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灼氷乱舞

翌日、私たちはバードゥンさんが用意してくれた変装用の衣装を受け取り、順番に着ることになった。私はつばが広い帽子を深めにかぶり、顔に影を落とす。変色魔法で髪は金髪に――鏡に映る自分に、帽子の縁を指でつまんで質感を確かめた。布は少しざらりとしていて、新しい染料の甘い匂いが鼻の奥に残る。


「どうかな……変じゃない?」


「うわぁー、アイリ姉ちゃんじゃないみたいだよ!」


「ママ、似合ってるよ」


ふたりの即答に、胸のこわばりがふっと緩む。

これで似合ってないなんて言われたらショックでしばらくは立ち直れなかったと思う。

 しかし、金髪が肩を滑るたび落ち着かない。ギャルに転職した気分だわ。


ソアラは魔法使い用のローブで猫耳をすっぽり隠し、裾を持ち上げてくるりと回ってみせる。クロエは――おそらくセレナの物だろう――フリルのついた可愛らしいワンピースを着てソアラの真似をしている。リューネは特に顔が割れてるわけじゃないので変装はなしなのだが、「みんなだけズルいっす」と駄々をこねるがバードゥンさんからサングラスをもらいご機嫌になる。


「フィア? どうしたんだい、急に?」


ロイドが肩口をのぞく。胸元のポケットから顔を出したフィアの頬を、一筋の涙がつっと伝った。


「あれ?……わかりませんわ。ですが、あなたを見ていると、なぜか涙が……」


涙の粒がロイドの服に落ち、陽の光を受けて微かにきらめく。私何かした?……そういえばミレイの気配がない。さっきまで肩口で悪態をついていたのに。


「ごめんね、アイリ。正直、僕にもよくわからない」


フィアはそのまま隠れてしまった。


「もしかして、私の金髪が似合ってない?」

 姿見で自分の容姿を確認する。変じゃないとは思うんだけど……なんだろう、この姿どこかでみたような……。


「ママはかわいいよ」


クロエの小さな手が、私の指をぎゅっと握る。私は思考を放棄してクロエを撫でてやる。



街道を行く馬車は、木の車輪をきしませながら乾いた土を巻き上げる。幌越しの光は薄金色で、座面の革は硬く、揺れが腰にじんと残る。


「遅いっす! なんなんすかこの乗り物は!」


リューネはばっと立ち上がり、御者に詰め寄ろうとする。まあ、リューネからすれば馬なんて亀みたいなものよね。


「だめよ、リューネ」

 

「クロエはこれくらいのが好きだよ!」


「そ、そんなことないっすよ。早いほうが気持ちいいっす」


「人化できる魔獣は珍しいからあんまり目立たないほうがいいよ。世の中には珍しい魔物を売買するような奴らがいるかね」


ロイドの声が一段低くなる。そんな奴らとは一生関わり合いになりたくないわね。


「そんな連中は全員まとめて潰せばいいっす」


「はいはい、そんな可愛い顔して物騒なこと言わないの」


そのとき、御者台から押し殺した声がした。馬が鼻を鳴らし、車輪が止まる。砂がさら、と幌の縁を撫でる音がする。


「ちょ、ちょっと……やめてください」


「どうしたのよ?」


「皆さんは、このまま外に出ないでください。私が話をつけます」


御者さんが幌をそっと下ろして外へ降りる。私たちは布の裂け目から覗くが、肩と頭が密集して覗きづらい。


「おい、おっさん。痛い目見たくなかったら、そこをどきな」


青い髪を逆立てた青年が、刃を下げて立ちはだかっていた。


「どうやら賊のようだね」

 なんでこう次から次へとトラブルが起こるのよ!



「ねぇ、普通こういうのは複数でやるもんじゃないの?」

 一人で馬車を襲う盗賊なんているのかな?普通は複数人で襲うイメージがあるんだけど……。


「お客様を危険にさらすわけにはいきません。お引き取りを」


御者さんは堂々とした態度でいう。たいした胆力ね。


「めんどくせぇ。――もういいや、寝とけよおっさん」


刃が閃いた。私は幌を払って飛び出しかけたが、すでにロイドが青年の前に立っていた。土埃がふわりと舞う。


「何の用だい? 金目当てじゃないだろう」


「お客さん……すみません。私が不甲斐ないばかりに」


「大丈夫。下がってて」

 御者のおじさんはバタバタとこちらに走ってくる。


「お前には関係ねぇ。――その馬車、他にも乗ってんだろ? 全員、出せ」


何が狙い? 胸の内側で、ナナの落ち着いた声が響く。


「お姉ちゃん、外に出ないほうがいいです。敵意は薄いですが、正面から戦えば負ける確率が高いです」


なんでこうよりによって強者ばっかり出てくるのよ!私何かした?


