だった。
「ぬるい」
酒呑童子が、盃を傾けながら笑う。 彼は頼光の斬撃を指先一つで弾き、金時の突進をあくび交じりにいなした。 その肌は赤く上気し、全身から湯気が出ている。 毒酒の影響ではない。 アルコールによる興奮状態が最高潮に達しているのだ。
「もっと熱くなれよ人間! 俺の酔いが冷める前に楽しませろ!」
酒呑童子が金棒を床に叩きつける。 ドゴォォォン!! 衝撃波が広がり、僕たちは木の葉のように吹き飛ばされた。
「ぐっ……! 化け物め……!」
頼光が膝をつく。 僕たちの「愛妻毒酒」は失敗だったのか。 いや、違う。 僕は倒れながら、酒呑童子の様子を観察した。 彼の顔は赤い。呼吸が荒い。そして、やけに汗をかいている。
SEの直感が告げる。 システムは暴走している。 CPU(心臓)がオーバークロック(過剰稼働)を起こしている。 毒は効いていないんじゃない。 「効きすぎて」暴走しているんだ。
「……チャンスはある」
僕は割れたスマホを握りしめた。 熱暴走したシステムを落とす方法は一つ。 強制冷却か、さらなる負荷をかけて焼き切るかだ。




