【第十五話】天才陰陽師と、人力発電の悲劇
清明の研究室は、平安の屋敷とは思えない異様な空間になっていた。 床には複雑な魔法陣が描かれているが、その中心に置かれているのは「自転車のダイナモ(発電機)」と「銅線」、そして僕の「真っ二つになったスマホ」だ。
「カケル君。君の世界の『電気』という概念、実に面白い」
清明は、僕が持ち帰ったLEDライトを分解しながら言った。 彼はたった数時間で、電気回路の基礎概念を理解してしまったらしい。天才すぎて怖い。
「雷の力を、このように細い線に通して操るとは。未来の人間は、みな陰陽師なのか?」 「いいえ、ただの物理法則です」
「ふふ。では、その物理とやらを、私の術で補強しましょう」
清明が指先を振るうと、紙の人形(式神)たちがわらわらと動き出し、銅線をハンダ付けのように固定していく。 そして、自転車の後輪が台座に固定された。
「さあ、動力炉の出番ですよ」
清明が視線を向けた先には、大量のチョコを食べてエネルギー充填率120%の金時がいた。
「おう! やればいいんだろ! 腹ごなしだ!」
金時が自転車に跨る。 その太ももには、チョコのカロリーという名の燃料が満ちている。
「いきます! 発電開始!」
「うおおおおおッ!」
金時がペダルを踏み込んだ。 ギュイイイイイーン!! ダイナモが悲鳴を上げ、高速回転を始める。普通の人間なら一分でバテる負荷だが、彼女にとっては準備運動レベルだ。
「出力安定! 電圧、規定値へ上昇!」 僕はケーブルの先に繋がれたスマホを凝視した。 清明の術によって、割れた画面と基盤は無理やり接合されている。あとは、システムが起動するための「きっかけ(電気)」があれば。
バチバチバチッ! ケーブルから火花が散る。
「いいぞ金時! その調子だ!」 「へへっ! 軽い軽い! もっと重くてもいいぞ!」 「調子に乗るな! 電圧上がりすぎると爆発する!」
頼光と綱も、固唾を飲んで見守っている。 「あの板が光れば、カケルの力が戻るのか?」 「頑張ってくださいまし! 私の『壁ドン』の画像検索がかかっていますのよ!」 目的はともかく、全員の心が一つになった。
そして。
ブゥン。
スマホが震えた。 真っ暗だった画面の中央に、白いリンゴのマーク(のようなもの)が浮かび上がる。
「ついた!」
『システム・リブート完了』 『生体認証、承認』
画面がパッと明るくなり、見慣れたホーム画面が表示された。 電波はない。アンテナピクトは圏外だ。 だが、内部ストレージは生きている。
「成功だ……!」
僕は震える指で画面を操作した。 写真フォルダ。音楽アプリ。メモ帳。そして、オフライン保存していた地図データ。
「見てください! これが京の都の地図です!」
僕が画面を見せると、頼光たちがのぞき込んだ。
「なんと……! 詳細な絵図面じゃ。内裏の配置から、路地の細道まで載っておる」 「それに、この光る矢印……これが現在地ですか?」 「すげぇ! 自分の居場所がわかるのか! 千里眼じゃねーか!」
全員が驚愕している。 清明だけは、冷静に画面の隅々を観察していた。
「ふむ。……カケル君。その『カレンダー』という数字の羅列はなんだい?」
清明が指差したのは、スケジュールアプリだ。 僕はふと、違和感を覚えた。 僕は社畜だった。カレンダーは常に仕事の予定で埋まっていたはずだ。 だが、画面に表示されているのは、見覚えのない「赤い文字」だった。
『現在進行中:平安プロジェクト』
「え?」
なんだこれ。こんな予定、入れた覚えがない。 タップして詳細を開こうとした、その時だった。
ブブブブブッ! 突然、スマホが激しく振動し、画面が赤く明滅した。
『警告:高エネルギー反応を感知』 『接近中』
「うわっ! なんだ!?」 金時が驚いてペダルを止めるが、スマホの警告音は鳴り止まない。
「カケル! 屋敷の外だ!」 頼光が鋭く叫び、縁側へ飛び出した。
僕たちも続く。 空を見上げると、京の北西、大江山の方角から、どす黒い雲が渦を巻いて広がっていた。 ただの雨雲ではない。あれは、コンビニの時と同じ「怨念の塊」だ。
「……来ましたね」 清明が扇子を閉じた。彼の表情から笑みが消えている。 「時空の歪みが、ついに限界を超えたようです」




