対話
「そうか、そうか。そうとるか」
男はそう言って両手を広げた。
「面倒な奴もいるものだ」
向かいには、もう一人男が座っている。
「面倒なことがあるものか。これは正当な権利だ」
向かいの男は、息巻いてもう一人の男に話しかける。
この向かいの男の方が、最初の男よりもいくらか若い。
「困った奴だ」
男はそう言って、腕を組んだ。脇に置いてあるコップには、少しずつ露がたまっていく。
「じゃあ何か。あなたはあれを見過ごせと言うのか」
若い男が相手をにらみつける。その視線を受けながら、男は手を組み直した。
「別にそういう訳じゃない。ただ、もっと穏当な方法があると思ってね」
男は落ち着いて、自分の手を見ている。
「そうだ、こういうのはどうだろう」
男が話しだした。
若い男は黙っている。
「君はこのことに関して、いわば部外者だ。門外漢だと言ってもいい。そんな君が、問題についてやたらめったらと口をはさむのは、やはりおかしい。しかしだ」
男はそこで言葉を切った。
「それでは当然、君の気が収まらないだろう。君は門外漢だが、ことの成り行きを一番気にしているのも、やはり君なのだから」
男はちらと外を見た。夏の気配が感じられる今の時期は、空気も光を帯びているかのように明るくなりつつある。
「宣伝を、するのだ」
「宣伝?」
若い男が聞き返す。男はうなずいた。
「そうだ。宣伝だ。これで君の気持ちが晴れるかは保証できない。しかし、問題の解決に向けては一定の効果を生み出してくれるだろう」
ここまで言って、男は水を口に運んだ。小さくなった氷は男の口へと飲まれていった。
「ふーむ」
若い男は考えているらしかった。
「それで、あなたは何をするんです。まさかこのままというわけでもないでしょう」
さきほどまでの勢いはいくらか穏やかになったようだった。
「それはもう、やることはたくさんある」
男は大げさに眉を上げてみせた。
「数えきれないほどだ。ただ、大切なのはそこじゃない。」
男は若い男の顔を見た。
「君が、納得してこの問題に対峙できること。それが一番大事なんだ」
やや沈黙がある。若い男は黙り込んでいる。
「もし」
若い男が口を開いた。
「もし、このことが解決したなら、あなたはどうするんですか?」
男は先ほどと同じように若い男を見ている。
「もちろん、私もそれを願っている。その時は一緒に、おいしいご飯でも食べようじゃないか」
隣では店の人間が、空いた席の片づけをしている。店先でまた新しい客が、入口のドアを開けた。