剣
ある小さな国に男が住んでいた。裕福とまではいかないが、満ち足りた生活。小さな家で、つつましく暮らしていた。その男は剣術が好きだった。多少腕に覚えがあり、よく友人達と試合をした。毎朝、決まって家の前で剣を振っていた。
ある時男がいつもの日課を始めると、これまでとは違うことが起きた。
剣を持ち、軽く何回か振る。その後に力を込めて剣を降り下ろすとガシャンと音がして、男は足元に自分の剣と同じような剣が落ちていることに気付いた。手に持ってよく見ても、自分の剣とほとんど同じである。ただ、元の剣に彫ってある男の名前がなかった。男は不思議に思い、今度はその名前の彫ってない剣を思いきり振ってみた。するとまたもや瓜二つの剣が地面に落ちた。この剣にも名前はなかった。
「や、これはどうしたことだろう。今までこんなことはなかったのだか。何か悪いことが起こる前触れなのか。気味が悪い。あまりこのことは言わないでおいた方が良さそうだ」
幸いその時、周囲に人はいなかった。男はその三本の剣を家の中に隠して、それから朝の鍛練をしなくなった。
剣による試合は他人のものを見るだけにして、自分ではやらなくなった。もし人前で剣が増えたら何かと面倒だからだ。とはいえ今まで試合をすることを楽しんでいた男は、試合を見るだけでは退屈になってきた。自分も試合をしたくなる。
そんな時、男とよく試合をしていた友人が家を訪れた。
「よう、最近試合をしてないな。調子でも悪いのか?」
その友人とは気の置けない仲であったので男は本当のことを話した。
「実は、剣を振ると剣がもう一本増えるようになってしまったんだ」
「そんな話があるか」
「気持ちはわかるが、まあ見ていてくれ」
そこで男は隠していた剣を1本取りだし、以前のように思いきり振ってみた。しかしなにも起こらない。
「変だな。人の前では増えないのか?」
「なんだ、あまり驚かさないでくれよ」
人の前では剣が増えないと知った男は安心し、その日は友人と手土産の酒を飲んでひたすら騒いだ。
男はまた試合に出るようになった。一人きりで剣を振ると剣が増えて厄介なので誰かと一緒に鍛錬することが増えた。一旦試合から離れたことでむしろ男の試合への熱意は増し、相当な腕前になった。ある時鍛錬を終えた後友人との世間話の途中、友人が戦の話に触れた。
「そういえば、いよいよ隣国との戦が始まるらしいぞ。だがどうも武器が足りていないようだぜ。これは負けるかもなあ。」
「兵士も大変だな。」
友人と別れた後にも、男は戦のことが気にかかった。
明くる朝、男は王の住む城に行ってみた。門番がいる。
「なんの用だ」
「武器が不足していると聞きまして……」
「ああ、武器商人達が隣国にばかり武器をまわしていてな。おまけにこの前の火事で元からあった武器もほとんど焼けてしまって使い物にならない。困ったもんだ」
「私のつてで、大量に武器が手に入りますよ」
「なに、それは本当か? 王にお会いできるかかけあってみよう」
しばらく待たされた後、 男は王の前に通された。
「お前は武器の調達ができるらしいな」
「私なら、お望みの数の剣を用意できます」
「面白いことを言うやつだ。三千人分の剣を用意できるか?」
「はい、何日か待っていてください」
男は家に帰った後、近所の山に忍び込んで剣を振り続けた。そうして3日後、増えた剣を王の元に持っていった。
「素晴らしい。これで次の戦に勝てるぞ。褒美をやろう。望みはないか?」
「はい、私の家の近くにある山を私だけが入れるようにしてほしいです。それと私は今の仕事をやめて武器商人になろうと思います。これからもご贔屓にしてください」
「よし、わかった。他の武器商人達はあまり信用できん。お前に任せよう」
こうして男は武器商人として生活し始めた。人気のない山で剣を振り、増えていった剣を売る。元手がかからないので値段が安く、質も悪くないのでよく売れた。国は戦に勝ち、男は裕福になっていった。小さな国なので、使われる武器は男の剣ばかりになった。面白くないのは他の武器商人たちだ。男を失脚させようと王に告げ口をするようになった。
「気を付けてください、あの男は今に反乱しますよ」
最初は取り合わなかった王だったが、男が次第に力をつけていくようになると不安になってきた。
「ううむ、あいつならやりかねん。捕まえて殺してしまえ」
男は捕らえられ、処刑人に連れられて広場までやってきた。
「ああ、なんということだ。無実の罪で殺されるとは……」
「つべこべ言うな、これも命令なのだ」
そうして男の首に男自身が作った剣が振り下ろされた。
ところが不思議なことが起こった。男が切れないのだ。他のものは切れる。しかし剣でどのように攻撃しようとも、男は全くの無傷であった。それを見ていた王は寒気がしてきた。
「気味の悪いやつだ。早く釈放してしまえ。」
一命を取り止めた男だったが、王への不信が募る。
「やれやれ、ひどい目に遭った。今に見ていろ。」
男は密かに反乱の計画を立て始めた。武器はいくらでも手に入った。また戦争では武器不足を解消し、その後無実の罪で殺されかけた。ちょっとした有名人なのだ。人望も高い。反乱は成功し、王は殺されて男が新しい王となった。
王となった男は最初のうちは普通だった。しかし男は自分が不思議な力を持ち、王にまでなることができた事実に酔いしれた。次第に贅沢に慣れ、滅茶苦茶な政治を始めた。国民の生活は苦しくなり、男を恨む者が増えてくる。男は不平を言う者を報告させては死刑にしたり、厳しい罰を与えた。
男は自分が特別な人間であることを示すために、定期的に広場で試合を開催し、死刑囚と闘った。武器は互いに男の作った剣である。最初は必ず相手にわざと自分を斬らせる。しかし自分で増やした剣なので男は全く傷つかない。そうして、無傷な自分を大衆に見せてから相手を殺した。それ以外の時には常に忠実な部下が男を守る。国民がどんなに男を殺したいと思っても無駄だった。男の寿命が尽きることを祈るばかりであった。
ある日の試合のこと、いつものように男は広場で先に自分を斬らせた。すると、これまでとは違うことが起きた。男が傷を負ったのだ。男はうろたえた。
「おかしい、痛いぞ。俺の剣なのに……?」
この時の死刑囚は男のちょっとした気まぐれで死刑を宣告されており、他の国民同様男を恨んでいたのでそのままあっけにとられている男を切り殺してしまった。死刑囚が男を殺した剣をよく見てみると、普段使っていた剣とは違い、男の名前が彫ってあった。男が作った大量の剣にまじり、男がもともと持っていた普通の剣が死刑囚の手元に来たのだ。
その死刑囚がそのまま新しい王となり、その国は大いに栄えた。男が作った剣を戦争に使うと、不思議と勝てることが多くなっていったのだ。
今もとある博物館には男が切り殺された剣が保管されてある。頼めば握らせてもらえる。刀身にはいまだに男の血糊がついており、手にした者はどことなく不気味な気持ちに包まれるらしい。