川瀬
「おうい、大変だあ」
向こうから、平吉が駆け寄ってきた。
「与助が川に落ちた」
「なに」
それを聞いた建造の顔色は、サッと変わった。
「ともかく、一緒に来てくれ」
急いで二人は川へ向かった。
仁淀川は流れが速く、底も深い。こんなところへ落ちてしまえば、命の保証はなかった。
「あ、あれだ」
平吉が指をさす。
建造が見ると、与助は川にのり出している木のツタにしがみついて、懸命に流されまいとしていた。
「馬鹿、なんで助けてやらねえんだ」
建造が怒鳴る。
「俺、泳ぎが駄目なんだ。建さん、代わりに行ってくれ」
建造は平吉をにらみつける。そして無言で頭を殴りつけたあと、服を脱いだ。
「待ってろ与助、いま行くからな」
与助はツタにつかまりながら、浮いたり沈んだりを繰り返している。力尽きて手が離れてしまうのは、時間の問題だった。
「そおれっ」
建造が川へ飛び込む。泳ぎの得意な建造も、仁淀川へは滅多に入らない。
水に入ると案の定、激しい流れに方向を見失いそうになる。
それでもなんとか与助のところまでたどり着き、建造は与助の肩をつかんだ。
「与助、いま来たぞ」
ところが与助は人が来たとわかると、夢中で建造の身体にしがみつこうとした。
「おい、暴れるんじゃない」
建造が声をかけるも、与助の耳には届かない。
とうとうバランスを失った建造は、しがみつく与助と一緒に川に流されてしまった。
「建さん!与助!」
ことの成り行きを見守っていた平吉が叫ぶのも空しく、二人の姿は流れに飲まれて見えなくなっていった。
ゴウゴウという音がする。全身が痛む。
ふと気づくと、建造は河原に投げ出されていた。
建造は、しばらく状況が分からないでいた。なぜ自分がここにいるのか、ここはどこなのか、全身がずぶ濡れになったまま、建造はしばらく茫然としていた。
不意に、内側からこみ上げる何かを感じ、建造は大量の水を吐いた。溺れているうちに、ずいぶんと飲み込んだらしい。
ひとしきり水を吐き出したあと、建造はようやく与助のことを思い出した。
「与助、与助」
まわりの河原を見回す。しかしあたりは無機質な石ばかりで、人間らしい影は見えない。
川の流れは止むことなく、ゴウゴウと響いていた。