【第十八話】ネガティブ占い師と、ガジェットおたく
羅生門の近く。 陽の光が届かないジメジメした路地の奥に、お札だらけの不気味な小屋があった。 入り口には『入るな危険』『私の未来は真っ暗』『来世にご期待ください』といった、呪詛のような張り紙がペタペタと貼られている。
「……ここか」
僕が唾を飲み込むと、綱が怯えて僕の袖を掴んだ。 「カケル殿、邪気を感じます。これは鬼ではなく、こじらせた女子特有の怨念ですわ」 「お前が言うな」
僕は意を決して、ボロボロの引き戸を叩いた。
「ごめんください。源頼光の使いの者ですが」
返事はない。 代わりに、扉の隙間からスゥーっと白い煙が漏れ出し、低い声が響いた。
「……帰ってください。どうせ私なんて、生きているだけで二酸化炭素を排出する汚物です。私の占いは『大凶』しか出ないのです。昨日も歩いていたら犬の糞を踏みました。明日もきっと鳥の糞が直撃するでしょう。そんな星の下に生まれた女に、何の用ですか……死にたい」
重い。 空気が鉛のように重い。 これが四天王の一人、碓井貞光か。
「貞光! 頼光だ! 出てこい! 鬼退治に行くぞ!」 頼光が怒鳴るが、逆効果だ。 「ひぃッ! 太陽のように眩しい頼光様! 私のような日陰者が直視したら網膜が焼けて失明します! 無理です! 私はここでダンゴムシのように朽ち果てるのです!」
説得不可能。 金時が「めんどくせぇ、壊すか」とママチャリを持ち上げるが、それでは彼女の心は開かない。 僕はポケットから、最強の武器を取り出した。
「貞光さん。……あなた、『未来』を見たくないですか?」
「未来……? どうせ絶望しかない未来など……」
「いいえ。1000年後の未来には、あなたの知らない『占い』があります。……これを見てください」
僕は扉の隙間から、スマホの画面を差し込んだ。 表示させたのは、オフライン保存してあった「星座占いアプリ(ラッキーアイテム付き)」の画面だ。カラフルな星空のアニメーションが光る。
「ヒッ! ……光る板? ……綺麗……」
「これは未来の水晶玉です。今日のあなたの運勢は……『射手座のあなたは絶好調! ラッキーアイテムは鬼の首!』だそうです」
「ぜ、絶好調……? 私が……?」
ガタガタと扉が震え、少しだけ開いた。 隙間から、目の下に濃いクマを作った、ボサボサ髪の少女が顔を覗かせた。 陰気だが、素材は美少女だ。ゴスロリっぽい黒装束を着ている。
「その板……もっと見せてくれるなら……考えても、いいです……」
チョロい。 現代のエンタメコンテンツの輝きは、平安の引きこもりには劇薬だった。
確保完了。次だ。 僕たちは貞光を連行し(彼女はブツブツと「でもまた不幸になるかも」と呟いている)、次は屋敷の地下牢へ向かった。 そこには、もう一人の問題児、卜部季武がいるはずだ。
地下牢の前まで来ると、中からカンカンカン! という金属音が響いていた。
「季武! 生きてるか!」 頼光が格子を蹴る。
「うるさいですねぇ! 今、いいところなんですから!」
中から元気な声が返ってきた。 覗き込むと、作業着(袴を短く切ったもの)を着た少女が、火花を散らしながら何かを研いでいる。 彼女の周りには、解体された槍、弓、甲冑が山積みになっていた。
「あー、もう! この時代の鉄は純度が低いんですよ! チタン合金とかないんですか! カーボンナノチューブは!?」
彼女は専門用語を叫びながら、自分の身長ほどある巨大な弓を組み立てている。 武器マニアだ。それも、重度の。
「季武。新しい武器を見せてやるから出てこい」
僕が言うと、彼女は鼻で笑った。 「はっ、どうせまた錆びた太刀でしょ? 興味ないですー」
「そうかな? ……金時、アレを見せてやれ」
「おう!」 金時が、改造ママチャリ(スパイクタイヤ仕様)をドヤ顔で見せつける。 季武の動きが止まった。 彼女は鉄格子にへばりつき、眼鏡(瓶底のような分厚いガラス)を光らせた。
「な、なんですかその美しい駆動系は! 二つの車輪! ギア比の概念! そしてあのフレームの流線美! ……ハァハァ、分解したい! ネジ一本までバラバラにして構造を解析したいですぅぅ!」
「ひっ、こいつ目がヤベェぞ兄ちゃん!」
「出してくれたら、その鉄の馬を触らせてあげます」
「出ます! 一生ついていきます!」
ガチャン! 季武は自作の工具であっという間に鍵を分解し、飛び出してきた。 そして金時のママチャリに頬ずりを始めた。
こうして。 ネガティブ占い師と、変態武器職人。 四天王の残りのピースは埋まった。 まともな奴が一人もいないことを除けば、最強の布陣だ。




