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【第十話】未来のゴミと、時をかける漂流者

怨霊を物理演算(メレンゲの原理)で撃破し、平安京にひと時の静寂が戻った、数日後のこと。


「……おい、モヤシ」


屋敷の縁側で、僕はけだるげな声に呼び止められた。 振り返ると、坂田金時が頬杖をついてこちらを見ている。 今日の彼女は、いつもの赤い腹掛け姿ではなく、少し大きめの小袖をラフに着崩していた。おかっぱ頭が揺れ、退屈そうに欠伸を噛み殺している。


「なんだよ金時。腹が減ったのか?」 「違うね。……暇なんだよ」


彼女はゴロンと仰向けになり、手近にあった石灯籠を片手で持ち上げてはお手玉のように弄んだ。重量数百キロはある石が、ゴム鞠のように宙を舞う。


「鬼も出ねえ、大将(頼光)は公務で忙しい、綱は部屋で恋愛小説ポエム書いて引きこもってる。……体が鈍っちまうよ」


「平和なのは良いことだろ」


「良くねえよ。俺の筋肉が泣いてんだ。……なあ、面白いことねえのか? お前の世界の話とかさ」


金時が興味深そうに身を乗り出してくる。 見た目は愛らしい少女だが、その瞳には猛獣のような好奇心が宿っている。 僕は苦笑しながら、ポケットからあの「週刊少年誌の切れ端」を取り出した。先日、怨霊がドロップした未来のゴミだ。


「面白いこと、か。……なら、宝探しなんてどうだ?」


「宝探し?」


金時の目がキラリと光った。


「清明さんが言ってたんだ。このマンガ雑誌みたいに、未来の物が流れ着く場所があるらしいって」 「へえ! どこだそれ!」 「北の山奥、貴船きぶねの方だってさ。もしかしたら、壊れた僕のスマホを直す部品とか、もっと面白い未来のオモチャが落ちてるかもしれない」


「オモチャ! 武器か!? 強いのか!?」


「武器かどうかは分からないけど……まあ、行ってみる価値はあると思うよ」


僕がそう言うと、金時は弾かれたように飛び起きた。 石灯籠を軽々と放り投げ(元の位置にピタリと嵌まった)、ニカっと笑う。


「決まりだ! 行くぞ兄ちゃん! 今すぐ出発だ!」 「ちょ、待てって! 準備とか……」 「うるせえ! 早い者勝ちだ!」


金時は僕の襟首を掴むと、米俵のように軽々と担ぎ上げた。


「うわあああ! 運び方が雑!」 「ガタガタ抜かすな! 俺が足になってやるから感謝しろ!」


ドガァァァッ!


金時が地面を蹴る。 その一歩だけで、景色が後方へすっ飛んだ。 風圧で顔が歪む。ジェットコースターなんて目じゃない。平安最速の人間タクシー(振動激しめ)の発車だ。


「おい待て! 抜け駆けは許さんぞ!」


背後から凛とした声が響く。 振り返る余裕などないが、声の主は分かる。 源頼光だ。 彼女もまた、退屈を持て余していたのだろう。雷のような足音と共に、凄まじい速度で追いかけてくる気配がする。


「ふふっ、カケル殿との旅……これぞ『駆け落ち』のシチュエーションですわ!」


さらにその後ろから、妄想を炸裂させた渡辺綱の気配も感じる。


こうして、僕たちはなし崩し的に、北の山へ向かうことになった。 目的は「未来のゴミ拾い」。 だが、この時の僕はまだ知らなかった。 その山で出会うものが、単なるゴミではなく、僕たちの運命を大きく変える「とんでもない漂流物」だということを。


山道に入ると、金時はさらに加速した。 木々の間を縫うように跳躍し、崖を駆け上がる。


「ひゃっはー! 最高だぜぇ! なあ兄ちゃん、未来にはもっと速い乗り物があるのか?」


「あ、あるよ……。新幹線とか、飛行機とか……」 僕は振り落とされないように必死にしがみつきながら答える。


「ひこうき? 空を飛ぶのか?」 「ああ。鉄の塊が、鳥みたいに飛ぶんだ」 「すげぇ! いつか俺も乗せてくれよな!」


無邪気に笑う金時の横顔を見て、僕は少し胸が痛んだ。 いつか、僕は元の世界に帰る。 そうしたら、この騒がしくて愛しい連中ともお別れだ。


(……帰れるのかな。本当に)


そんな感傷に浸っていた、その時だった。


「兄ちゃん、あれ見ろ!」


金時が急ブレーキをかけた。 慣性で僕の体が前につんのめる。 視線の先、藪の中に、異質な色彩が埋もれていた。


泥と苔にまみれているが、それは明らかに平安時代の人工物ではない。 錆びついた金属のフレーム。ゴムのタイヤ。


「……自転車?」


それは、僕の世界の「ママチャリ」だった。 チェーンは外れ、サドルは破れ、見る影もないが、間違いなく自転車だ。


「なんだこれ? 鉄の車輪?」


金時が恐る恐る手を伸ばし、ハンドルを握る。 チリン、とベルが鳴った。


「うおっ!? 鳴いたぞこいつ!」


「いや、生き物じゃないから」


僕は金時の背中から降りると、自転車の状態を確認した。 ……直せるかもしれない。 SEの性分が疼く。壊れたシステムを見ると、デバッグせずにはいられないのと同じだ。


「金時、ちょっと待っててくれ。これを動けるようにしてやる」


「動くのか!? これに乗れるのか!?」


「ああ。お前の足には敵わないけど、面白い乗り心地だと思うよ」


僕は袖をまくり、錆びついたチェーンに手を伸ばした。 その背中を、金時がワクワクした目で見つめている。


平安の山奥で、ママチャリを修理する社畜SEと、それを見守る怪力美少女。 シュールすぎる光景だが、なぜか僕は、ここに来て一番のワクワクを感じていた。 これが、僕たちの新たな冒険の始まりだった。

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