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戦いに向けて


 自室へ戻ろうとした足が、ふと止まった。――思い出した用事がある。



「んー? 誰だっけなお前?」


 寝癖で爆発した髪をがしがしかきながら、ブレインはわざとらしく目を細める。地下室は今日も薄暗く、薬瓶と本と金属片が床いっぱいに散らばっている。硝子臭、油の匂い、どこか甘い焦げた匂い。


「相変わらず辛気くさい所ね。片付けなさいよ、少しは」


 足の踏み場を探していると、壁際の“鉄の檻”が目に入った。大きめの段ボールくらいのサイズ。格子の向こうで、何かが――動いた? 気のせい?


「ねぇ、あの檻。中、何が入ってるの?」


「あぁん? アレが気になるのかよ? どうぉーしてもって言うなら、教えてやってもいいぜぇ」


 口角をにやりと吊り上げるブレイン。性格の悪さが顔に出てる。


「別にいい。――そんな話で来たんじゃないし。ガレートの軍がこっちに来る。もうすぐ森に入るはず。だから一応、アンタにも伝えに来た」


「ククク……この城を“攻める”、だってぇ? そうか。……実に“不愉快”だなぁ」


 唇だけで笑う邪悪な顔――あ、これ、絶対ろくでもないこと考えてる顔だ。


(でも、ナナは“ブレインは強い”って言ってた。ほんとなら……頼れたら)


「――じゃ、久しぶりに“帰る”かぁ」


「いや、なんでよ! そこは“戦ってよ”でしょ!」


 思わず全力ツッコミが出る。


「あぁん? 戦いなんて面倒はごめんだね。お前らが何とかするんだろ? なら大丈夫ぅ。俺は“逃げる”けど」


 言いながら、ちゃっちゃと身支度を始めるブレイン。ほんとに帰る気だ、この男。


「……本当に戦ってくれないのね? あなたならガレートの軍が来ようと負けないんじゃないの?」


「しつけー女は嫌われるぞ? 何度も言うが、“戦い”に興味はねぇ」


 ここまで言うなら無理強いは違う。深呼吸して、一歩引く。


「分かった。無理言ってごめん。……でも、アンタみたいなのが“どこへ”逃げるのよ?」


「ひでぇ女だなぁ。俺にだって“仲間”はいるんだぜ? まあ最近会ってねぇから、久々に顔出してやるだけだ」


 上から目線、健在。――仲間、ね。初耳だけど。


「あ、そうだ。俺が戻って来て、ここが“無事”だったら――アレやるよ。どうせ“失敗作”だし」


「その“檻”の中身?」


「さぁなぁ? 帰って来られたら、だ」


 最後にブレインが何かぼそっと言ったが、わざと聞こえないふりをして部屋を出た。頼みの綱は切れた。なら――私がやるしかない。



 時を同じくして。ガレートから派遣された五百の軍勢は、森へ向けて進発していた。


「アブレイ殿! まもなく目標、ウロボロスの森に到着します!」


「ああ……そのまま進め」


 返事をしながらも、アブレイ自身が一番、場違いだと感じていた。剣の才もなく、目立った功績もなく、のらりくらりと歳だけ重ねた“ただの兵”。なぜ自分がこの列の前にいるのか――正直、分からない。