「要件を聞くのが先だよ」

ロイドは冷静に尋ねる。

青年は乱暴に髪をかき上げ、深いため息を吐く。嫌な予感が、汗の粒みたいに背中を伝う。


「ちょっと真面目にしたらすぐこれだ。こんなんだったら、初めからこうすりゃよかったぜ」


ヒュンッ――風切り音。刃が走る。だがロイドは、その不意打ちを紙一重で躱した。


「すごい……」


ソアラの小さな息が漏れる。


「どうやら、力づくで止めたほうがよさそうだね」


「面白れぇこと言うな。さっきのを躱したくらいで、いい気になるなよ」


青年はもう一方の短剣を抜き、砂を蹴って詰めてくる。


「……あまり見ない動きだね」


「余裕ぶってんじゃねぇぞ」


短剣は獣の牙みたいにしつこい。ロイドは紙一重で軌道をはずし続け、ほんの刹那の隙に拳を打ち込む。


「がはっ!」


青年が弾かれ、砂が弧を描いた。距離が開いた瞬間、ロイドは魔力を練る。周囲の温度がじわじわ上がり、ほんのり汗が滲んでくる。


「くっそ……今のは効いたぜ。――は? なんだ……それ」


ロイドの掌で、炎が小さく圧縮され、陽炎のように揺れる。放たれた火球が、草を焦がしながら一直線に走った。煙が立ちこめ、視界が一瞬白く塗りつぶされる。


私は勝負がついたと思った――けれど、煙が薄くなる頃、ロイドは一点を真顔で見据えていた。


「まだ終わっていないみたいだね」


ズサッ、ズサッ――刃が地面に突き刺さる鈍い音。ロイドが跳び退いた足元に、氷のナイフが数本、白い息を吐きながら立っている。周囲の空気がひやりと冷える。


「そこか」


ロイドは遠くの木陰に炎を撃つ。続けざまに、木々へ連続で火が走る。焦げの匂いに混じって、どこか鋭い冷気が鼻腔を刺した。


「なかなか、すばしっこいね」


「ガラ空きだぜ」


一瞬でロイドの背に回った青年が、短剣を振り下ろす。ロイドは身をひねり、炎をまとわせた拳を叩き込む――はずだった。


朧歩ろうほの術」


拳が、すり抜けた。そこに確かにいたはずの体が、霞のように消える。次の瞬間、刃がロイドを斬りつけ、布が裂ける。

 この男、ほんとに強い……ジェフなんかよりもずっと。


「お前、なかなか強かったぜ」

男は勝利を確信していた。

ロイドの全身に浅い裂傷が走る。それでも、彼は立っている。足裏が砂を噛む音が、やけに鮮明だ。


「君のほうこそ……想像以上だ。――だから、僕も本気で行かせてもらう」


「ロイド様、行きますわよ」


フィアがキラキラと赤い粒子にほどけ、ロイドの輪郭へ吸い込まれていく。空気が震え、魔力の圧が肌にびりびり触れた。


「なんだよ……それ」


ロイドの気配が、ぱん、と弾けるように膨らむ。炎の明滅が瞳に映り、世界の彩度が一段上がったように見えた。


「先手必勝!」


青年が駆け、短剣で刻みにくる――だが切り裂いたのは炎の残滓。熱が頬を撫でた直後、ロイドの拳が横腹にめり込む。


「がはっ!」


「クソが!」


吹き飛ばされながら、青年は氷のナイフを無数に放つ。だが、到達前にじゅっと音を立てて蒸散した。熱風が前髪を揺らす。


「そろそろ終わりにしよう。僕たちは戦い続きで、正直、疲弊してるんだ」


掌に生まれたのは、掌サイズの“太陽”。凝縮された熱が周囲の空気を歪ませる。


空蝉うつせみの術!」


直撃の直前、青年の姿がふっと消え、代わりに大きな木片が音もなく蒸発した。さっきから気になってたけどあれって……忍者?よく見ると服装も和服っぽいし。

 


「凍鎖の術!」


空気が鳴り、霜を帯びた鎖がどこからともなく伸びてくる。ロイドの手足に巻きつき、ぎし、と氷鳴りが骨に響いた。


「はぁ、はぁ……ったく、手こずらせやがって。まさか、こんなに術を使わさせられるとはな――まあいい、これで勝負あったな」


青年は口端を持ち上げ、ゆっくりとこちらへ向き直る。冷気が足元を這い、砂が薄く白む。


「僕は負けるつもりはないよ」


「はっ! そこからどうやって戦うんだよ。――いや、そんなことはいいか。大人しくしてろよ」


青年は拘束中のロイドを放置し、馬車――私たちのほうへ歩を進める。刃先が陽を弾き、白い閃きが点滅する。


「そこに隠れてんのは、わかってんだぞ」


やばい。こっちに来る……どうしよう、戦って勝てるわけないし、逃げる? 


「アイリ様、ここはアタシが!」


「だめよ。あんな化け物には勝てないわ」


「でも、アイリ姉ちゃん……ロイドさん、助けないと」


わかってる。わかってるけど――どうやって、あいつを倒す? ジェフよりも強そうな相手にどうやって……。

 

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