リーク
「よく来てくれた、アイリ殿。急ぎ報告せねばならんことがあるのじゃ」
談話室にはアーガストだけでなく、テッドたち三人とクラウドも顔をそろえていた。空気が張りつめ、胸の奥に刺さっていた“違和感”が、ここへ来て輪郭を持ちはじめる。
「みんな集まってどうしたのよ?……嫌な予感しかしないんだけど」
「既にこの場の者には伝えたが、ドゥームから連絡があった。七日後、軍を率いてアイリ殿を“捕縛”に来るそうじゃ」
「嘘でしょ!? 一人のために“軍”って、正気?」
どんだけ私に執着するのよ!
「アイリ様。ご安心を。我らも共に戦います」
クラウドは頼もしく言う。けれど相手は“国”。正面から殴り合って勝てる未来は、どうしても薄い。
「その……恐らくガレートは“無断”で森に侵攻するつもりです。エクレストの英雄に頼めば、止められる可能性はあります」
セリカが一歩進み出て、まっすぐに言った。英雄……か、気になるわね。
「俺たちはここに残る。セリカ、お前はこれでロザリーに伝えてくれ」
テッドが転移の魔法石を手渡す。セリカはこくりと頷き、私へ向き直る。
魔法石ってどこにでもあるのかな?
「アイリさん、ここのことは私の方から正直に伝えておきます」
「うん、お願い」
魔法石が白光に包まれ、セリカの姿がすっと掻き消えた。
いいなぁ、私もあれ欲しい。絶対便利じゃん。
「さて、他にも手を打っておきたいのう。あやつは仮にも英雄。こちらの先回りくらいは平然としてくるじゃろう」
「それは分かるけど、他にできることって……」
「単純だが“強くなる”ことだ。圧倒的な実力を見せつければ、相手も降伏を選ぶやもしれん」
クラウドの脳筋案。……嫌いじゃない。
「一週間でそこまで行ければね。――まあ、やるけど」
「期日は鵜呑みにせん方がいい。伝えは『七日後』だが、実際は“五日後”と思え。わしも完全には信用されておらん。奴が嘘の情報を言っている可能性も十分にある」
アーガストの読みは鋭い。こういう人を敵に回したくない。
テーブルのカップに口をつける。森で採れた茶葉の紅茶は香りがよく、頭が澄む。窓の外では夕陽が木々の端を焦がしていて、胸のざわつきが少し和らいだ――そして、違和感の正体にも見当がつく。チラリと窓の方を見る。可愛い小鳥がいた……
「ねぇ、具体的な“人数”とか“顔ぶれ”は? そこが分かれば対策も変わる」
「推測になるが……来るのはガレートの“騎士団”。団長キルドはいま不在。指揮は副団長ジェフ。冷徹にして厄介な“スキル持ち”じゃ」
スキル……。カロンですら手強かったのに、あれより強いとか無理でしょ。
「ふっ。相手に不足なしだ」
クラウドが不敵に笑う。まったく、こういう時だけ格好つける。
「他には?」
「“異界五人衆”。ガレートの秘密部隊――異世界人五名を指す。奴らが投入されれば、こちらの勝ちは……絶望的じゃ」
「でも、同じ異世界人なら話は通じるかもしれない。アーロンみたいに」
わずかな希望に縋る私に、アーロンが首を横に振る。
「その考えは、捨てた方がいい。僕が言うのも何ですが、この世界に召喚/転移された人間は、大抵ロクでもない。“五人衆”の一人と交戦しましたが……正真正銘の“クズ”でした」
「実力も頭もブッ壊れてやがった。あれは人じゃねぇ」
テッドの声に苦みが滲む。つまり、勝てなかったってことかな?
「……じゃあ、“来ない”ことを祈るしかないわね。でも、もし来たら――まず私が応じる。勝手に仕掛けないで」
戦わずに済むならそれが一番。でも、必要なら私が前に立つ。
「スターヴィには既に監視を命じています。森に近づくものがあれば、すぐ報告が届くはずです」
「さすが。――いけそうな気がしてきた」
それからは陣形、罠、避難導線。落とし穴の配置、合図の取り決め、転移阻害の簡易結界の試作……細部を詰めるうち、窓の端から夕日が消えた。
「――今日はここまで。各自、準備と休養を」
皆が散り、談話室は静けさを取り戻す。私はナナにも「少し一人にして」と頼み、扉が閉まる音を確かめてから、ゆっくり息を吐いた。
「……もう、出てきてもいいんじゃないかな?」
誰もいないはずの部屋へ、私は声をかける。
――コン、コン。
窓ガラスが小さく鳴った。そっと近づき、錠を外して押し開ける。冷たい風が流れ込み、同時に一羽の小鳥が舞い込んだ。
「あなた、ただの鳥じゃないわよね。目的は?」
これが“違和感”の正体。会議の間、窓の外からずっとこちらを見ていた視線。
「私の意図を“汲み取って”くれたことには、礼を言うわ」
女の声。嘴は動かず、声だけが空気に溶ける。私は驚きを飲み込み、顎で続きを促した。
「それで、何が目的?」
「教えに来たの。――ガレートの“情報”を」
「……!?」
怪しい。けれど、もし本当なら――なぜ私に?
「どうして教えるの?」
「いずれ分かるわ。……それより、まず軍よ。彼らは“三日後”にはそちらに着く。さっきのお爺さん、惜しかったわね」
「三日!? そんなに早く――」
「転移を使わずにこの速度は“異常”よ。理由は……いずれ分かる。大切なのはここから」
「大事なこと?」
「その軍に“ジェフ”と“異界五人衆”はいない。――別行動を取る」
「ちょっと待って! “五人衆”、全員来るの? 全員なら今すぐ逃げるけど!」
「安心して。一人だけ。誰かは……いずれ分かる」
「さっきから“いずれ”ばっか! 本当に教える気ある!?」
「あるわ。だから来た。あなたに“死んでほしくない”から」
分からない。けれど、悪意は……感じない。
「で、別行動って?」
「ジェフと“その一人”は、軍の到着少し前に“転移”で侵入。あなた――アイリを捕える。軍は“陽動”。戦力が分散した隙に、あなたを攫い、残りの亜人を“皆殺し”にする計画」
「……ほんと、ガレートって国はクズばかり。後悔させてやる、必ず」
「怒りは力になる。でも、怒りに“呑まれない”で」
「分かってる。あいつらと同じにならない」
「なら、最後に一つ。あなたは“異界五人衆”と戦いなさい。お願いであり、同時に命令でもあるわ。ここまで話したのだから、飲めるでしょ?」
理不尽。でも、妙に腑に落ちる自分がいた。
「私で……勝てるの?」
「“無理”ね。天地がひっくり返っても、今のあなたじゃ勝てない。――それでも、あなたが戦いなさい」
無茶苦茶。それでも、“いずれ”が意味を持つのだろう。だったら……
「……信じられないところは多いけど、信じてみる。ありがとう」
「……ありがとう」
最後の言葉は風にさらわれて聞き取れなかった。同時に、小鳥の身体が――ぱきん、と音を立てて砕け散る。床に散った欠片は、冷たい。
「……氷?」
指でつまむと、ひやり。氷のメッセージ。誰が、どうやって――
「――“いずれ分かる”、か」
窓を閉め、私は深く息を吸った。3日後に迎え撃つ準備は、もう始まっている。