「アブレイ殿、今回は骨が折れますな。ま、ジェフ副団長と“異世界人”が先行していますし、失敗はないでしょう」


 気さくに肩を組んできたのは後輩で唯一の友、ドミナートだ。


「……だが、やり過ぎじゃないか? 相手は“異世界人”とはいえ、何かしたわけでもない、と聞く」


「それがですね――ドゥーム様の“部下”が殺された、って噂が」


「なんだと!? なら、なぜドゥーム様はそれを“明言”しない?……不敬は承知だが、あの人は“何か隠している”と思う」


 アブレイは長く城にいるが、ドゥームに関する良い噂は少なく、むしろ怪しい話ばかり耳にしてきた。


「あっはは……今の、誰かに聞かれたら“一発アウト”ですよ!」


「分かってる」


「ま、真相はすぐ分かるでしょう。――願わくば穏便に済めばいいが、ジェフ副団長だ。きっと“凄惨”になる」


 目的のためなら何でもやる男。それに比べ、キルド団長がいればどれほど心強かったか。


「お、森だ。……ここらの魔物、平均“Bランク”だって話ですし、気ぃ引き締めましょ」



「――みんな、頑張ってるわね」


 城の中庭。迫る戦いに備え、ソアラたちは各々の鍛錬に没頭していた。私は? 汗だくで必死に、は苦手なので見学担当。戦闘は“好きじゃない”。でも、必要ならやる。


「ママ、あの黒い炎すごい!」


 クロエが目を輝かせた先で、テッドの両剣が黒炎を噴いた。スキル、だっけ……あの黒い炎。


「俺が捕らえる前にアレを使われていたら、さすがに手こずりましたね」


 クラウドがさらりと評する。けれど目の奥には余裕がある。


「テッドも凄いけど、ソアラの方が“もっと”凄い気がする」


 ミレイと契約してから、ソアラのステータスは一気に跳ね上がり、今やクラウドを凌ぐほどだ。


「全くです。俺なんて、まだまだだと痛感しましたよ。――もっとも、俺の中の“一番”は、アイリ様ですけど」


「クロエもママが一番!」


「ありがと。……でも私は、出来るなら戦いたくないの。だから今回は――“異世界人”には私とソアラで当たる。クラウドは全体指揮ね。“殺さずに無力化”して」


 誰も殺さずに勝つ。それが私たちの勝ち方。逆にひとりでも殺してしまえば、ガレートは“調査に来ただけなのに襲われた”とか、平気で言うだろうから。


「流石、アイリ様。そんな無茶を当然のように頼んでくる……でも、今の俺ならやれる」


「無理そうなら、即撤退。自分と仲間の命最優先ね」


「もちろん。リューネもスターヴィもいます。万に一つも“敗北”はありません」


「行くぜソアラ! 俺の本気――《黒龍双》!」


 テッドが双剣を振り下ろすと、二体の龍に象った黒炎が唸りを上げて迫る。


 ソアラは一歩も引かず、魔力を練り上げ、ぎりぎりまで引きつけ――


「行くよ、ミレイ!」


「いいわ! やっちゃいなさい!」


 ミレイの姿がふっと消え、代わりにソアラの全身が金色に煌めく。空気が震え、魔力の密度が跳ね上がる。


「これが“同一化”……綺麗」


「キラキラでかっこいい!」


「――やぁっ!」


 ひと振り。光の斬撃が黒龍を呑み込み、なお勢いを失わずテッドへ伸びる。


「マジか!?」


(ちょ、流石にまずい!)


 刹那、テッドの前にアーロンが飛び込み、身を盾にした。


 ――ズザァァンッ!


 白光が中庭を洗い、砂塵が巻き上がる。


「ごめんね、アーロン。うちのソアラが無茶して」


「だ、……大丈夫です。頑丈さだけは、取り柄なので」


 満身創痍の割に立っている。直撃でこれ、スキルの恩恵か。なんのスキルなんだろ?


「ごめーん! 思った以上に制御が難しくて!」


 ソアラが駆け寄り、ぺこりと頭を下げる。


「全く……ここは化け物の国だな」


 悪態をつきながら戻ってきたテッドが上着を羽織る時に、一瞬――紋様のような“痣”が見えた、気がした。……気のせい?そういえばクロエにもあんなのが……


「おおっ、楽しそうなことしてるっすね! アタシも混ぜてほしいっす!」


 リューネが跳ねるように合流する。


「仕事は終わったのか?」


「当然っす。バッチリっすよ! 落とし穴も粘糸も道標も“完備”っす!」


「ありがと、リューネ。お礼に――クラウドと手合わせ、してみる?」


「おおー! それ最高っす! 今度こそアイリ様にアタシの凄さ見せるっす!」


「ちょ、アイリ様! それはさすがにマズいですって!」


 珍しくクラウドが狼狽える。


「あら、負けるのが怖い、とか?」


「ち、違います。今やれば“明日の戦”に響く。……本音を言えば、負けるかもってのも“少し”ありますけど」


「確かに今戦ったら、明日“負ける”っすね」


「やめて不安になるから。明日は勝ってね?」


「お姉ちゃん」


「あ、ナナ。話、終わった?」


「はい。ビドルさん、建築・土木のセンスが抜群で――もう私がいなくても工事は回せます」


「あのおっさん、侮れないわね」

やっぱり見た目で判断は良くないわね

「それより、私たちも“新しいスキル”の練習を。今からでも“精度”は上がります」


「一日で、変わる?」


「やらないより、ずっとマシです」


 付け焼き刃でも、やる。やらなきゃ、始まらない。


「分かった。時間は少ないけど――やろう」


 こうして私たちは、明日に迫った戦いへ向け、最後の準備を詰めていった。誰も死なせず、誰も殺さない。そのためにできることを、全部。

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