死蜘蛛
あれから、私たちはいろんな魔物と戦ってきた。
そのぶん、私の中にも新しい特性がどんどん増えていった。
でも――
「全然蜘蛛いないねー」
ソアラが退屈そうに言う。
いや、いないに越したことはないんだけど。
他の三人も、どこか拍子抜けした顔をしていた。
「お姉ちゃん、油断は禁物ですよ。感知のレベルが上がったので、少し遠くまで探知できるようになりました。……もう少し先に死蜘蛛が数匹います。おそらく、こちらに気づいています」
「了解……」
私は気を引き締めなおす。――とはいえ、戦うのはほぼ三人だけど。
キシャァッ!
甲高い鳴き声が響いた。天井を走る黒い影が五体、こちらに迫ってくる。
「来るよ!」
死蜘蛛たちは一斉に糸を放つ。
私たちは身を低くして避け、反撃に移ろうとしたが――蜘蛛たちはすぐに壁を走って位置を変え、再び糸を撃ってきた。
ヒット・アンド・アウェイ。いやらしい戦法だ。
「お姉ちゃん、ここは私に任せてください」
ナナが前に出る。画面から伸びる光糸が、無数の刃を描く。
「あれは……鉄斬糸!?」
鋭い糸が蜘蛛の放つ糸を切り裂き、空中で光の残滓を散らす。
ナナの糸が一瞬で広がり、逃げ惑う蜘蛛たちを切り刻んだ。
「すご……」
思わず息を呑む。
「マジかよ、俺らいらねぇんじゃ……?」
デイルが呆然と呟く。
確かに――今のナナの力なら、どんな数の蜘蛛でも勝てそうだった。
「お姉ちゃん、やりました! 吸収しに行ってきますね!」
ナナが軽やかに宙を舞う。自分で吸収してくれるおかげで、あのグロい作業を見ずに済む。ありがたい。
「やっぱりアイリ姉ちゃんとナナはすごいなー! 私ももっと頑張るよ!」
相変わらずポジティブなソアラに、思わず笑ってしまう。
◇
それからもしばらく、私たちは蜘蛛たちを倒しながら奥へ進んだ。
戦うたびに強くなっていく実感がある。レベルも上がり、死蜘蛛相手でも苦戦は減ってきた。
そう思っていた、その時――
「これって?」
壁に埋まる青い鉱石が目に留まった。
「これは魔鉱石ですね。かなり最深部に近づいています」
カーニスが淡々と説明する。
「ナナ、これ吸収して保存できる?」
「もちろんです。早速吸収しますね」
魔鉱石の光が吸い取られ、ナナの体内に消えていく。
「このあたりは人も入らないので、まだたくさん眠っているはずですよ」
「しっかし、これで俺の新しい武器が作れるってわけか。楽しみだな!」
デイルが嬉しそうに拳を握る。
「僕も魔杖がほしいですね」
二人の声に、少し和んだ空気が流れた――その瞬間。
「よっしゃ、どんどん取るぞって……おい、あれなんだ?」
先を歩いていたデイルが立ち止まる。
私たちはその後に続いた。
「なにこれ……全部、魔鉱石?」
広い空間の中央に、山のように積まれた魔鉱石。
まるで誰かが“わざと置いた”みたいな不自然さだった。
「お姉ちゃん! 後ろから死蜘蛛が数十匹、向かってきます!」
「……罠、か」
背筋が冷たくなる。
「まあでも、ナナがいれば――」
「ごめんなさい……あの技、魔力の消費が激しくて。今はもう使えません……」
……マジか。
「じゃあソアラたち、またお願い!」
「任せて!」
「今の俺たちなら負けねぇ!」
「僕もサポートします!」
各々が構えを取り、空気が一気に張り詰めた。
「お姉ちゃん、別方向からさらに死蜘蛛が……全部で約三百体です」
「はぁ!? 三百!?」
どう考えても無理ゲーだ。
けど、やるしかない。
「ナナ、通路塞げる?」
「はい!」
私は複数の通路の入り口に鉄斬糸を張り巡らせた。
カサカサと這う音が洞窟中を満たし、金属音のような糸の擦れる音が響く。
「いくわよ……!」
塞がれた通路に向かって雷を叩き込む。
ドゴォォン――! 轟音とともに閃光が洞窟を照らした。
続けて別の通路にも雷撃を放ち、焼き払う。
「アイリ姉ちゃん、大丈夫!?」
ソアラたちが駆け寄る。
「なんとかね……でも、もう魔力が限界」
息が荒い。手足の感覚も鈍くなっている。
