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新たな旅立ち

ここから第二章始まります

 「すごくいい天気だね。風が気持ちいいよ……フィアもどうだい?」


 雲ひとつない空の下、土色の街道がまっすぐに延びている。若草が風にさざめき、遠くではひばりが鳴いた。燃えるような赤髪の青年は、靴底で砂利を踏みしめながら、地図で見た“セイレン”という村を目指して歩いていく。


 「そうですね。たまにはわたくしも外の空気を吸いませんとね」


 青年の上着のポケットから、羽根の生えた手のひらサイズの少女がひょこりと顔を出す。フィアと呼ばれた妖精は、桃色の長い髪をふわりとなびかせ、青年の肩にちょこんと腰を下ろした。


 「もうすぐ例の村に着くよ。話が本当なら、その村に“ある”はず……」


 「でも、あいつらも来ますわよ? ほんとしつこいですわね」


 「ちょうどいい。彼らから“残り”の在りかも聞きたいしね」


 前方、陽炎の向こうに荷馬車が揺れて見えた。車輪の跡は蛇行し、荷台の帆布が不自然にたわんでいる。


 「……何かおかしい気がする」


 「ロイド様がそう言うなら何かありますわね。――行ってみます?」


 ロイドと呼ばれた青年は短く頷き、歩幅を広げて馬車へと向かった。



 あの戦いから、もうすぐ一か月。私は今日も朝から“紙”とにらめっこで執務に勤しむ。お飾りに見える? 見えるだけ。ナナと私で出した提案を皆が次々と形にし始めたせいで、村の中では同時並行で事業が走っている。承認、調整、判子、確認。机の上は羊皮紙の山、やることが多すぎる!一日中座りっぱなしで腰痛になりそう。


 「アイリ様、少しよろしいでしょうか?」


 扉を叩いたのは、ガレートの五百の兵を束ねていた男、アブレイ。年はやや上だが、磨いた鎧は手入れが行き届き、背筋はまっすぐだ。頼れる真面目人間って感じで好感が持てるわね。


 ちなみに、リューネが色々やってくれたおかげで、ガレート兵は全員まとめて私の“仲間”に。さらにウロボロスの森の亜人たちも住まわせてほしいと次々やって来て、気づけば人口は五千の大台が見えてきた。


 「何かあった?」


 「は! 実は昨日からクロエ殿を見ていないとのことで、皆が捜索している模様です」


 な――!? 私は反射で立ち上がり、椅子が後ろで派手に倒れた。


 「ナナ、今すぐ調べて!」


 『既にやっていますが……どこにもクロエさんの反応がありません』


 どうしよう。なんでクロエが――胸の奥がきゅっと冷たくなる。


 「……あの、実は一人、怪しい者がおりまして」


 私は光の速さでアブレイに詰め寄った。その衝撃で紙の束が崩れ落ちる。だがそんなこと気にしてる場合じゃない。


 「誰なのよ、それ?」


「え、えっと。実はその者からはすでに話を聞いておりまして――副団長、ジェフ殿がこっそりこの国の近くに来ており、逆らえずにクロエ殿の誘拐に加担したと自白しました。ですがアイリ様、悪いのはジェフ殿。強制された者には、どうか慈悲を」


 アブレイが深く頭を垂れる。


 ……分かってる。許せないのはジェフで、駒にされた方じゃない。状況が状況だし、そこで処罰なんて筋違いだわ。


 「分かった。その代わり――捜索には全力で協力してもらうからね」


 私たちはその兵からさらに詳しく事情を聞いた。クロエは“私をおびき寄せるため”に攫われたらしい。許さなせないわねほんとに。



 「アイリ様、全員揃いました」


 クラウドの声に、会議室の面々が一斉に起立する。机の上には簡易の地図と駒。窓から射す光が塵をきらめかせ、緊張の熱で蝋燭の蝋がやわく垂れていた。


 「みんな、もう聞いてると思うけど――クロエが攫われたの。だからこれから救出に向かうつもりよ」


 「アイリ様、アタシは絶対行くっすよ! クロエをさらった不埒者に、天誅ぶちかますっす!」


 「私も行くよ! クロエは私の大事な弟子だからね」


 ――いつの間に弟子になってたの? 仲がいいと思ってたら、そういう関係にまで進んでたのね。


 皆が行きたいと話し合う。だけど、私の中ではもう人選は決まっている。


 「じゃあ、連れて行くメンバーを言うわ」


 ぴたりと静まる空気。視線が集まり、息が止まる。


 「連れて行くのは――ソアラと、リューネ。二人だけ」


 最速は少人数。クラウドかリューネで迷ったけど……リューネは、言っても止まらないタイプだし。


 「そんな!? 我も行きたいです!」


 珍しくクラウドが慌てた。え、あなたまで駄々っ子パターン?


