【第十九話】猛毒注意! 頼光のキッチンスタジオ
メンバーは揃った。 次は、対酒呑童子用の決戦兵器、「神便鬼毒酒」の準備だ。 伝説では、この酒を飲ませて鬼の神通力を封じ、身体を麻痺させて首を取ったとされる。 だが、そんな都合の良いアイテムはどこにも売っていない。
「ないなら作ればいい。SEの基本だ」
屋敷の台所に、僕たちは集まっていた。 テーブルの上には、清明の屋敷から借りてきた蒸留器と、大量の酒、そして怪しげな薬草が並んでいる。
「カケル殿。毒酒を作るのですか?」 季武が興味津々でフラスコを突っつく。 「ああ。高濃度のアルコールと、神経に作用する成分を合成する。……だが、普通の毒じゃ鬼には効かない」
鬼の免疫力は異常だ。 彼らをダウンさせるには、生物としての許容量を超える「概念的な毒」が必要だ。 僕の視線は、一点に注がれた。
「ん? なんだカケル。私に手伝えというのか?」
源頼光が、腕まくりをしてやる気満々で立っている。 彼女の手には、いつかの「マムシおにぎり」を生み出した凶悪な包丁が握られている。
「そうです、頼光さん。……あなたの料理スキルが必要です」
「やめろ兄ちゃん! 世界が終わるぞ!」 金時が悲鳴を上げる。 「そうですわ! あの味はトラウマです! 舌が壊れます!」 綱も顔面蒼白だ。
「静かに! これは実験だ!」
僕は頼光に指示を出した。
「頼光さん。この酒に、あなたが思う『最高に元が出る食材』を入れて、煮込んでください。美味しくしようと努力してください。愛情を込めてください」
「うむ! 任せろ! 愛情ならたっぷりあるぞ!」
頼光は嬉々として、鍋に酒をドボドボと注ぎ、そこに得体の知れないキノコ、色の悪い肉、そして「隠し味だ」と言って謎の粉末(恐らく火薬か何か)を投入した。 グツグツと鍋が煮える。 紫色の泡が立ち上り、台所の天井に触れた部分がジュッと音を立てて溶けた。
「ひぃッ! 瘴気だ! 結界を張ってください!」 貞光が隅っこで震えている。
「いいぞ……その調子だ……!」
僕は防毒マスク(手ぬぐいを何重にも巻いたもの)をして、鍋の中身を観察した。 成分分析をするまでもない。 これは物質的な毒を超えている。 頼光の「尽くしたい」という純粋すぎる善意が、化学反応を起こして「因果律を歪める猛毒」へと昇華されているのだ。
「仕上げだ! 清明さんから貰った『高濃度エタノール』を投入!」
ボワッ! 鍋からドクロの形をした煙が上がった。 完成だ。 見た目は最高級の濁り酒。香りはフルーティ。 だが、その実態は、一口飲めば象でも即死し、鬼ですら三日は起き上がれないであろう「特級呪物・頼光の愛妻酒(仮)」だ。
「カケル、味見はしなくてよいのか?」 頼光がお玉を差し出してくる。
「絶対にしません。死ぬので」
「むぅ。照れ屋め」
照れ屋とかそういう問題じゃない。 僕は慎重に、その液体を瓢箪に移し替えた。 一滴こぼれた雫が、床板を貫通して地面に穴を開けたのを見て、全員がゴクリと唾を飲んだ。
「すげぇ……。これなら酒呑童子もイチコロだぜ……」 金時が顔を引きつらせて呟く。
「よし。戦力は揃った。武器もできた」
僕はスマホのカレンダーを見た。 決戦の日付は、明日。
「みんな、今日はよく休んでくれ。明日は、日本の歴史に残る大喧嘩だ」
「おう! 暴れるぞ!」 「私の不幸体質が、敵にも伝染しますように……」 「新しい武器の実戦データ、取らせてもらいますよ!」 「ふふ、私の愛の力、とくと見せてくれる!」 「ああ、素敵な殿方との出会いがありますように……」
バラバラな動機。まとまりのないチーム。 だけど、最高に頼もしい仲間たち。 僕は瓢箪をしっかりと抱え、北の空を見上げた。 待ってろよ、酒呑童子。 社畜の意地と、美少女たちのカオスな力を、お見舞いしてやる。




