第59話 進級と波乱の幕開け
士官学校での生活も三年目に突入した。
教室の扉を開けると、見慣れない時間割表が目に飛び込んできた。俺の名前の横に並ぶ科目は、もはや通常の士官学校生のそれとは別物だった。
講義は特別編成。演習の時間は週に一度。代わりに技術開発と研究の文字が並ぶ。
「……本当に俺は士官学校生なのか?」
声が喉の奥でつかえた。
周囲の同期たちの声が聞こえる。基本訓練の話、座学の愚痴。俺だけが違う世界にいる。胸の奥がざわつく。
廊下で美樹さんと鉢合わせた。
「義之君、新しい時間割見た?」
美樹さんの眉が少し寄っている。
「まぁ、義之君だし当然でしょ?」
苦笑いが漏れた。でもすぐに表情が曇る。
「でも、あんまり無理しないでね?」
美樹さんの手が俺の袖にそっと触れた。温かい。胸が締め付けられる。
食堂で沙織さんに会った。
「あなたがここまで特別扱いされるのは実力があるからよ」
沙織さんが冷静に言う。でも視線が俺の顔を探っている。心配の色が瞳に浮かんでいた。
千鶴さんは俺の肩を叩いた。
「でも、それだけ期待されてるってことだから」
声が弾んでいる。
「誇りに思わないとね!」
真奈美さんは俺の向かいに座った。箸が止まっている。
「……でも」
声が小さい。
「それって義之さんにとって、本当にいいことなんでしょうか?」
目が不安そうに揺れていた。
それぞれの言葉が、胸に突き刺さる。俺の立場が、改めて肌に突き刺さった。
***
研究室配属の通知が来た。
本来なら4年生からだが、俺は今年度から。紙を持つ手が震えた。
知能情報講座。研究テーマは※1無人戦闘システム。
「今の俺にはぴったりのテーマだな……」
つぶやきが漏れる。喉が渇いた。
無人戦闘機や※2自律AI兵器の研究。俺がこれまで関わってきたUCAV開発との関連も深い。背筋が伸びる。
同時に上杉情報通信システムとの産学連携も本格化する。肩に重みがのしかかった。
研究室での顔合わせ。企業側の担当者への挨拶。
「初めまして、上杉義之です」
俺が名乗った瞬間、担当者の顔色が変わった。目が見開かれ、背筋がぴんと伸びる。
手のひらに汗が滲む。俺の存在が思った以上に影響を持っている。
研究室では視線が交錯した。歓迎の笑顔もあれば、警戒の目もある。
特に俺が産学連携のパートナー企業に直接関与していることに、先輩の一人が眉をひそめた。
「お前、何者なんだ?」
冗談めかした口調。でも目は真剣だった。
「……士官学校の学生です」
俺の声が小さくなる。本当にそうなのか?喉の奥で疑問が渦巻いた。
***
ある日の午後、騒ぎが起きた。
北園が同期と口論になったという。上級生が駆けつけたが、北園に非はないと判明した。
問題は、言い争いの原因が俺だったことだ。
後で北園から聞いた話では——
「なんで上杉ばっかり特別扱いなんだよ?」
同期の一人がそう吐き捨てたらしい。
「なら、お前に上杉と同じことができるのか?」
北園が即座に返した。声に熱がこもっていたという。
それが引き金となり、言い争いに発展。同期は顔を真っ赤にして負け惜しみを吐いたと聞く。
普段あれほど俺をライバル視しているのに。胸の奥が熱くなった。
美樹さんに会った時、この話題が出た。
「義之君が特別扱いされるのは当然でしょ?」
さらりと言う。でも眉間に小さな皺が寄った。
「でも……その分、周りからのプレッシャーも大きいんじゃない?」
心配そうな視線が突き刺さる。
沙織さんは腕を組んだ。
「それは仕方のないことよ」
声が冷静だ。
「実力がある者は、それ相応の評価を受けるものだから」
千鶴さんは手を叩いた。
「でも、北園君がしっかり義之君を守ってくれるのは頼もしいよね!」
笑顔が眩しい。
真奈美さんは俺の隣で小さくため息をついた。
「……義之さん」
声が震えている。
「そういうことに慣れちゃダメですよ」
彼女たちの言葉が胸に刺さる。今後の振る舞いについて、頭がぐるぐると回り始めた。
三年目の士官学校生活は、波乱の幕開けとなりそうだった。
拳を握る。関節が白くなるまで。
***
※1 無人戦闘システム:人間が搭乗せず、遠隔操作またはAIによって制御される戦闘システムの総称
※2 自律AI兵器:人工知能が自律的に標的を選定し、攻撃を実行する兵器システム
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