 「悪いけど、これは確定。ここを狙われる可能性も大いにある。残る人は守りをお願い。――クラウド、任せた」


 「……分かりました。アイリ様も、どうかご無理はなさらずに」


 残念そうに眉を落とし、それでもすぐに切り替える。さすがクラウド。これがリューネなら、あと三分は駄々をこねる。



 「アイリ様、少しよろしいですか?」


 準備に取り掛かった矢先、パルルが布束を抱えて部屋に現れた。扉を開けると、ふわりと新しい布の匂いがする。


 「実は、以前お話ししていた“服”の件で」


 あ、蜘蛛化したら服が破ける問題。やっぱ無理だった? そんな都合よく――


 「はい、その服、完成しました。特殊な糸で仕立て、蜘蛛化しても破れない仕様です。実はこれ、クロエさんのおかげで。彼女の糸を使って衣服を作ると、着ている者の意思で出したり消したりできまして……」


 へぇ、そんな便利糸だったんだ。クロエ、やっぱり有能。


 「それで、アイリ様の魔法衣にもこの糸の効果を“編み込み”たいのですが、いかがなさいます?」


 「もちろんお願い! いつでも呼べるのは便利すぎる。――でも、そうなると……」


 私が言い切るより早く、パルルはにこりとして、抱えていた布束を広げた。


 「替えの魔法衣、何着か御用意しました。お好きなものを」


 おお、可愛いのばっか! パルルってほんとセンスあるわね。これなら高く売れるんじゃ……。


 「じゃあ、これにしようかな」


 私は黒基調の魔法衣を選び、更衣室で袖を通す。布が肌に吸いつく感覚、軽くて、よく伸びる。


 「どうかな?」


 カーテンを開けると、パルルの目がぱぁっと輝いた。


 「すごく……似合っています! 素敵です、アイリ様」


 褒めすぎよ。嫌な気分ではないけど。


 「ありがと、この服。すごく気に入ったわ。――クロエは必ず連れ戻すから、帰ってきたら、あの子が喜ぶような可愛い服、いっぱい作ってあげて」


 「はい、もちろんです!」

 

 楽しみね、クロエが喜ぶ顔が目に浮かぶ。



 景色が矢のように流れていく。頬を切る風、目に刺さる砂。ジェットコースターなんて目じゃない、ってやつ。


 「うぅ、目に砂が入ったよぉ……」


 ソアラが涙目でまばたきしている。分かる。私も顔が乾燥でつっぱる。


 今、私たちは“リューネの背”に乗って森を疾走中。地面の起伏をものともせず、巨大な蜘蛛の脚がしなやかに駆けるたび、体が上下に弾んだ。


 「ねぇリューネ、もう少しスピード落としてもいいんじゃない?」


 「だめっす! 今頃クロエは泣いてるかもしれないんすよ? 一分一秒でも早く助けるっす!」


 「まったくアンタたちは情けないわね。このくらいで何を泣き言ってるのかしら」


 ――服の中に隠れているくせに、よく言うわミレイ。私はミレイをじっと見つめてやる。


「お姉ちゃん、もう少し先に人がいます。人数的に、村があるかと」


 ナナの報告。ちょうどいい、情報も休憩も、そこで。


 「リューネ、この先に村。いったん止まって聞き込み、ついでに休憩も」


 この速度、さすがに身体に悪い。胃が浮く。



 「おお、アイリ様。例の村が見えてきましたっす!」


 人間の村――よく考えたら、人が住む場所に行くのは初めてかも。胸が少し高鳴る。


 「アイリ様、村からたくさん人が出てくるっす。……しかも皆、武器っぽいの持ってるっすよ?」


 早い。もう警戒されてるの?


 「アイリ姉ちゃん、ここで降りる?」


 「ううん、このまま近くまで。直接、怪しい者じゃないって話す」


 通りの先、男たちが鍬や槍を構え、女たちは子どもを後ろに庇っている。乾いた土埃が夕日に煙り、ざわめきが波のように押し寄せた。


 「お、おい。お前たち、な、何者だ? まさか、さっきの仕返しに来たんじゃ……」


 めっちゃ怯えてる。しかも、もう誤解してるし。


 「リューネ、人間に戻っていいよ」


 私たちが地面に飛び降りると、リューネはすっと人化。――新しい服は無事。クロエ印の糸、最高。


 「ば、化け物だ!」


 「出てってくれ! この村には、もう何もない!」


 人間の姿になっても、“化け物”呼ばわりは変わらず。まぁ、いきなり巨大蜘蛛で来たのは事実だし、怖がらせたのは……ごめんね。


 「私はアイリ。実は、私の仲間――まだ小さい女の子が誘拐されたの。だから――」


 ひゅっ、と空気を裂く音。反射で身をこわばらせる。石だ。


 「あいつら、アイリ様に石を――」


 リューネが私の前に滑り込み、飛んできた石を片手で弾いた。地面に手を置く仕草――それ、巨大な槌を“生成”する予備動作。


 「ちょ、待って。私は怒ってないから!」


 慌ててリューネの手に自分の手を重ねる。


 「でも、あいつらが」


 「仕方ないよ。いきなり見知らぬ人達が来たら、誰だって警戒する。――石を受け止めてくれて、ありがと」


 私はリューネの頭をぽんと叩いた。


 「……ごめんなさいっす」

 

 リューネはしゅんと縮こまった。やだ、可愛い。


 「これは何の騒ぎだい?」


 ざわめきの奥から、一人の青年が歩み出る。夕陽を受けて燃えるように輝く赤髪、真っ直ぐで優しい瞳。肩口で風が布を鳴らし、足取りは静かで揺るがない。


 彼は、まっすぐに私たちを見た。

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