【第十六話】最強の鬼、襲来の予兆
空の色が変わっていく。 雅な紫色の京の空が、血のような赤に染まっていく。
「なんだあの空は……。不吉すぎるぞ」 金時がママチャリを盾にするように構えた。 綱も顔パックを剥ぎ取り(やっと素顔になった)、刀に手をかけて震えている。
「カケル殿、あれは……鬼気ですわ。それも、土蜘蛛ごときとは格が違う」
僕のスマホが、ピコン、と新しい通知を表示した。 電波もないのに、まるで誰かがリアルタイムで送信しているかのように。
『ターゲット特定:酒呑童子』 『危険度:測定不能』
「酒呑童子……!」
平安最強の鬼。大江山の主。 伝説では頼光たちが討伐したはずの存在だ。 だが、僕の知る歴史とは何かが違う。 コンビニの店長が怨霊化したように、この世界の「鬼」たちは、何らかのバグ(歪み)によって強化されている可能性がある。
「面白い」
頼光が獰猛に笑った。 彼女の体から、ビリビリと覇気が立ち上る。酒が完全に抜けた、武人・源頼光の姿だ。
「あのような禍々しい気配……斬り甲斐があるというものだ。カケル、そなたのその『板』で、奴の弱点はわからぬか?」
僕は震える手で検索画面(オフラインWikipedia)を開いた。
「……酒呑童子。大江山に住む鬼の頭領。酒を好み、美少年や美女をさらう。……弱点は『神便鬼毒酒』という毒酒です」
「毒酒か。……ふん、私の手料理よりも効くのか?」
「頼光さんの手料理は即死魔法ですが、これは相手の神通力を封じる酒です。……でも、そんなアイテム、どこにもありませんよ」
「なければ作ればよい。あるいは、奪えばよい」
頼光は僕の肩をバシッと叩いた。
「カケル。そなたは軍師だ。知恵を絞れ。未来の知識と、今の我々の手札で、あの化け物を殺す算段を立てるのだ」
無茶振りだ。 相手はラスボス級の怪物。こっちは、筋肉バカ(金時)、妄想女子(綱)、料理下手(頼光)、そして社畜SE(僕)。 戦力差は絶望的だ。
だが、不思議と絶望感はなかった。 僕の手には、復活したスマホがある。 横には、信頼できる(かなり変だけど)仲間たちがいる。 そして何より、僕自身がもう「ただの社畜」ではなくなっていた。
「……わかりました。やりましょう、プロジェクト『酒呑童子討伐』」
僕はスマホのメモ帳を開き、タスクリストを作成し始めた。
1.敵戦力の分析(偵察)
2.対抗手段の確保(毒酒の代替品開発)
3.四天王の残り(碓井貞光・卜部季武)の捜索と合流
4.決戦
「まずは偵察ですね。金時、ママチャリの出番だ。清明さんにドローン……いや、式神を飛ばしてもらって、上空からの映像をスマホに転送します」
「おう! よくわかんねーけど任せろ!」
「綱さんは、資料集めだ。都の古文書から、過去の酒呑童子の目撃情報をリストアップしてください」
「はい! 悲恋の予感がしますわ!」
「頼光さんは……とりあえず、お酒を我慢してコンディション整えてください」
「む……。善処する」
号令一下。 僕たちは動き出した。 もはやこれは、ただの鬼退治ではない。 ブラックな運命に抗う、僕たちの生存戦略だ。
「行くぞ! 定時退社(生還)のために!」
僕の掛け声に、美少女たちが応える。 夕焼けに染まる平安京を背に、僕たちの最終決戦に向けた準備が始まった。 カレンダーの予定日は、三日後。 それまでに、僕たちは最強のパーティを作り上げなければならない。




