零坂 凪沙
一章完結までもう少しです。
ここまで読んでいただいた方には感謝です
先の話をしますと2章からはついにアイリたちが森の外へ出ます
そこでも新たな仲間や個性豊かな敵たちが出て来ます
楽しみにしていただけたら幸いです
翌日。まだ日も登らぬ蒼い闇のうちに、戦いの火蓋は切られた。
『アイリ様――森の北西から敵軍の進軍を確認。これより作戦を開始します』
クラウドの念話が脳裏に響く。私はソアラと並んで城の庭に立ち、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
ついに来たのね、この時が……
「ねぇ、もう同一化しておく? 不意打ちで死ぬなんて、アタシは絶対いやだからね」
相変わらずのペースで少し安心したわ。
「今やると魔力が持たない。ギリギリまで待ってて」
「えぇ〜! じゃ、あっちで隠れてるから、出てきたら呼んでね!」
ミレイはぷいっと大輪の花の方へ飛び、花弁の陰に身を潜めた。
「アイリ姉ちゃんのそれ、初めて見た。ナナ、なんだよね?」
「見せる機会なかったからね。カロンを吸収した時に得たスキル【千剣万化】を、ナナに使ってみたの」
呼応するように私の手の剣――セブンソードが細く震える。ナナが剣の“かたち”になっている。正直、ナナを振り回すのは気が引ける。でも、本人が「大丈夫」と言うのだ。信じるしかない。
「すごいね、アイリ姉ちゃん!」
「……」
魔力感知が小さく軋んだ。ソアラも同時に肩をすくめ、視線を巡らせる。
「お姉ちゃん、後ろです!」
セブンソードが私の手を離れず“勝手に”動き、死角からの斬撃を受け流す。火花が散る。
「危なかった……」
「やるじゃねえか、嬢ちゃん。――正直、小娘がカロンを倒したなんて信じられねぇって思ってたが……今ので、少しは納得だ」
緑の長髪、小柄で刺すような目。ジェフ=レイダース。噂の“冷徹”が歩いてくる。その横に、静かに立つ白い影。
「おい、ナギサ。お前は周囲の――」
言葉を遮るように、影が揺れた。潜んでいたテッドとアーロンが、屋根から一気に奇襲。不意を突かれたジェフが一歩退く。
「ん? お前ら……月刀姫の“漆黒”か」
「へぇ、俺たちのこと、知ってんだな」
テッドは黒い魔力を手に纏わせたまま答える。
「有名だからな。――だが本気で俺とやる気か? 悪いことは言わん。帰れ」
「それは、こっちのセリフだ!!」
黒炎が爆ぜ、三人の間合いが一気に詰まる。
「アイリさん、今のうちに」
アーロンの低い声。私は頷き、静かな白い少女へ向き直る。彼女は、じっとこちらだけを見ていた。
踵を返して走り出す。ソアラもすぐに並走した。分断さえできれば――勝機はある。
「あれ?」
城下の広場に飛び込み、振り返る。少女の姿がない。――瞬間、背筋が凍り、ソアラを抱えて横へ跳ぶ。
私たちがいた場所に、巨大な“氷山”が一息で隆起した。危なかった、もう少しで氷漬けになるところだった。
「初めまして。……私は零坂 凪沙。あなたと同じ、日本人よ」
冷ややかで、澄んだ声。異界五人衆。――なのに、初対面な気がしない。胸の奥のどこかが疼く。
「私は、望月 藍璃。あなたと戦う意志はないの。だから――」
言い終える前に、凪沙の掌から氷塊が連射される。
「いきなりは卑怯だよ!」
ソアラの一閃が、飛来する氷塊をすべて弾き割った。
「甘いのね。私は“勝つためなら”どんな手段でも使う。それが“生きる”ってことよ」
凪沙の指先が、私たちへ――。
「ソアラ!」
合図と同時に、私たちは二手に散って挟み込む。交渉できないなら、落とすだけ。
ソアラが背後に回り込んで斬り下ろす。私は真正面から踏み込む――が、雨のような“氷の槍”が押し寄せ、前を塞いだ。背後には凪沙が視線も向けず生成した“氷盾”。ソアラの斬撃が、澄んだ音を残して弾かれる。
「なに、この槍……」
かわしても、かわしても、喰い下がってくる。鬱陶しいわねこの槍。
「お姉ちゃん。凪沙の“視界の外”に出れば、回避できるはずです」
なるほど。だから彼女は、ソアラを見なかったのか。
「分かった!」
私は階段に向かって走り、二階へ抜けようと――目の前に分厚い氷壁が出現する。
「邪魔!」
拳で叩き抜いた。氷の粉が陽炎のように舞う。賭けだったけれど、通った。私は二階へ駆け上がる。
◇
「逃げられた」
「全然、壊れない……この盾」
ソアラの剣は、凪沙の氷盾にいくら打ち込んでも白い欠片すら散らない。
「じゃあ、これはどうかしら」
凪沙が小さく呟く。周囲に六本の氷槍がふわりと展開し、――矢のように、二階へ。アイリ姉ちゃんの方角へ、正確に。
(見えていなくても、追尾する……!)
