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進化

今のところ毎日投稿できてる奇跡に感謝!

これからもできる限り毎日投稿できればと思います




「さぁ行け! 妾のために、あの者の首を取ってくるのじゃ!」

 長く艶やかな黒髪を払い、妾は前方に立つ人間を指差す。

 命を受けた死蜘蛛たちが、一斉にうねり、地を割るような音を立てて飛びかかる。

 闇の中、八本脚の群れが渦を巻き、森全体が震えた。


「いくらそなたが強かろうと、妾は魔王に選ばれしもの――死蜘蛛の女王ぞ。格が違うのじゃ」

 誇りを噛みしめながらも、胸の奥で焦りが疼く。

 かつては瞬きひとつで千の命を葬ったこの力も、老いと共に鈍っていく。

 だが、それでも妾は魔王。小娘ごときに屈するつもりなどない。


「ようやくここまで来れたわね。ほんとアンタ、どれだけ蜘蛛飼ってるのよ」

 女は髪をかき上げ、余裕の笑みを浮かべる。汗ひとつかいていない。

「ずいぶん余裕そうじゃのう。まさか妾に勝てるとでも?」

「さぁ、どうかしら?」

 女が剣を構えた瞬間、空気が一変した。

 ……ぞくりと背筋が冷える。この女、ただの人間ではない。


「ミレイ、行くわよ」

「了解!」

 女の隣で、小さな光が瞬いた。精霊か……。


「!? な、なんじゃこれは……!」

 突然、視界が暗転する。何も見えぬ。

 妾は思わず笑う。

「妾のスキル、“虹の断章”じゃ」

 “虹の断章”のひとつ――感覚を奪う術。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。逃げ場などない。

