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第62話 UCAVシミュレーター、胎動

 金曜日の朝、国防総省の地下へ向かった。

 エレベーターが下降するたび、耳が詰まる。地下三階で扉が開いた。冷たい金属臭が鼻を刺す。

 立入証をかざす。赤いランプが緑に変わる瞬間、胸の奥がざわめいた。

 また"前世"なんて口を滑らせたら終わりだ。拳を握る。手のひらに汗が滲んでいる。

「上杉君、こっちよ」

 森中尉が廊下の奥から手を振った。濃紺の制服がよく似合っている。踵が床を打つたび、微かな残響が尾を引く。

「遅刻しなくて偉いわね」

「当然です」

「ワクワクするでしょ?」

 振り返る笑顔が少女のように眩しい。でもその目は狩人のそれだった。

 重い扉の前で立ち止まる。森中尉がカードキーをかざした。

「ようこそ、最新鋭のシミュレーター室へ」

 扉が滑るように開く。冷えた空気が一気に噴き出した。

***

 息を呑んだ。

 そこは巨大な灰色の箱庭だった。三百六十度スクリーン。天井まで映像が覆っている。真新しい機材の匂いが鼻をくすぐる。

 中央に鎮座するのは双胴空母の艦橋モジュール。現時点での"最適解"らしい。

「すげぇ……」

 思わず声が漏れる。

「でしょ?」

 森中尉が得意げに胸を張った。

「右舷は有人機用の白線、左舷は※1UCAV用の紅線」

 境界がくっきりと二色で割れている。まるで別の世界を繋ぐ境界線のようだ。

「量子コンピュータで十数万案を回した結果よ」

 森中尉の声が弾んでいる。

「来週には形が変わるでしょうけど」

 俺は甲板模型へ歩み寄った。手すりを撫でる。冷たい金属の感触。震えが掌を這い上がってくる。

 こいつが未来を切り開く。いや、切り裂くのか。喉の奥が渇いた。

「柴田さんも来てるわよ」

 振り返ると、制御室のガラス越しに柴田さんの姿が見えた。白衣姿で端末に向かっている。

「おはようございます、上杉君」

 インターコムから声が聞こえた。

「今日はAIの反応速度を測定します。協力お願いね」

「了解です」

 柴田さんの真剣な横顔を見ていると、こちらまで身が引き締まる。

***

「まずはUCAV単独離発着の効率を測る」

 森中尉が端末を叩き始めた。

「上杉君、シミュレータ越しに※2CIC入って」

 スクリーンに滑走路灯が灯る。深海色の床に光が走った。幻想的な光景に、一瞬現実を忘れそうになる。

 CICへ向かう。扉を開けると、電子音が腹に響いた。仮想空間なのに、妙にリアルだ。

 操舵員席へ沈み込む。シートが体を包む。視界が数値で満たされた。

 

 Launch window:12

 Comm-lag:0.11sec

 

 遅延が0.1秒。やはり衛星リンクじゃ限界だ。肩に汗が落ちた。シャツが肌に張り付く。

 モニタ右上に森中尉のアバターが浮かんだ。

「自律モード試す?」

 彼女の声がヘッドセットから聞こえる。

「中央管制は最小化、各機に予測行動を任せる方式」

「やります」

 即答した。自分でも声が弾んでいるのが分かる。

「じゃあ、始めるわよ」

 ENTERキーを押す。指先が震えた。

 

 次の瞬間、甲板が群青の海へ変わった。

 風が吹く錯覚。髪が揺れたような気がした。UCAV群が蜂の群れのように浮上する。機体が赤い光を瞬かせた。

 一本の軌跡が描かれる。そこを起点に、幾何学模様が水面へ転写されていく。

 美しい。でも同時に恐ろしい。

 眩暈がした。心臓が不規則に跳ねる。これが未来の戦場なのか。

「データ取得完了」

 柴田さんの声で我に返った。

「遅延は予想通りですが、自律判断の精度は想定以上です」

「すごいじゃない!」

 森中尉が興奮している。

 映像が白にフェードアウトした。

***

 ヘッドセットを外す。こめかみが汗で湿っていた。

 森中尉が興奮で頬を染めている。まるで子供のようだ。

「やっぱり速い!自律群知能、いいじゃない」

 俺は無言で頷いた。言葉が出ない。喉が詰まっている。

 視界の端で柴田さんが端末を睨んでいた。グラフが次々と表示される。彼女の指が忙しく動く。

「上杉君、大丈夫?」

 柴田さんが心配そうに俺を見た。

「顔色が悪いわよ」

「いえ、ちょっと……圧倒されて」

 正直に答える。

「気持ちは分かるわ」

 柴田さんが優しく微笑んだ。

「私も最初は怖かった。でも、これが未来なのよ」

「有人機との共同運用、次はそこね」

 森中尉が弾む声で宣言した。手をパンと叩く。

「来週また集まりましょう」

 俺は拳を握った。爪が掌に食い込む。痛みで現実を確認する。

 また新しい地獄を覗くのか。それとも、新しい希望を見つけるのか。

 胸の奥で、凍えるものと熱いものがせめぎ合っていた。

***

 シミュレーター室を出ると、廊下の空気が妙に生温かく感じた。

「上杉君」

 森中尉が振り返る。

「どうだった?初めてのUCAVシミュレーター」

「正直、怖かったです」

 素直に答えた。

「でも、同時に興奮もしました」

「それでいいのよ」

 森中尉がにやりと笑う。

「恐怖と興奮は表裏一体。それを理解できる人間だけが、この技術を正しく扱える」

 エレベーターに乗り込む。上昇するにつれ、耳が軽くなっていく。

「来週は、もっと面白いことをやるわよ」

 森中尉の目が危険な光を宿していた。

「覚悟しておいてね」

 地上に出ると、夕日が眩しかった。

 日常の世界に戻ってきた。でも、地下で見た光景は脳裏に焼き付いている。

 美しくて恐ろしい、未来の戦場の姿が。

***

※1 UCAV:Unmanned Combat Aerial Vehicle(無人戦闘航空機)

※2 CIC:Combat Information Center(戦闘情報センター)。艦船の中枢となる指揮統制室

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