【第十四話】戦利品開封の儀と、乙女たちの美容革命
あの呪われた「ブラック企業コンビニ」から命からがら逃げ出した僕たちは、清明の屋敷へと戻ってきた。 金時の背負子とママチャリの荷台には、パンパンに詰まったレジ袋。 それは、命がけで持ち帰った「現代の秘宝」たちだ。
「ふぅ。酷い目にあった」
僕は縁側に座り込み、泥だらけの顔を拭った。 店長ゴーレムの悲痛な叫び「残業代ホシイ」が、まだ耳に残っている。同じ社畜として、彼には成仏してほしいと心から願う。
「カケル、水だ。喉が焼けるように乾いている」
隣で伸びているのは、二日酔いの源頼光だ。 最強の武人としての威厳はどこへやら、今はただの「飲みすぎて後悔しているお姉さん」である。 僕は戦利品の中から「スポーツドリンク(2リットル)」を取り出した。
「ほら、これ飲んでください。イオンと水分が染み渡りますよ」 「いおん? ……ぬっ! 甘い、が……身体がこれを求めているのが分かるぞ!」
頼光はボトルをラッパ飲みし、ぷはぁ、と息を吐いた。 その口元からこぼれた雫が、白い喉元を伝っていく。無防備な色気がすごい。 彼女は空になったボトルを見て、ほう、と感嘆のため息をついた。
「未来の水は、毒消しの効果もあるのか。頭の痛みが引いていくぞ」 「それはただの脱水症状ですよ」
一方、庭先では別の騒ぎが起きていた。
「うおおお! なんだこの黒い雷は!」
坂田金時が、個包装のチョコレート菓子「ブラックサンダー(仮)」を貪り食っている。 ザクザクとした食感と、強烈な甘さ。平安の菓子にはない油脂と砂糖の暴力だ。
「兄ちゃん! これすげぇぞ! 噛むと雷が落ちる! 力が湧いてきやがる!」 「食いすぎるなよ。虫歯になるぞ」 「虫歯? 鬼の歯は鉄より硬いから平気だ!」
バリボリとチョコを砕く金時の横で、渡辺綱は静かに、しかし熱っぽく「ある物」と対峙していた。 それは、僕がドサクサに紛れてカゴに入れた「フェイスパック(ヒアルロン酸入り)」と「化粧水」だ。
「カケル殿……。この、顔の形をした白い皮は、なんでしょうか?」 綱がフェイスパックを摘み上げる。見た目は完全に「スケキヨ」だ。
「それは顔に貼るんです。肌がプルプルになりますよ」 「顔に……? このような妖怪の面を?」
綱は恐る恐る、濡れたシートを自分の顔に貼り付けた。 ペタリ。ひんやりとした感触。 彼女がおずおずと振り返る。 そこには、白い仮面をつけた能面のような美少女がいた。
「ひっ! 綱、お前顔が溶けているぞ!?」 頼光が飛び上がる。 「違います大将! これは『美』の儀式なのです!」
綱はシートの上から自分の頬を触り、うっとりとした声を上げた。
「……凄いですわ。肌が水を飲んでいるようです。カサカサだった私の頬が、赤子の尻のように……」
「例えが独特だな」
「これなら……これなら、カケル殿に頬擦りされても恥ずかしくありませんわ!」
綱の妄想は止まらない。 彼女はパックをつけたまま(ホラー映像だ)、僕にじりじりと迫ってきた。
「カケル殿。私の肌、触ってみてくださいまし」 「いや、今パック中だからベタベタするだけだよ」 「拒絶!? 酷いですわ!」
騒がしい。けれど、平和だ。 僕は戦利品の中にあった「トイレットペーパー」を抱きしめ、涙ぐんだ。 これで。これでようやく、僕のトイレライフに尊厳が戻る。木のヘラで尻を拭く恐怖の日々とはおさらばだ。
だが、安息は長くは続かない。 僕はポケットに入れていた「黒い手帳」を取り出した。 コンビニの店長が遺した、怨念の日記。 清明に見せるべきだろう。この手帳には、この世界に起きている「時空の歪み」のヒントが書かれているはずだ。
「清明さん、いますか?」 「おや、おかえりなさい」
縁側の奥から、安倍晴明が現れた。 彼は僕たちが持ち帰った大量のゴミ……いや、未来の物資を見て、扇子で口元を隠し、ニヤリと笑った。
「ほう。これはまた、興味深い『サンプル』をたくさん集めてきましたね」
マッドサイエンティストの目が、怪しく光った。




