エクレスト
無事に転移を終えた私たちは、眩しいほどに美しい建物の中へと降り立っていた。
壁はすべて白い大理石のような材質でできており、空気そのものが神聖な気配を帯びている。
周囲には、私たち以外にも何人かの人が行き来していた。
「ここはエクレストにある転移の祠のひとつだよ。転移の祠はギルド加盟国が設置を義務付けている冒険者のための魔導具の一つで、僕もよく使っている場所なんだ」
私たちが状況を掴めずにいるのを察し、ロイドが丁寧に説明してくれる。
「なるほど、人が多いと思ったわ。駅のホームみたいなものね」
目立つかと思ったが特に気に留める様子もない様子。
「おらよ……あんまり無茶すんなよ」
レインが抱えていたソアラをそっと下ろす。
彼女の耳がしゅんと垂れ、落ち込んでいるのが分かった。反省しているなら、私が責める必要はないわね。
「これからどうするんすか?」
リューネが尋ねてくる。
ここまで来た以上、月光山へ向かう以外の選択肢はない。
「ねぇ、ここから月光山へはどう行くの?」
ロイドに訊ねると、彼は少し考え込んだ。
「本来なら、まず冒険者ギルドで冒険者登録をしないといけないんだけど……」
「冒険者って……そんなことしてる暇はないわよ!」
セレナが思わず声を上げる。
母親がいつ危険な状況になるか分からないのに、手続きを悠長にしている場合じゃない。
「大丈夫。僕がもう冒険者登録してるから、みんなは登録しなくても問題ないよ……まあ本当は良くないんだけどね」
「なるほど、話が早いわ」
「ここからだと……馬車で二日くらいかな」
「もっと早く着く方法はないの? そんなのじゃ、お母さんが……」
セレナが俯くと、
「ふふん!」
リューネが誇らしげに腕を組んだ。
「急にどうしたのよ?」
「ようやくアタシの出番っすね。アタシなら全員背中に乗せて走れば、馬なんかよりずっと速く着くっすよ」
それは確かにそうだけど……セレナを乗せて全力疾走は色々と不安がある。
「本当!? あなたって実はすごいのね!」
「あはは、実はじゃなくて、もともとすごいっすよ」
本人がやる気なら、ここは任せてしまおう。どうなっても知らないけどね。
◇
「キャーーー!! 死ぬっ! 死んじゃうーー!!」
……やっぱりこうなるわよね。
セレナはリューネの全速力に振り落とされまいと必死でしがみつき、叫び続けていた。粘着糸で固定してるから落ちることはないんだけど。
とはいえ、このペースなら、あと数時間で到着できそうだ。
「アイリ姉ちゃん……さっきはごめんなさい。私が勝手なことしたから……」
「気にしないでいいわよ。どうせあの大会じゃ薬は手に入らなかったし、むしろ早くこっちに来られてよかったわ」
ただ、懸念があるとすればジェフの存在。
あの執念深さは必ずまた襲ってくる。しかも、彼は用意周到なタイプだ。注意しないと。
「でも……」
「大丈夫。誰もソアラのことを責めたりしないわ。もし誰かが責めるようなら、私が守るから」
「じゃあ……怒ってないってことでいいのね?」
ソアラではなく、服の中からミレイがひょこんと顔を出し、おずおずとこちらを覗いてきた。
「怒ってないわよ……」
というか、すっかり存在を忘れてた。ずっと服の中にいれば気づかないわよね。
「そ、それなら言うけど……あの時、ソアラに命令したのは私なのよ。ほら、前回負けてるから、今度こそはって思って……」
なるほど。つまりソアラは悪くなかったわけだ。
「おい、てめぇのせいかよ!」
突然レインが割り込んできて怒鳴る。
「な、何よ! やる気?」
ミレイが軽くジャブをして威嚇する。
「せっかくもう少しで会えそうだったのに……お前が余計なことしなきゃ……!」
レインはミレイを引っ張り出そうと手を伸ばす。
「やめてあげて! ミレイは悪くないから!」
ソアラが膝を抱えてミレイを守る。
「過ぎたこと言っても仕方ないでしょ! レインは年上なんだから、年下の子にはもっと優しくしなさい!」
私はレインをとがめる。
ソアラはまだ中学生くらいなのだから、そんな鋭い目で睨まれたら怖いに決まってる。
