第58話 来季のスケジュール
教官から呼び出しがかかった。来期の授業について話があるという。
廊下を歩くたび、足が重くなる。胃の奥がざわついた。今までの呼び出しでロクなことになった試しがない。
他の士官学校生たちの笑い声が耳に入る。期末試験も終わり、みんな晴れやかな顔をしている。
俺だけが違う道を歩かされている。背中に冷たいものが這い上がった。
教官室のドアをノックする。手が震えていた。
「上杉、座れ」
教官の表情が硬い。
案の定、告げられた言葉に息が止まった。
「お前の座学は定期試験とレポートのみとする」
耳を疑う。
「定期試験で上位10%に入ることを条件に免除される」
「……は?」
声が裏返った。教官の顔は真剣そのものだ。
「さらに、操縦実技も週1回の訓練と戦技シミュレーターのみとする」
血の気が引く。
「その他の時間は国防研究所との技術開発に専念しろ」
「いや、ちょっと待ってください」
俺は椅子から腰を浮かせた。
「お前には貴重な才能がある」
教官が続ける。
「それを士官学校の標準的なカリキュラムで潰すわけにはいかない」
喉が詰まる。
「体力維持をしたいなら、自習時間で走り込みや筋トレをするしかないな」
教官の声が遠い。
「士官学校の正式な授業としては省かれる」
「おいおい……」
額に汗が滲んだ。
「それと、戦技シミュレーター訓練では必ず北園に勝ち越すこと」
拳を握る。爪が掌に食い込んだ。
「これは条件だ。それさえ満たせば、お前は主席で卒業となる」
「あと、上杉情報通信システムと次期※1UCAVの産学連携も決まった」
教官が書類をめくる。
「そちらにも顔を出すように」
好待遇のはずなのに、目頭が熱くなった。俺はまだ一士官学生でしかない。肩に重石を乗せられたような圧迫感。
「来期から※2第6世代航空機の開発予算が正式に確保された」
教官の説明が続く。
「プロジェクトが本格的にスタートする」
「それは……いいことなんでしょうけど」
声が震えた。
「飛燕改の性能が想像以上に高く、影武者との相性も抜群だ」
教官の目が光る。
「開発費は即座に可決された」
「そこでお前の話も出た」
背筋が冷える。
「士官学校生とはいえ、才能を無駄に遊ばせるわけにはいかない」
「俺は士官学校生ですよ?」
声が上ずる。
「まだ卒業すらしていないんですが」
「だから、経歴に汚点がつかないように」
教官が身を乗り出した。
「内々に条件付きでの主席卒業が決まったんだ」
なんだその決定事項は。頭がくらくらする。
「同期同士の付き合いとか、先輩後輩とのつながりとか」
俺は必死に食い下がる。
「そういう士官学校でしか学べないこともあると思うんですけど」
「心配いらん」
教官があっさりと切り捨てる。
「上杉君は慕われているから大丈夫だろう」
胸の奥で何かが折れる音がした。
こうして、来季の俺のスケジュールは決まった。
***
教官室を出て廊下を歩く。足がふらついた。
同期たちの声が遠くから聞こえる。試験の結果、来期の話。
俺には別世界の出来事だ。肺から空気が漏れる。
「はぁ……」
ため息が止まらない。
「義之君?」
顔を上げると、沙織さんが立っていた。眉が寄っている。
「なんだか考え込んでるみたいだけど……大丈夫?」
「……あぁ、ちょっとな」
俺は今の状況を説明した。言葉が重い。
沙織さんの表情が和らぐ。
「義之君なら大丈夫よ」
声が柔らかい。
「あなたはいつも、どんな状況でも乗り越えてきたもの」
「そう言われてもな……」
喉が渇く。
「さすがに今回は……」
「でも、無理はしすぎないでね?」
沙織さんが一歩近づく。
「もし辛くなったら、頼ってくれてもいいのよ?」
胸の奥が温かくなった。肩の力が少し抜ける。
***
昼食時、食堂で箸を動かしていた。味がしない。
千鶴さんがトレーを持って隣に座る。椅子が軋んだ。
「で、話は聞いたわよ」
千鶴さんの瞳が俺を捉える。
「義之君、主席卒業が決まったんですって?」
「まぁ、そういうことになったな……」
箸が止まる。
「すごいわね!」
千鶴さんが笑う。
「でも、ちゃんと息抜きすることも忘れないでね?」
「息抜きって……」
俺は苦笑いを浮かべる。
「俺のスケジュールにそんな時間があるのか?」
「ふふっ、じゃあ私が息抜きの時間を作ってあげるわ」
千鶴さんが身を乗り出す。髪がふわりと揺れた。
「少しくらい、気を抜く時間がないとダメよ?」
俺のトレーを覗き込む。
「それに、食事くらいはちゃんと取らないと」
千鶴さんの箸が動く。
「ほら、もう少し栄養のバランスを考えなきゃ」
俺の皿に副菜が乗せられる。温かい湯気が立ち上った。
***
夕方、図書室で資料を探していた。指先が本の背表紙をなぞる。
足音が近づく。振り返ると真奈美さんがいた。
「義之君、ちょっといい?」
「ん?どうした?」
「今日の話、聞いたわ」
真奈美さんの声が小さい。
「……無理はしないでね」
「ははっ、みんなにそう言われるな」
俺は本を棚に戻す。
「でも、正直どうにもならないんだよな……」
「だからこそ、気をつけてほしいの」
真奈美さんの瞳がじっと俺を見つめる。光が揺れていた。
「もし、辛くなったら相談してね」
手が俺の袖に触れる。
「私たちは、いつでも義之君の味方だから」
喉の奥が熱くなった。肩の力がふっと抜ける。
***
夜、訓練場で北園と鉢合わせた。
「お前に勝ち越すぞ」
北園が突然言い放つ。
「……は?」
「お前の負担が増えたなら、俺が勝つチャンスだろ?」
北園の目が輝いている。
「いや、俺の苦労は……」
「それより」
北園が一歩詰める。
「お前が負けたらどうする?主席卒業もパーか?」
「それは……」
背中に汗が滲む。
「じゃあ、手加減なしでやるしかねえな!」
北園の手が俺の肩を掴む。力強い。骨に響いた。
「お前が上にいる限り、俺はそれを超える目標ができるんだよ」
ライバルの純粋な闘志。胸が熱くなる。
俺の士官学校生活は、来季からさらにカオスになりそうだった。
だが——悪くない。唇の端が勝手に上がった。
***
※1 UCAV:Unmanned Combat Aerial Vehicle(無人戦闘航空機)。武装を搭載し戦闘任務を遂行する無人機
※2 第6世代航空機:次世代の戦闘機。AI制御、無人機との連携、高度なステルス性能などを特徴とする
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