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【第十二話】24時間営業の城と、期限切れの聖戦

貴船山の山中に突如として現れた、異世界の遺跡。 泥と蔦に覆われ、斜めに傾いて半分ほど地面に埋まっているが、その看板の文字は僕の網膜を強烈に焼いた。


『24時間営業』 『コンビ……』


「こんびに? なんだそれは。新しいとりでか?」


源頼光が刀の柄に手をかけ、警戒心を露わにする。彼女の目には、この四角い建物が未知の敵性要塞に見えているらしい。


「砦……いや、ある意味では砦以上です。僕の世界の『兵糧庫』であり、『宝物庫』ですから」


僕は震える足で、その自動ドア(今は動かないガラスの板)へと歩み寄った。 ガラス越しに見える店内は薄暗いが、棚が並んでいるのが分かる。 あそこには、平安時代には存在しない「文明」が眠っている。 カップ麺。缶詰。ペットボトル。そして何より、紙。柔らかく、白く、水に溶ける奇跡の紙、トイレットペーパー。 僕の尻の尊厳を守るための聖杯が、あそこにあるはずなのだ。


「開けろ! 金時!」 「おう! 任せろ!」


坂田金時が前に出る。 彼女は自動ドアの隙間に小さな指をねじ込むと、ふんぬっ、と気合を入れた。 ミシミシ、バキバキバキッ! モーターとガラスが悲鳴を上げ、ドアが強引に左右へ押し広げられる。 プシュー、という空気の抜ける音と共に、千年前の空気が店内の「未来の空気」と混ざり合った。


「突入!」


僕たちは足を踏み入れた。 店内は斜めに傾いており、棚の商品が散乱している。だが、生きている。 プラスチックパッケージの鮮やかな色彩が、土色の平安世界においてあまりにも異質で、そして美しい。


「な、なんと……! 床が平らですわ! 鏡のように磨かれたタイル!」 渡辺綱が悲鳴のような歓声を上げた。彼女は泥だらけの草履で踏むのを躊躇い、つま先立ちで歩いている。 「見てくださいカケル殿! 壁が透けています! これは水晶ですか!?」 「それはプラスチックとガラスだよ。割らないでね」


「おいモヤシ! 甘い匂いがするぞ! こっちだ!」 金時は鼻をヒクつかせ、菓子売り場へとダッシュした。 「うおおお! 派手な袋がいっぱいだ! これ全部食い物か!?」 彼女はポテトチップスの袋を手に取り、バリッと引き裂いた。 中身は粉々になっていたが、漂う「コンソメパンチ」の香りに、金時の瞳孔が開いた。


「くはぁッ! なんだこの刺激的な香りは! 脳味噌が痺れる!」 そのまま袋に顔を突っ込み、粉ごと吸引する金時。 「うめぇ! しょっぺぇ! 芋なのに芋じゃねぇ!」 平安人の舌に、化学調味料(MSG)の直撃は劇薬に近いだろう。彼女は一瞬でトリコになってしまった。


一方、頼光は飲料コーナーの前で立ち尽くしていた。 「カケル、この透明な筒に入った水……色がついておるぞ。毒か?」 「それはジュースやお茶ですね。……あ、そっちはお酒です」 「酒!?」 頼光の目が鋭くなった。彼女が手に取ったのは、缶チューハイ(ストロング系)。 「鉄の器に酒が……。開け口が見当たらぬが、斬ればよいのか?」 「待って! ここをプシュッとするんです!」


僕がプルタブを開けてやると、シュワッという炭酸の音と共に、レモンの香りが弾けた。 頼光はおっかなびっくり一口飲み――そして目を見開いた。 「……! パチパチする! 酒が口の中で暴れておる! なんだこれは、雷の術か!?」 「炭酸ガスです。飲みすぎると悪酔いしますよ」 「美味い……。京の酒など泥水に思えるほどに、透き通った味だ……」 頼光は缶を宝物のように両手で包み込み、チビチビと舐めている。最強の武人が、缶チューハイ一本で骨抜きだ。


僕は安堵し、自分の目的を果たすべく日用品コーナーへ急いだ。 あった。 棚の奥、埃を被ってはいるが、ビニールに包まれた神々しい姿。 『ダブル 12ロール』 トイレットペーパーだ。 僕は膝から崩れ落ち、そのパッケージを抱きしめた。 「会いたかった……! これで、これでお尻が痛くない……!」 ついでにシャンプー、石鹸、歯ブラシもカゴに放り込む。これで人間らしい生活が取り戻せる。


「きゃあああああっ!」


突然、雑誌コーナーから綱の悲鳴が響いた。 敵襲か。僕と頼光は武器(僕はトング、頼光は缶チューハイと刀)を構えて駆けつけた。 そこには、ファッション誌を広げて顔を真っ赤にしている綱の姿があった。


「ど、どうした綱!」 「カ、カケル殿! 見てはいけません! これは『春画』です!」


綱がバッと雑誌を隠す。 「いや、それはただのファッション誌だろ?」 「嘘をおっしゃい! 見てください、この女子おなごたち、足を出しています! 膝小僧が丸見えです! なんて破廉恥な! しかも皆、化粧が濃すぎて別人のようです!」 「それが未来の『みやび』なんだよ」 「未来、恐ろしい……。ああっ、でもこの『1ヶ月で彼氏ができる着回しコーデ』というのは気になりますわ……」 綱は指の隙間から記事を熟読し始めた。文系女子の適応力は高い。


