表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/122

第58話 来季のスケジュール

 教官から呼び出しがかかった。来期の授業について話があるという。

 廊下を歩くたび、足が重くなる。胃の奥がざわついた。今までの呼び出しでロクなことになった試しがない。

 他の士官学校生たちの笑い声が耳に入る。期末試験も終わり、みんな晴れやかな顔をしている。

 俺だけが違う道を歩かされている。背中に冷たいものが這い上がった。

 教官室のドアをノックする。手が震えていた。

「上杉、座れ」

 教官の表情が硬い。

 案の定、告げられた言葉に息が止まった。

「お前の座学は定期試験とレポートのみとする」

 耳を疑う。

「定期試験で上位10%に入ることを条件に免除される」

「……は?」

 声が裏返った。教官の顔は真剣そのものだ。

「さらに、操縦実技も週1回の訓練と戦技シミュレーターのみとする」

 血の気が引く。

「その他の時間は国防研究所との技術開発に専念しろ」

「いや、ちょっと待ってください」

 俺は椅子から腰を浮かせた。

「お前には貴重な才能がある」

 教官が続ける。

「それを士官学校の標準的なカリキュラムで潰すわけにはいかない」

 喉が詰まる。

「体力維持をしたいなら、自習時間で走り込みや筋トレをするしかないな」

 教官の声が遠い。

「士官学校の正式な授業としては省かれる」

「おいおい……」

 額に汗が滲んだ。

「それと、戦技シミュレーター訓練では必ず北園に勝ち越すこと」

 拳を握る。爪が掌に食い込んだ。

「これは条件だ。それさえ満たせば、お前は主席で卒業となる」

「あと、上杉情報通信システムと次期※1UCAVの産学連携も決まった」

 教官が書類をめくる。

「そちらにも顔を出すように」

 好待遇のはずなのに、目頭が熱くなった。俺はまだ一士官学生でしかない。肩に重石を乗せられたような圧迫感。

「来期から※2第6世代航空機の開発予算が正式に確保された」

 教官の説明が続く。

「プロジェクトが本格的にスタートする」

「それは……いいことなんでしょうけど」

 声が震えた。

「飛燕改の性能が想像以上に高く、影武者との相性も抜群だ」

 教官の目が光る。

「開発費は即座に可決された」

「そこでお前の話も出た」

 背筋が冷える。

「士官学校生とはいえ、才能を無駄に遊ばせるわけにはいかない」

「俺は士官学校生ですよ?」

 声が上ずる。

「まだ卒業すらしていないんですが」

「だから、経歴に汚点がつかないように」

 教官が身を乗り出した。

「内々に条件付きでの主席卒業が決まったんだ」

 なんだその決定事項は。頭がくらくらする。

「同期同士の付き合いとか、先輩後輩とのつながりとか」

 俺は必死に食い下がる。

「そういう士官学校でしか学べないこともあると思うんですけど」

「心配いらん」

 教官があっさりと切り捨てる。

「上杉君は慕われているから大丈夫だろう」

 胸の奥で何かが折れる音がした。

 こうして、来季の俺のスケジュールは決まった。

***

 教官室を出て廊下を歩く。足がふらついた。

 同期たちの声が遠くから聞こえる。試験の結果、来期の話。

 俺には別世界の出来事だ。肺から空気が漏れる。

「はぁ……」

 ため息が止まらない。

「義之君?」

 顔を上げると、沙織さんが立っていた。眉が寄っている。

「なんだか考え込んでるみたいだけど……大丈夫?」

「……あぁ、ちょっとな」

 俺は今の状況を説明した。言葉が重い。

 沙織さんの表情が和らぐ。

「義之君なら大丈夫よ」

 声が柔らかい。

「あなたはいつも、どんな状況でも乗り越えてきたもの」

「そう言われてもな……」

 喉が渇く。

「さすがに今回は……」

「でも、無理はしすぎないでね?」

 沙織さんが一歩近づく。

「もし辛くなったら、頼ってくれてもいいのよ?」

 胸の奥が温かくなった。肩の力が少し抜ける。

***

 昼食時、食堂で箸を動かしていた。味がしない。

 千鶴さんがトレーを持って隣に座る。椅子が軋んだ。

「で、話は聞いたわよ」

 千鶴さんの瞳が俺を捉える。

「義之君、主席卒業が決まったんですって?」

「まぁ、そういうことになったな……」

 箸が止まる。

「すごいわね!」

 千鶴さんが笑う。

「でも、ちゃんと息抜きすることも忘れないでね?」

「息抜きって……」

 俺は苦笑いを浮かべる。

「俺のスケジュールにそんな時間があるのか?」

「ふふっ、じゃあ私が息抜きの時間を作ってあげるわ」

 千鶴さんが身を乗り出す。髪がふわりと揺れた。

「少しくらい、気を抜く時間がないとダメよ?」

 俺のトレーを覗き込む。

「それに、食事くらいはちゃんと取らないと」

 千鶴さんの箸が動く。

「ほら、もう少し栄養のバランスを考えなきゃ」

 俺の皿に副菜が乗せられる。温かい湯気が立ち上った。

***

 夕方、図書室で資料を探していた。指先が本の背表紙をなぞる。

 足音が近づく。振り返ると真奈美さんがいた。

「義之君、ちょっといい?」

「ん?どうした?」

「今日の話、聞いたわ」

 真奈美さんの声が小さい。

「……無理はしないでね」

「ははっ、みんなにそう言われるな」

 俺は本を棚に戻す。

「でも、正直どうにもならないんだよな……」

「だからこそ、気をつけてほしいの」

 真奈美さんの瞳がじっと俺を見つめる。光が揺れていた。

「もし、辛くなったら相談してね」

 手が俺の袖に触れる。

「私たちは、いつでも義之君の味方だから」

 喉の奥が熱くなった。肩の力がふっと抜ける。

***

 夜、訓練場で北園と鉢合わせた。

「お前に勝ち越すぞ」

 北園が突然言い放つ。

「……は?」

「お前の負担が増えたなら、俺が勝つチャンスだろ?」

 北園の目が輝いている。

「いや、俺の苦労は……」

「それより」

 北園が一歩詰める。

「お前が負けたらどうする?主席卒業もパーか?」

「それは……」

 背中に汗が滲む。

「じゃあ、手加減なしでやるしかねえな!」

 北園の手が俺の肩を掴む。力強い。骨に響いた。

「お前が上にいる限り、俺はそれを超える目標ができるんだよ」

 ライバルの純粋な闘志。胸が熱くなる。

 俺の士官学校生活は、来季からさらにカオスになりそうだった。

 だが——悪くない。唇の端が勝手に上がった。

***

※1 UCAV:Unmanned Combat Aerial Vehicle(無人戦闘航空機)。武装を搭載し戦闘任務を遂行する無人機

※2 第6世代航空機:次世代の戦闘機。AI制御、無人機との連携、高度なステルス性能などを特徴とする

------------------------------------------------------------

この作品を応援してくださる皆様へお願いがあります。

なろうでは「ブックマーク」と「評価ポイント」が多いほど、多くの読者に届きやすくなります。

「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ ブックマーク&★評価 を押していただけると、今後の更新の励みになります!


感想も大歓迎です! 一言でもいただけると、モチベーションが爆上がりします!


次回もお楽しみに! ブックマークもしていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