「魔鉱石も取れたし、一旦帰ろう」
「でも、もう少しで最深部じゃねぇか?」
「デイル……アイリ様の判断は正しいです。これ以上は危険です」
「……ちっ、わかったよ」
「ソアラもそれで――」
「アイリ姉ちゃん……あれ」
ソアラが上を指差す。
見上げた瞬間、全員の表情が凍りついた。
「嘘でしょ!?」
「急いで逃げましょう!」
走り出そうとしたが、帰り道からも強烈な魔力を感じ取る。
そして――視界が真っ暗になった。
◇
「……おね……ちゃ……」
う……頭が痛い……。
「お姉ちゃん! しっかりしてください!」
「ナ、ナナ? なにが……?」
思考が靄の中で回る。
「上から降りてきた死蜘蛛の女王に、全員吹き飛ばされたのです!」
あ――そうだ。逃げようとして……。
「ナナ! ソアラたちは!?」
「皆さん、あそこで戦っています!」
私はよろめきながら立ち上がり、走り出した。
三人とも、ボロボロだった。
私のせいだ……私がもっと早く――
胸の奥が締め付けられる。後悔と恐怖が交錯する。
その時、私の身体が淡い光に包まれた。
「……え? なにこれ?」
「おそらく、その魔法衣の力です」
体力が、魔力までもが回復していく。
ありがたいけど――今はそんなことより!
「ナナ、全開で行くわよ!」
バチバチと雷が体を包み、髪が逆立つ。
「せいやぁっ!」
私は一気に加速し、女王の足元へ飛び込む。
――硬い!
全力の一撃が、あの太い足に弾かれた。
「くっ……これじゃ埒があかない!」
「アイリ姉ちゃん! 大丈夫!?」
「そっちこそ!」
「お姉ちゃん、次が来ます!」
女王の足が唸りを上げて振り下ろされる。地面が裂け、粉塵が舞う。
「一撃でも食らえば即死ね……」
ソアラが剣を構えながら叫ぶ。
「アイリ姉ちゃん! お願いがあるの!」
「え?」
「少しだけ――一分でいい! 時間を稼いで!」
「はぁ!? 一分!?」
「それで……勝てると思うの!」
一瞬、迷った。けど――信じるしかない。
「わかった! ナナはデイルたちを援護して!」
「はい! お姉ちゃん、死なないでね!」
そう言ってナナは駆けていった。
「よし……来い、化け蜘蛛!」
女王が怒り狂ったように咆哮する。
耳が裂けそうな音。鼓膜を守ろうとした瞬間、壁に叩きつけられた。
「くっ……!」
息が詰まる。でも止まれない。
二十秒。
「次はこっちの番よ! 感電しなさい!」
私は糸をあらかじめ張っておいた壁へ電流を走らせる。
女王の体に稲妻が走り、巨大な体が痙攣した。
「コイツもおまけよ!」
雷撃を連続で叩き込み、洞窟全体が白く染まる。
五十秒。
「あと少し……!」
魔力が尽きかけている。
私はソアラの前に立ちはだかり、両手を広げた。
「ソアラ……信じてるから」
次の瞬間、女王の足が私を貫いた。
「うっ……!」
痛みが全身を走る。でも、死ねない。
「保険……かけておいて……よかった」
鉄斬糸で胸部を固めていた。そして私は蜘蛛の足を掴み離さないようしっかり掴む。
「捕まえた……わよ……!」
「アイリ姉ちゃん……ありがとう!」
「さあ、やっちゃって――ソアラ」
光が走る。ソアラの剣が輝き、輪郭が大剣の形を取る。
「――閃光破断ッ!!」
光の剣が女王を貫き、斬り裂いた。
ドシャァンッ! 崩れ落ちる巨体。
「……ギギ……妾が……魔王の……転生……はず……」
「は? 喋れたの!?」
意味はよく分からない。でも聞かなかったことにした。
「……あれ、力が……」
視界が揺れる。足が動かない。
「アイリ姉ちゃん!」
ソアラの声が遠くなる。
右肩の傷口から血が止まらない――ああ、これやばいかも。
意識が闇に沈む。
◇
望月 藍璃 Lv22
体力349 魔力421 筋力395 俊敏388 頑強364 知力342 器用290 技巧273 精神268 跳躍320 魅力304 運気189
特性
念環/浮遊/発光/粘着糸/鉄斬糸/操縦糸/暗視/帯電/感知/念話/加工/解析/吸収/収納/検索/複製
魔法
雷電魔法
スキル
全世の育成者