「っ……でも、せっかくのチャンスが……次はいつ会えるかも分からないんだぞ」
「そもそも、誰を探してるの? 友達?」
「違ぇよ……俺の兄貴、ヴォルグ兄さんだ」
「えっ!?」
ヴォルグ……。
あの時セレナの情報を教えてくれた、片目を隠した紫髪の男。確かにレインのことも知っていたわ。
「ママ、ヴォルグさんってあの時の人かな?」
「多分、そうだと思うわ」
「まじかよ! お前ら知ってんのか!?」
レインは肩を落とす。
「うん。見た目は片目を隠していてちょっと怖そうだったけど、セレナのことを教えてくれたし、優しかったわね」
「間違いねぇ。そいつがヴォルグ兄さんだ」
「すみません。以前レインさんは『家族は皆、災禍で消えた』と……」
ナナが話に入る。
「血が繋がってるわけじゃねぇんだ。災禍に襲われた後、訳あって一緒に暮らすようになって……それで俺は兄貴と呼ぶようになっただけだ」
レインにも複雑な過去があるのね。
だからこそ、彼にとってヴォルグは家族そのものだったのだろう。
「でも、どうして急に探すことになったの?」
「知らねぇよ。突然、里を出るって言って、そのまま出て行っちまったんだ。怒ってるとか、そういう感じでもなかったぜ」
謎は深まるばかりね。
出会った時の雰囲気も、確かにどこか“ワケあり”だった。
「大丈夫。きっとまた会えるわ。落ち着いたら探すのを手伝うから、今は責めるのはやめてあげて」
「……悪い。つい頭に血が上って。ヴォルグのことは後でいい。今は災禍を倒すのが先だ!」
レインはすぐに切り替えその場に座る。
最初の頃と比べ変わったわね。怒った甲斐は少しはあったのかもしれない。
◇
──そのころ、ガレートでは。
「くそっ……さすがにここまで来れば追ってこないだろ」
どうして俺がガレートに追われなければならない!?
絶対に許さない。
功績を上げて、必ずガレートに戻ってやる……!
「やはりお前には、ここは似合わないな。昔みたいに仲良しこよしの冒険者でもやっている方が、よほどお似合いだ」
バカな!?
周囲の気配は常に探っていたはずだ。
振り向くと、ガレートの黒鉄の甲冑をまとった男が立っていた。
「ギルト……団長……」
やはりこの男は厄介だ。
勝てる相手ではないのは明らか。
「なぁジェフ。今回の件はむしろ良いきっかけだ。ガレートのことは忘れて、一からやり直せ。お前にこの国は相応しくねぇ」
「ふざけるなよ! 俺がどれだけこの国のため、ドゥーム様のために尽くしてきたと思ってる! それを相応しくないだと!?」
「部下はなぁ、お前のことを『冷酷』だの『冷徹』だの言ってるんだぜ。笑っちまうよな……昔のお前を知ってる俺からすりゃ、そんな言葉は似合わねぇ。──なぁ、まだ怖いのか?」
くそっ……だからこの男は嫌いなんだ。昔の俺を知ってるから。
「俺が信じられるのはドゥーム様だけだ! 他に誰を信用しろってんだよ!」
勢い任せに剣を振るう。
しかし、あっさりと叩き折られた。
「そんな腕じゃ、一生勝てねぇよ」
「くそ! 全部……全部あの女のせいだ! アイリなんて女さえいなければ……!」
乾いた音が路地裏に響いた。
ギルトの平手が、俺の頬を叩いた音だ。
「違ぇだろ。アイリって女は悪くねぇ。本当に悪いのは──お前を裏切った“あいつ”だ。……それと仲間を信じきれなかったお前だ」
「やめろ! その話をするな!」
俺は、俺は悪くない!あいつが全部……。
ギルトは大きく溜息をつき、ポケットを探り始めた。
「少し頭を冷やして、己の人生を振り返ってこい」
そう言って、淡く光る魔法石を投げつけてきた。
その光に、俺の身体は包まれていく。
「これは……?」
「俺が仕事先で立ち寄った東の大陸──バグルアって国への転移石だ。じゃあな、ゆっくりしてこい」
光に飲み込まれ、視界が真っ白になった。
気づいた時には、見知らぬ風景が広がっていた。
ほんの少しだけ。見知らぬ土地への好奇心、
ほんの僅かだが、昔の自分を思い出した気がした──。




