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ミレイの過去



「ちょっと! どういうことよ!」

 あまりの怒りに、私は目の前の男の胸ぐらをつかんで全力で揺さぶった。棚の魔導工具がカタカタ鳴る。


「お、おちつけよホノカ。胃が、胃がシェイクされる……」

「落ち着けるわけないでしょ! “杖”って頼んだよね!?」

 メガネにやつれた頬、偏屈さが滲み出た中年――ユキヒロ。そいつが、よりによって私の“聖武器”を“剣”に仕立てやがったのだ。魔法使いに剣? 冒涜もいいところ!


「いやだってさぁ、光といえば“太陽の剣”じゃねぇか、普通」

「知らないわよそんな“普通”! フローラは杖でしょ? なら私も杖でいいじゃない!」

 剣を振り回すなんて、疲れることは御免だ。


「分かってねぇなぁ……とにかく一回“使って”から文句言え。俺だって忙しいんだ」

 ユキヒロは押しつけるみたいに鞘ごと渡してくる。金具が手の中でずしりと重かった。


「ふぁあ〜……よーく寝たわぁ」

 いつのまにか頭の上。頬にひやっと小さな足。手のひらサイズの光の大精霊――ミレイが、私の髪にぶら下がっていた。


「ミレイ、おはよう」

「おはよ〜。――それよりこの剣なに? ホノカが使うの?」

 ミレイは興味津々で刃をツンツン。薄金の光が鏡面にちらちら映る。


「聞いてよミレイ! このクソ野郎が私の聖武器を“剣”にしたの! ひどくない!?」

「うっわ、最低。アンタ、約束は守りなさいよ!」

 ポカポカ、ミレイの小さな拳がユキヒロの頭に雨あられ。なのに当人はどこか満更でもなさそうで、余計に腹が立つ。


「とにかくだ。これは強い。――そうだな、完全に扱えりゃ“シュウ”といい勝負できるんじゃないか?」

 シュウと“いい勝負”。喉がごくりと鳴る。あいつに並べるなら、この剣は……。


「はぁ……しょうがない。とりあえずはこれで“我慢”してあげる。嘘だったら、この剣の(さび)にしてやるから」

 そう言い捨て、私は店を出た。


「シュウに勝てるやつなんて、ゼッッッタイいないよ! ホノカ、シュウのことになると途端に顔がちが――」

「うるさい。私は強くなりたいの。あの天使から“可愛い亜人たち”を守るためにね」

 全部、そのため。


「それより! その剣、試そ。アタシの力の一部が入ってるって言ってたし、どれくらい強いか確かめたい!」

「……いいわ。手頃な相手、探しましょ」



 辿り着いたのは、穀倉の村。風に揺れる麦、日干しレンガの家――の、はずだった。

「ちょっとちょっと、みんなゲッソリしてない?」

 通りすがる人は頬がこけ、歩幅は小さい。空気に“飢え”の匂いが混じっている。


「やっぱり、噂は本当ね」

「おや、旅のお方。こんな田舎に、何の御用で?」

 気づいた老人が、腰をさすりながら近づいてくる。


「どうしてこんなに痩せてるの? ここ、食べ物には困らないはずでしょ」

 村長は目を泳がせ、上の歯を噛んだ。

「さ、最近は天候が悪くてのう……」

 嘘。浅い。誰かに怯えてる目。


「よく、そんなバレバレの嘘つけるわね。今なら正直に言ったら、このミレイ様が“許してあげてもいい”わよ?」

 村長は周囲をきょろきょろ確認し、声を落とした。

「他言無用で……この村には“オーク”が住みついておるのです。しかも、ただのオークでは……」

 やはり。狙いはここ――エルノード……次こそは。


「教えてくれてありがとう。――行くわよ、ミレイ」

 村の中央へ。広場から畑が一望でき、骨の浮いた腕が黙々と鍬を振るう。


「許せない。罪のない人から搾り取るなんて」

「ねぇホノカ、さっきのオークって“あいつ”?」

「そう。……本気で、魔力感知する」

 目を閉じ、深く吸って、吐く。世界の輪郭が静まり、魔力だけが浮かび上がる。大陸全体を覆える感知を、村に絞り込む。精度を極限まで。


(逃がさない)