「どうじゃ、妾の力を思い知ったか!」


「……なるほど。相手の五感を封じるタイプ、ね」

 女の声は落ち着き払っていた。

「ふふっ、そんな小細工があたしたちに効くと思ってるの?」


 光が弾け、精霊の小さな姿が浮かぶ。

 ――視界共有、なるほど。


「妾の崇高な力を“小細工”とな? ならば黙らせて――」

 右腕を振り上げた瞬間、世界が裏返った。

 痛みすら感じる暇もなく、右腕が消えていた。


「な……何が起きたのじゃ!?」

 止血の糸を巻きながら、妾は理解する。

 この女――格が違う。


「もういい。余興は終わりじゃ。死ね」

 左手を広げ、紫の糸を無数に放つ。

「“死糸累々”」

 触れたものすべてに死を与える、虹の断章の中でも最強の糸。


「さすがにヤバくない!?」「大丈夫よ、ミレイ。見てなさい」

 光が無数に生まれ、球状の防壁を形成する。

 紫の糸は一瞬で焼き切られ、灰と化した。


「そ、そんな馬鹿な……!」

 焼け焦げた断面から煙が立つ。


「さて。ようやく落ち着いたわね」

 女――ホノカと呼ばれた者が近づいてくる。

「質問よ。あんたの目的は何? なんで人間を襲うの?」

「それは言えぬ。……じゃが、止めろと言うなら襲わぬでやろう」

 屈辱でも、生きねばならぬ。


「物分かりがいいわね。もう一つ。――“永劫の魔王”は、どこにいるの?」

「妾の知る限りでよければ、教えてやろう」


 意識が遠のく。

 夢は、そこで途切れた。



「……夢?」

 目を開けた瞬間、違和感に眉をひそめる。

 何かが抱きついている。布団の中、ぬくもり。

「えっ……誰よこの子?」


 黒く長い髪。透き通る白肌。

 小さな幼女が、私にしがみついて気持ちよさそうに寝息を立てている。


「どこから来たの? ていうか裸……!?」

 あわてて布団をかぶせようとしたそのとき、幼女の瞳がぱちりと開いた。

「ママ、おはよう!」


 ……固まった。

「ママ? どうしたの? 大丈夫?」

 小さな手が私の額に触れる。


「だ、大丈夫よ! 熱とかじゃないから!」

「よかった!」

 笑顔がまぶしい。まるで絵本の天使みたい。


「クロエね、ママの役に立ちたいから、今日はいっぱいお手伝いするね!」

「えっ……今、クロエって言った? まさか……蜘蛛のクロエ?」

「そうだよ!」

「なんで人間の姿に!?」

「ママ、蜘蛛が苦手だって言ってたから、人の姿になった方がいいかなって思ったの」


 うん、可愛いけど、そういう問題じゃない。


 そこへノックの音。

「失礼します、アイリ様」

 橙色の髪に紅い瞳。整った青年。


「だ、誰よアンタ!? まさか襲いに来たとかじゃないでしょ!?」

 慌ててクロエを布団で包みながら睨むと、クラウドはすぐに跪いた。

「大変失礼しました! 我はクラウド。死蜘蛛族が一斉に進化し、“覇蜘蛛族”となりましたことを報告しに。それにより特性【人化】を獲得したのです」


 なるほど……。

 私の得た経験値が仲間たちにも反映されて、全員進化したってわけね。


「他のみんなも人の姿になったの?」

「はい。すぐに顔合わせを手配しましょうか?」

「ううん、それは後でいいわ」


「そういえば、今日は出発の日だったかと」

「えっ、出発って……今何時!?」

「もうすぐ昼を回る頃です」

「はぁぁ!? 寝すぎたぁー!」


 私は慌てて跳ね起き、支度に飛び回る。

 クロエがくすくす笑ってた。



「アイリ姉ちゃん来たー!」

 村の広場でソアラが手を振る。

「ごめん、また寝坊して……」

「全然待ってないよ!」

「たった数時間じゃしのう」アーガストが笑う。


「その冗談、地味に刺さるんだけど」


「向かおうか。――顔合わせはまた後でいい?」

「承知しました。皆にはそう伝えておきます」


 その時、金髪のショートヘアを揺らす少女がやってきた。

「初めましてっす、アイリ様!」

「……あなたは?」

「私はリューネっす! 元・死蜘蛛族の副団長。クラウドお兄ちゃんの部下で、クロエの護衛だったっす!」

「リューネお姉ちゃん!」

 クロエが嬉しそうに抱きつく。

「おお、相変わらず元気だなぁ!」リューネは笑いながらクロエの頭を撫でた。


 初対面なのに空気があたたかい。

「リューネね、覚えやすくていい名前じゃない」

「ありがとうっす! 一生ついていくっすよ、アイリ様!」



 私たちは覇蜘蛛達に乗り亜人王国へ向かう。

 枝が頬をかすめ、風圧が体を押しのける。土と樹液の匂いが混じった湿った風が頬に当たる。


「ひゃぁぁぁーー!」

 ソアラが必死にしがみつく姿がちょっと面白い。

 私は粘着糸で腰を固定してるから余裕だけど。


 森の奥から見えてきたのは、崩れ落ちた城壁だった。

 遠くにそびえる大きな塔も、半分は崩れている。


「……これが、亜人王国」

 目の前に広がるのは、かつての栄光の残骸。

 冷たい風が吹き抜け、灰のような静けさが漂う。


「懐かしいのう……」「生きてまた来られるとはな」

 亜人たちが涙を浮かべる。

 ナナが小さく言う。「お姉ちゃん、作業始めよう」

「うん……早く取り戻さなきゃね」


 指示を出し、それぞれが動き始める。

 けれど、男たちの視線がどこか落ち着かない。


「……リューネ?」

「どしたっすか?」

「なんで服、着てないの?」

「え? 蜘蛛になったら破けたっす」

「いや隠そうよ!? みんな見てるよ!」

「見られたら何かあるんすか?」


「おいリューネ、人間は服を着るものだ」とクラウドお兄ちゃんが真面目に補足する。

「なるほどっす。でも面倒くさいっす」


「……じゃあこうしましょ。服が破けないようなの作ってあげるから、それまでは蜘蛛の姿で生活!」

「ほんとっすか!? やったー!」

 リューネは地面を転がって喜ぶ。

「ちょ、やめて! その姿でゴロゴロすんなって!」


「我慢するっす!」

 そう言ってリューネは蜘蛛に戻る。

「ふぅ……これで一安心ね」


「ねぇママ、次はお城行くの?」

「そうよ、クロエ。私たちで城の中をきれいにしよう」

「うんっ! リューネお姉ちゃんもクラウドお兄ちゃんも一緒だね!」


 私は笑って頷く。

 崩れた城門をくぐり抜け、暗く広い王城へ足を踏み入れる。

 冷たい風が吹き抜け、古い記憶のような匂いが鼻をくすぐった。


 ――ここからが始まりだ。

 かつて滅びた王国を、もう一度この手で蘇らせるために。


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