「さて、諦めないのね。――でも、あなたじゃ“天地がひっくり返っても”私には勝てない」
「やってみなきゃ、分からない!」
カキン! 刀身がはじかれ、手が痺れる。
「とりあえず……大人しく、していて」
「――っ!?」
足首から一気に凍結が駆け上がる。視界が揺れた刹那、凪沙が囁く。
「おやすみ」
「ソアラ――!」
遠く、ジェフたちの方角からミレイが金の尾を引いて一直線に飛び込んでくる。
「ミレイ! 来ないかと思った!」
「アンタねぇ、私を置いて勝手に戦うとか、死にたいの!? 勝手に死んだら怒るって言ったでしょ!」
「ご、ごめん。呼ぶ暇が――」
「さっさと“同一化”!」
「うん!」
光が弾け、ソアラの輪郭が金に塗り替わる。気配が跳ね上がるのを、肌が感じた。
「――それが同一化。綺麗ね。……でも、まだ“私”には届かない」
「勝つよ、絶対に!」
光速の踏み込み。しかし――
「“ただ”速いだけじゃ、さっきと同じ」
「っ……!」
受け止められた。次の瞬間、凪沙の両手に短い“氷の刃”が形を取る。見えない速さの線が走り、肩に鈍い痛み。
「いっ……!」
「ごめんなさい。速すぎて“見えなかった”?」
視界が、霞む。――同一化の輝きが、ふっとほどけた。
「あ、れ……?」
「ちょっ、どういうこと!? なんで同一化が――」
ミレイの声が遠くなる。身体が動かない。凪沙のまなざしが、静かに流れた。
「じゃあ、用が済むまで、そこで眠っていて」
世界が、闇に沈む。
◇
「はぁ、はぁ……なんなのよ、もう! どこまでついてくるの!」
二階の回廊を駆け抜ける私を、六本の氷槍が執拗に追いかけてくる。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。さっきの推測は外れでした……が、今ので分かりました」
「どうすれば、これを振り切れるの?」
「凪沙は“異常な魔力感知”の使い手か、あるいは“千里眼”系のスキルを持っている可能性があります」
「ってことは、逃げられないってことね?」
「……はい。ただ、範囲は必ずあります」
そこで私は一つの面白いことを思いつく。
「なら――一つ賭けてみるわ」
私は立ち止まった。六本の氷槍が一直線に迫る。
「危険です! 範囲外へ抜ければ――」
「大丈夫よ……多分。だから、心配しなくていいわよ」
帯電を使う。雷が肌を走る。氷の槍をぎりぎりまで引きつけ――するりと身を“透かす”ように躱しながら、全ての槍へ、指先で“触れる”。
――カチリ。
浮かんでいた槍が、空中でぴたりと止まり、形を変えていく。やがて剣の形になりそのまま地面へ、鈍い音を立てて落ちた。
「やっぱり、上手くいった」
【千剣万化】。氷槍の“かたち”を、すべて“剣”へと組み替える。魔法の主導権がこちらになる。
「流石です、お姉ちゃんほんとにすごいです!」
「運が良かっただけ。……でも、これで十分」
私は足を踏み替える。闘いは長引かせない。早くソアラと合流してこの戦いを終わらせる。




