不思議な少女
「ったく、あのデブには手を焼かされるぜ」
俺はとある奴に会うためガレートに来ていた。そこで面倒な仕事を頼まれ、ようやく片がついたところだ。
「今日は一杯やるか……」
そう決めて、軽い身のこなしで屋根を渡り、店へ向かう。
「……?」
いやなものを目にしてしまった。足を止め、下を見下ろす。三人の男が、一人の幼い女の子を襲う瞬間だった。
見ちまった以上、無視はできねぇ。俺は女の子を庇うように降り立ち、三人を睨む。
「こんな小さい子ども相手に三人がかりとは、見っともねぇな」
「なんだよ、てめぇ」
「邪魔するなら、ただじゃおかねぇぞ」
男たちはそれぞれ武器を構える。
「影縫いの術……」
俺が小さくつぶやくと――。
「お、おい。なんだこれは!?」
「う、動けねぇぞ!」
三人組はその場から動けなくなり、驚き戸惑う。
「さて、せっかくだから金目のもんでも徴収するか」
懐を漁ろうと近づいた、その時。
「ちょっと待ちなさいよ!」
声のほうへゆっくり振り返る。長い黒髪をサイドでまとめた小さな女の子が、じっとこちらを睨んでいた。
「なんだ。お礼なら別にいらねぇぞ」
「アンタ、何ヒーロー気取りしてるのよ。勝手に助けておいて、ずいぶん勝手な人ね」
なんだこのガキ。俺がいなきゃ、ぜってぇやられてたくせに……いや、たかがガキの言うことだ。いちいち気にする必要もねぇな。
「そうか。もう用がねぇなら、とっとと帰んな」
シッシッと手で追い払う仕草をする。
「ちょっと、子ども扱いしないでくれる! 第一、私が帰ったらアンタどうするつもりよ。その人たちから物を盗もうとしてない?」
「お前には関係ねぇだろ。いいから、とっとと帰んな」
「帰らないわ! その人たちだって、ちょっと魔が差しただけなんだから許してあげてよ。そもそも私は、まだ何もされてないのよ?」
とんだお人好しだな。俺はため息をつき、術を解除する。男たちは急に体の自由が戻り、バランスを崩して膝をついた。
「ほらよ。二度と俺の前に現れるな」
「ひぃ、逃げろ!」
「くそっ、覚えてやがれ!」
男たちは走って逃げていった。
「これで満足か?」
少女の顔が少し驚きにほころぶ。
「あ、ありがとう! アンタって見かけによらずいい人なのね。見直したわ!」
上から目線かよ。こいつホントにガキか? 言動と見た目が合ってなさすぎる。
「一つ訂正するが、俺はいい人なんかじゃねぇ。そこだけは勘違いすんな」
そうだ。俺は善良な人間とは正反対だ。なんてったって俺は――。
「そんなことないわ! 襲われそうな私を助けてくれたり、相手を傷つけずに逃がしたり。少なくとも私の中では、アンタは“いい人”。だから、ありがとね」
いい人ね……これだから子供は。
「まあいいや。――それより、こんなところで一人で何してんだ。この辺は危ねぇから、近づかないほうがいいぜ」
「そうね。この辺じゃ探し物は見つからなそうだし、他を当たろうかしら」
「それじゃ、俺は行くぜ」
軽く手を振って歩き出す。少女の横を通り過ぎたところで、服を引っ張られた。
「ちょっと待ちなさいよ……こんなところにレディを一人置いてくつもり?」
頬をぷくっと膨らませて睨んでくる。
「ちょっと真っ直ぐ歩けば、すぐ大通りだぞ。それくらい自分で行けよ」
「アンタ最低ね。大通りに出るまでに、また襲われるかもしれないじゃない」
んなことあるかよ……なんなんだこいつは。
「分かったよ。送りゃいいんだろ」
「送ってくれるの? ――じゃあ、ついでに月光山まで送ってよ」
月光山? 確かエクレストにそんな山があった気がするが……。
「いや、なんでだよ!」
思わずツッコミが出る。
「あはは、あなた、やっぱり面白いわね! 気に入ったわ」
そう言って手をぎゅっと握り、笑顔で名乗る。
「私はセレナよ! あなたの名前は?」
純粋な瞳に見つめられ、思わず顔を背ける。
「ヴォルグ……」
「へぇ〜、ヴォルグねぇ。いい名前ね! ――ところで、あなたって見るからに強そうだけど、何者なの?」
さて、どうするか。正直に話すわけにはいかねぇ。
「そうだな……通りすがりの旅人だ」
「ふーん、まあいいわ。それよりさっきも言ったけど、月光山まで案内してくれないかしら」
「理由は?」
「あら、聞いてくれるのね。――私のお母さんが病気にかかったの。それを治すのに“月の雫”っていう薬がいるの」
そういうことか……とはいえ、月光山まで行くのは面倒だ。闇市をのぞけば手に入りそうだが。
「悪いが断る。他の人に頼みな」
「なんでよ。それくらいいいじゃない?」
「そういうのは冒険者ギルドにでも行って、正規の手続きをするんだな。――まあ、受ける奴がいるかは知らねぇが」
離れようとしたその時。