「――見つけた」



「ちっ! またお前か!」

 私は即座に転移して、感知の源へ。薄暗い家の中央に、普通の青年面――エルノード。だが、その皮の下は“オーク”。


「今度は逃がさない」

「あの時と同じだと思うな、人間!」

 エルノードの身体が、盛り上がる、膨張する。梁が悲鳴を上げ、壁が裂け、屋根が吹き飛ぶ。


「本性、出たわね」

 世界で二番目の自負――それが、慢心だった。



「ぐはは! どうした、その威勢はどこへいった」

 まずい。罠だ。家中に、いや村中に張り巡らされた複合陣――しかも、私に限定してる……妨害、吸魔、鈍化。足は鉛、指先は氷。立っているのがやっと。


「ちょっとホノカぁ! アタシたち、こんなヤツに負けるの?」

「負けない……負けないけど。もし私が死んだら、ミレイは逃げなさい」

 エルノードが口を裂き、禍々しい魔力が収束していく。魔力砲。受けたら終わる。


「なに言ってるの! 死んだら許さない! ホノカがいないなら――アタシ、生きていけない」

 小さな声が震えた。胸が痛む。


「大丈夫。――私は負けない」

 言って、自分に言い聞かせる。けれど、魔力は空。起動する術がない。


 閃光が、放たれ――


「全く、また勝手なことしてるな」

「――シュウ!?」

 いつの間にか、私の前に立っていた。風が止まり、音が消える。


「安らかに眠れ」

 言葉と同時に、姿も気配も消えた。


 次の瞬間、魔力砲は霧のように掻き消え、エルノードの首が地を転がる。遅れて、首と胴に轟雷が落ちた。


「おやすみ」

 シュウは、わずかに寂しそうに、その場所を見つめた。相変わらず、規格外。


「君は本当に無茶をするね。――まだ聖武器に慣れていないんだろう? アレは尋常じゃない魔力を食う」

 歩いてくる足取りは穏やかで、叱る声も柔らかい。


「無茶苦茶なのはそっちでしょ!」

「え、普通にやったつもりなんだけど」

 どこが“普通”。


「私もいるんだけど。無視はひどくない?」

 後ろから、鈴のような声。振り返ると、長い金髪がさらり。紫の瞳の女性が佇んでいた。


「師匠! 来てたの!?」

「あら、来たらまずかった?」

「うっ……ごめんなさい。勝手して」

 ぽん、と頭に手。温かい。


「無事でよかった。君は強い。でも、強さが弱点になることもある。――要は、ホノカが“死ななくてよかった”、それだけ」

 思い切り抱きしめられて、肋が鳴る。

「く、苦しい! 怒ってるでしょ」

「バレた? 怒るよ、そりゃ。勝手に永劫の魔王を追って戦いに行くなんて」

「だって放っておけなかったし……この剣の力も、知りたかった」

 胸が少し、痛む。


「もういい。無事だった。それ以上は求めない」

 アメジストのような瞳。見返すと、吸い込まれそうになる。


「アタシにも謝って! 置いて先に行こうとしたこと!」

「――もうしない。ミレイを一人にしない。約束」



 ――光がほどけた。


「んん?」

 意識が浮上する。夢、だった? 頬に違和感。ぺし、ぺし。


「なんで、こんなところで寝てるのよ」

 見ると、ミレイの足が私の頬を器用にキックしていた。枕を裏返して――


 べシーンッ。


「へぶっ! へ……? この世の終わり?」

「寝ぼけないの。私のベッドで蹴るから落として“あげた”の」

「なっ!? よくもやったわね、このこのこの!」

 ポコポコ。小拳の連打。痛くはないけど、うるさい。


「今日は仲良しなんだね!」

 扉の隙間から顔をひょこ。ソアラが笑って入ってくる。


「「仲よくない!」」

 ハモってしまって、ソアラはお腹を抱えて笑った。


「お姉ちゃん、やっと起きたのですね。アーガストが“大事な話がある”から来てほしいって」

「またぁ? ――分かった、行く」


 身支度に立ち上がった私の髪を、ミレイがぐいっと引く。

「ちょっと、待ちなさい」

「なによ、まだ?」

 振り向く。ミレイは、珍しく真剣な顔をしていた。


「アイリ。……正直に言う。アンタを見てると“思い出しちゃいけないこと”を思い出しそうになるの。何かは分からない。でも、思い出したら大変なことになる“気がする”。それもこれもアンタのその目が悪いのよ。だからアタシはアンタに少し素っ気なくしてたのかも」

 胸の内側が、きゅっとなる。ミレイがこんなふうに話すの、初めてかもしれない。


「ミレイ、今日の“夢”覚えてる?」

 ――もしかして、ミレイが近くにいたから、あの夢を。


「不思議な夢を見た“気”はするけど、全然思い出せない。……でも、夢にアンタがいた気がする」

 私が、夢に。言われてみれば、あの女性は私と同じ目をしていた――気がする。けど、日本人っぽい顔じゃなかったし、関係は……ない、はず。


「まぁ、理由が分かっただけで十分。ありがとう」

「もう、避けたりしない。仮に思い出しても――なんとかなるでしょ!」

「いや、それはやめて。迷惑はごめん」

 苦笑して、手を振る。


「じゃ、行ってくる。――アーガストのところへ」

 重く、でも一歩ずつ。私は部屋を後にした。

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