それぞれが文明の利器に感動し、略奪(買い物)を楽しんでいた、その時だった。


ガタッ。


店の奥、バックヤードの方から物音がした。 全員の動きが止まる。 金時がポテチの袋から顔を上げ、頼光が酔いの回った目を細める。


「……先客か」 頼光が低い声で言った。 「獣か? いや、この邪気……」


「グルルル……」


スタッフルームのドアが蹴破られ、現れたのは一匹の「鬼」だった。 だが、普通の鬼ではない。 痩せこけた体に、ボロボロになったコンビニの制服(店長の名札付き)を無理やり着ている。 その手には、賞味期限切れのコンビニ弁当が握りしめられていた。


「弁当……開カナイ……食ワセロ……」


鬼は血走った目で弁当を睨んでいる。ビニールの包装がうまく剥がせず、苛立っているようだ。 餓鬼がきだ。 食欲に支配された下級の鬼が、この店の匂いに釣られて住み着いていたらしい。


「なんだ、ただの雑魚か」 金時が鼻を鳴らす。 「俺のポテチを邪魔するなら、ミンチにしてやる」


「待て金時!」 僕は慌てて止めた。 「ここで暴れるな! 商品が壊れる!」


「あ?」 「ここにあるのは貴重な未来の物資だ! まさかりなんか振り回したら、棚ごと粉砕されるぞ!」 「む……じゃあどうすんだよ」


「店内での戦闘は禁止だ。……いや、あいつを『お客様』として丁重にお帰り願うんだ」


「はぁ? 客?」


僕はトングを指揮棒のように構えた。 SEスイッチ、オン。 対象:クレーマー(餓鬼)。 ミッション:店舗および在庫の無傷防衛。


「総員、接客配置バトル・ポジションにつけ! 頼光さんはレジカウンターへ! 綱は雑誌コーナーで待機! 金時、お前は品出し(物理)だ!」


「わけがわからんが……要は追い出せばいいのだな?」 頼光がニヤリと笑い、刀を鞘に収めたままカウンターへ飛び乗った。 「いらっしゃいませー! 当店は武器の持ち込み禁止だぞ、下郎!」


「ギシャアアッ!」 餓鬼が頼光に飛びかかる。 頼光はカウンターの上を滑るように移動し、餓鬼の爪を紙一重で回避した。 「遅い! 酒が回った私の足捌きについてこれるか!」 彼女はカウンターにあった「肉まん蒸し器(空っぽ)」を盾にしつつ、餓鬼の顔面に回し蹴りを叩き込んだ。


「グベッ!」 餓鬼が吹き飛び、商品棚へ―― 「させねぇよ!」 そこへ金時が割り込む。 彼女は棚を背にして仁王立ちし、飛んできた餓鬼を素手でキャッチした。 「商品は大事にしろって言われたからな。……優しく扱ってやるよ!」 金時は餓鬼の首根っこを掴むと、柔道の要領で床に叩きつけた。ただし、床のタイルが割れないように、自分の足の甲をクッションにするという超絶技巧ソフトタッチで。 「ぐえぇっ!?」 餓鬼は何が起きたか分からず目を白黒させている。


「仕上げだ、綱!」 「はい! お会計ですわ!」


雑誌コーナーから飛び出した綱が、手に持っていたものを餓鬼の顔面に突きつけた。 それはファッション誌の付録についていた「香水サンプル」だ。 シュッ! 強烈なフローラルの香りが餓鬼の鼻孔を直撃する。 野生の獣に近い彼らにとって、化学合成された香料は催涙ガス以上の劇薬だ。


「ギャアアア! クサッ! ハナガァァァ!」


餓鬼は顔を押さえてのたうち回る。 その隙を見逃さず、僕は自動ドアを手動で全開にした。


「ありがとうございましたー! またのお越しをお待ちしてませーん!」


「オラァッ! 退店だ!」 金時が餓鬼の尻を蹴り飛ばす。 餓鬼はボールのように転がり、店の外へと排出された。 「二度と来るなよクレーマー!」


静寂が戻った店内。 棚の商品は無事。床も(金時が踏ん張った場所以外は)無事。 完全勝利だ。


「ふぅ……。なんとかなりましたね」 僕が安堵のため息をつくと、三人の美少女たちは顔を見合わせ、そして笑い合った。


「カケル、そなたの指揮は見事だったぞ。奇妙な戦い方だったがな」 頼光が缶チューハイの残りを飲み干して笑う。 「おう! 楽しかったぜ! まだ食いもん残ってるよな?」 金時が次の獲物(カップ麺)を物色し始める。 「カケル殿……この『美白美容液』というのも試してよろしいですか?」 綱はすでにコスメコーナーの虜だ。


僕はトイレットペーパーの袋に頬ずりしながら、このカオスで幸せな光景を眺めていた。 ここにある物資があれば、しばらくは生き延びられる。 そして何より、この頼もしい仲間たちがいれば、どんなトラブルも「ネタ」として乗り越えられる気がした。


だが、僕たちは油断していた。 このコンビニに流れ着いていたのは、食料や日用品だけではないことに。 店の奥、スタッフルームの机の上に、一冊の「黒い手帳」が残されていたことを、僕はこの時まだ気づいていなかったのだ。

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