「それじゃ間に合わないかもしれないじゃん。いつ死ぬかも分からないのに、そんな悠長に待ってられないのよ」
「お前の母親の病気は“魔染病”っていってな。急激に強い魔力を浴びた時、稀に発症する病だ。時間経過で衰弱していく……でも、死に至るケースは少ねぇ。――じゃあな」
早口で病の説明でセレナを安心させ、これ以上関わらないようにする。が、その瞬間、背中にふわりと重み。
「おい、なんのつもりだ!?」
「あはは、ありがと。ずっと“いつ死んじゃうのかな”って考えて、不安だったの。もしお母さんが死んだら、私は一生自分を恨み続けてたと思う。だから教えてくれてありがとう! このハグはお礼よ!」
背中からぴょん、と飛び降りる。
「そんなつもりで教えたんじゃねぇよ。――っと、ついでにこれやる」
重みのある小袋を、セレナへ放る。
「これって……」
不思議そうに拾い上げるセレナ。
「お前、無一文だろ。こいつは“貸し”だ。いつか返してもらうぜ」
屋根へ跳び上がり、夜の闇へ消える。
「ありがとう、ヴォルグ。いつか必ず返すわ」
その声は、夜風にさらわれていった。
◇
「――てなわけで、今ごろギルドで依頼を受けてくれる奴でも探してると思うぜ」
「あんまり関わりたくないって思うの、私だけ?」
聞く限り、ミレイと同じ“めんどくさいタイプ”な気がするのよね。
「クロエは、早く会いたいな」
「くくく。お前の気持ちも分からなくはないぜ。ガキのくせに妙に大人ぶってるし、そのくせ我儘だしな。――まあ、せいぜい頑張ってくれ」
余計に会いたくなくなること言わないでほしい。……まあ、居場所は分かりそうだし、ひとまずは安心ね。
「お姉ちゃん、感知の結果……ギルドがある方角に、セレナさんと思われる魔力を感知しました」
「でかしたわ、ナナ!」
「なあ、さっきから気になってたんだが、なんで通信魔道具が勝手に浮いたり喋ったりするんだよ? 特注品か何かか?」
通信魔道具? まさか、この世界にスマホがあるわけ……。
「ねぇ、もしかしてこの“機械”を見たことあるの?」
ナナを手に取り、ヴォルグに突き出す。
「ああ、持ってるぜ。といっても、この魔道具は最近世に出回り始めたばかりで、手に入れるのはかなり困難だがな。――おっと、なんで俺が持ってるかって質問はナシだぜ」
そんなことはどうでもいい。驚いたのは、スマホ的なものがこの世界にもあるってこと。そこまで文明が発達してるなんて知らなかった。けど、この国の人が持ってるのは見たことがない。いまいち、この世界の文明の水準が分からない……あんな原始的な村から始まったんだから、当然なのかもね。
「じゃあさ、車って聞いたことある? それか電車とか機関車でもいいわ」
せっかくだし、この世界のことを聞いておかないと。
「確か、シリウスが……いや、知り合いがそんなこと言ってた気がするな。アルカヘヴンではすでに開発が進んでて、そのうちパンドレックや他国にも流通させるらしいぜ」
知らない単語だらけで、さっぱり。アルカヘヴン? パンドレック? 流れ的に国名っぽい。アルカヘヴン……。
「ねぇ、そのアルカヘヴンって国について教えて。どんな国なの?」
なぜか、アルカヘヴンが引っかかる。初めて聞いた名前のはずなのに、どこかで聞いたような気もする。
「まさか知らねぇのか? だとしたら、とんだ田舎者だなお前ら。――まあ簡単に言うなら、アルカヘヴンは“勇者の国”だ。遥か昔に勇者が作り上げた国で、王家は代々勇者の血を継いでる。まあ、今代の勇者はいまだに現れてないらしいがな」
勇者……やっぱり異世界ね。ってことは、魔王もいるんだろうな。
「勇者……」
クロエがぼそっとつぶやいた。
「どうかしたの、クロエ?」
「クロエね、勇者と会ったような気がするの……あと、魔王にも」
突然なにを言い出すのよ。そんなわけ――あなた、生まれたばかりでしょ?
「すげぇ興味深い話だが、俺はもう行くぜ。――セレナのことは頼んだぜ。あと、レインもな」
それだけ言い残し、姿を消す。
えっ? もしかしてレインの知り合い?
なんか色々ありすぎて、頭の整理が追いつかない。
「とりあえず、冒険者ギルドってとこに行ってみましょ。――さっさとセレナを見つけ……ちょっと待って。今さらだけど、このままだと私たちが月光山まで行って薬の材料を取りに行く羽目になるんじゃ……」
「その通りだと思います。確かエクレストという国の管轄らしいので、エクレストまで行かなくてはいけませんね。ちなみに、ここからだと馬車で早くて十日ほどです」
嘘でしょ? 当分帰れないってこと? 早く帰って数日はぐうたらするつもりだったのに……。
いつになったら私に平穏がやってくるのよー。




