学校襲撃
始業式の翌日。
白石燈夜は、すでに学校生活に不安を抱えていた。
前日、「新入生としての自己紹介」で大失敗したのだ。
「趣味は……銃です」なんて言ってしまったのは、どう考えても軽率だった。
沈黙と笑いの入り混じる教室の空気を思い出すと、今でも背筋が冷える。
「……いや、あれは仕方なかった」
燈夜は机に突っ伏しながら、自分に言い訳をした。
本当は銃なんて“趣味”ではない。彼の能力において不可欠な道具だ。だがもちろん、そんな裏事情を説明できるはずもない。
「白石くん、顔色悪いけど大丈夫?」
隣の席の女子が心配そうに声をかけてきた。
「……いや、平気」
返事はできたが、それ以上の会話は続かない。気の利いた言葉も思いつかず、すぐに沈黙が戻る。
こうしてまた一日が始まるのだ。戦場では無敵でも、教室では無力。
それが今の燈夜だった。
午前の授業は教科書の予習や自己紹介で終わり、気づけば放課後になっていた。
昇降口を出ると、校庭はいつのまにか活気に満ちている。野球部が白球を打ち、サッカー部が掛け声を上げる。グラウンドの向こうには陸上部が整然と走っていた。
「部活動紹介……か」
渡されたプリントには、ずらりと部活名が並んでいる。運動部、文化部、同好会。燈夜にとってどれも「普通の高校生活」の象徴だった。
だが、彼にはそもそも“普通”がよくわからない。
「何部に入るんだ?」
背後からクラスメイトの男子が声をかけてきた。
「……まだ決めてない」
「だよなー! やっぱ運動部が安定だろ。サッカー部、見学行かね?」
軽い調子で誘ってくるが、燈夜は曖昧に首を振った。
「悪い、ちょっと用があって」
「そっか。じゃあまたな!」
クラスメイトが去ったあと、燈夜は深く息を吐いた。
彼が本当に選ぶべき部活は、すでに決められている。
表向きは「歴史研究部」──裏では政府の秘密育成機関。
だが、その部は廃部寸前だと聞いていた。
「……再建、か」
口の中でその言葉を転がす。
戦場では命を背負うことに慣れていても、部活を“再建する”なんてことは未経験だ。どうすればいいのか想像もつかない。
と、その時だった。
グラウンドの隅で、小さな悲鳴があがった。
「きゃっ!」
振り向くと、部活帰りらしき女子生徒が尻もちをついている。その周囲には、黒い靄のような影が蠢いていた。
虚影。
燈夜の目が鋭く細まった。
黒い靄は人影のように形を変え、生徒にじわじわとにじり寄っていく。
校庭を走る部員たちは誰も気づいていない。虚影は、基本的に異能を持つ者にしか“はっきりした形”を見せないからだ。普通の人間には、ただの気のせいにしか映らない。
「ここで出るかよ……」
燈夜は舌打ちした。
人目がある場所で虚影と戦うのは、本来ご法度だ。だが、あの女子生徒が飲み込まれれば命はない。迷っている余裕はなかった。
制服の内ポケットに忍ばせていた黒い拳銃を抜く。小さく息を整えると、銃口を影に向けて引き金を引いた。
──パァン、と乾いた音。
銃弾に込められたのは、師匠から継承した能力《視界奪取》。
命中した瞬間、虚影の視界が燈夜に流れ込み、位置も動きも完全に手に取るようにわかる。
「逃がすか」
駆け出し、地を蹴って飛び込む。普通の人間には見えない影の中に拳を叩き込み、さらに銃弾を連続で撃ち込んだ。
影は裂け、耳をつんざくような悲鳴をあげて霧散する。
「……ふぅ」
額にうっすら汗をにじませながら、銃をホルスターに戻す。
助けられた女子生徒は、きょとんとした表情で尻もちをついたまま燈夜を見上げていた。
「え、あの……? 今、なにが……」
「……ただの、犬とか……じゃないか?」
苦しい言い訳をひねり出す。自分でも何を言っているのかよくわからない。
幸い彼女は深く追及せず、「そ、そう……ありがとう」と小さく礼を言って去っていった。
燈夜は息を整えながら、空を仰ぐ。夕焼けが校舎を赤く染めていた。
──こんな場所にまで現れるとは。
虚影は確実に活動範囲を広げている。それを悟ると同時に、背筋に冷たいものが走った。
「……これが、俺の日常になるのか」
組織から与えられた任務。
普通の高校生として、部活に入り、人間関係を築き、そして虚影と戦う。
戦場よりもずっと複雑で、居心地が悪い。
そのとき、ポケットの中で小さな振動が走った。
無線機だ。
「燈夜、応答せよ。今の反応、処理したか?」
聞き慣れた低い声──仙台支部の管制担当、五十嵐の声だった。
「……片付けた。誰にも気づかれてない」
「よし。だが気を抜くな。お前の任務は“戦うこと”だけじゃない。忘れるなよ」
「わかってる」
通話を切り、燈夜は小さくため息をついた。
──そうだ。これは戦いじゃない。
これは、始まりにすぎない。




