七不思議
翌日の放課後。
歴史研究部の面々は、校舎裏に集合していた。
「じゃーん! これが今日の調査マップ!」
明日奈が広げた紙には、手書きの校舎見取り図と赤い丸がいくつも描かれている。
「第一目標は──旧音楽室!」
「……まだ残ってたんだ、あんな場所」杏里がげんなりと呟く。
「出るんだって。夜になると、誰もいないのにピアノが鳴るんだよ」
軽口を叩く三条や杏里に比べて、燈夜は無言だった。
旧音楽室。人気がない、閉鎖された空間。虚影が潜むには、格好の場所だ。
「よし、出発!」
明日奈が先頭に立ち、階段を上っていく。
──カラン。
旧音楽室の前にたどり着いた瞬間、中から乾いた音が響いた。
全員が思わず足を止める。
「……今、聞こえた?」
明日奈が小声で問いかける。
「椅子が倒れた音……とか?」三条が笑いながらも、喉が少し震えていた。
「入ってみよう」
燈夜が先に扉へ歩み寄る。
ギィ……と音を立てて開いた室内は、黄昏の光が差し込むだけの空間。
古びたピアノが隅に置かれ、埃をかぶって沈黙していた。
「……何もないじゃん」杏里が気楽そうに中へ入る。
だが燈夜の瞳は鋭く光っていた。
──いる。
空気のざらつき、わずかな魔力の揺らぎ。
一般人には感じ取れない気配が、部屋の隅にまとわりついている。
「ほら、やっぱり噂だけ──」
杏里の声を遮るように、カン、とピアノの鍵盤がひとりでに沈んだ。
「……っ!」
部員たちが息を呑む。
次の瞬間、部屋の空気が暗く染まり、黒い影が床から滲み出すように広がった。
──虚影。
燈夜は無意識に一歩前へ出た。
「……下がってろ」
冷たい声が、部屋の空気を震わせた。
黒い影が床から膨れあがり、粘つく霧のように形を変えていく。
やがて腕のような突起が二本、ぐにゃりと伸びた。
「な、なにあれ……!」
杏里の顔から血の気が引く。
「やば……マジで七不思議とかじゃないじゃん!」三条も青ざめて後ずさった。
「逃げて!」燈夜が短く叫ぶ。
その瞬間、影が一気に伸び上がり、部員たちへ襲いかかった。
──速い。
普通の人間なら回避できない速度。
燈夜は前へ飛び出し、机を蹴り飛ばして影の触手を弾き飛ばした。
「白石!?」
誰かの叫びが背後で響いた。
燈夜は呼吸を整える。
──見える。
五十嵐から受け継いだ視界奪取の力を発動する。虚影の輪郭が、まるでサーモグラフィのように赤く光り、動きの予兆が浮かび上がる。
「来い……」
呟くと同時に、影が再び振り下ろされる。
──右!
燈夜は横に滑り込み、床を転がりながら虚影の腕をかわす。
反動で飛び上がり、拳を影の中心に叩き込んだ。
ズン、と鈍い感触。影がぐにゃりと崩れる。
「っ……!」
燈夜は奥歯を食いしばった。物理的な攻撃は通りにくい。だが魔力を込めれば──
左手に魔力を集中させる。皮膚の下を熱が駆け上がり、青白い光が拳を包む。
次の瞬間、彼は迷わず影へと踏み込み、光の拳を突き立てた。
ゴッ、と空気が爆ぜる。
虚影の体が悲鳴のような音をあげ、煙のように散った。
沈黙。
部室には荒い息遣いと、焦げたような匂いだけが残っていた。
「……な、なに今の……」
杏里が呟く。膝が小刻みに震えている。
明日奈は唇を噛んだまま、言葉を失っていた。
千景だけが静かに燈夜を見ていた。その瞳の奥に、何か探るような光が宿っていた。
燈夜は肩を上下させながらも、淡々と言った。
「……ただの影だ。危険はない」
「ただの……って……」三条が呆然とつぶやく。
燈夜はそれ以上は言わなかった。
──これ以上喋れば、余計な疑いを招く。
心臓の鼓動が耳に響いていた。
戦闘は終わった。だが、本当の意味での戦いは、これから始まる。




