第55話 影武者の量産に向けて
年末年始休暇が目前に迫ったある日、俺は国防研究所の執務室でキーボードを叩いていた。
言葉や画像を理解するAIの論文を送信する。Enterキーを押す瞬間、指が少し震えた。前世の知識を、この世界で形にする使命は続く。
「上杉君、急げ!」
ドアが勢いよく開いた。主任研究員の佐藤が飛び込んでくる。額に汗が光り、白衣が肩から落ちかけていた。
「どうしました?」
俺は椅子を蹴って立った。
「飛行場だ」
佐藤の息が荒い。
「※1Aegis-β4の最終テストが始まるが、トラブルが起きた!」
心臓が跳ねた。喉が締まる。影武者の量産を前にした大事な試験だ。
俺はカバンを掴み、彼の後を追って走り出した。
***
国防研究所の飛行場。朝陽が滑走路を赤く染めていた。
試作機が並ぶ。エンジンの低い唸りが腹に響く。俺は管制室に駆け込んだ。
研究員たちが無線機を握っている。Aegis-β4が一機ずつ離陸準備に入る。
「影武者1番機、上昇開始!」
オペレーターの声が響く。機体が急加速した。轟音が胸を震わせる。
次の瞬間、モニターが赤く点滅した。警告音が耳を突く。
「通信途絶!」
若い研究員の手が震えている。俺はスクリーンに目を凝らした。データが乱れている。
「敵のジャミングだ!」
佐藤が叫ぶ。
「※2EW-06の模擬攻撃を超えた何かが――」
「敵?」
俺の眉が寄る。
「スパイだ」
佐藤が唇を噛んだ。
「昨日から不審な電波を検知していたが、まさか本番で――」
背筋に冷たいものが走る。この試験は国防総省への報告を控え、国際的な注目を集めていた。他国のスパイが動いたのか。
「影武者2番機、離陸中止!」
俺は無線機を掴んだ。
「でも、試験スケジュールが――」
研究員の声が震える。
「今飛ばせば墜落する」
俺の声が管制室に響く。
「通信が途絶えたら制御不能だ!」
全員の動きが止まった。
「上杉の言う通りだ」
佐藤が頷く。
「まずは妨害源を特定しろ」
モニターの1番機が揺れている。映像が乱れた。
「敵の妨害電波が強すぎる」
オペレーターの顔が青ざめる。
「AIの自律モードが反応しない!」
俺は設計図を頭に浮かべた。前世の知識が閃く――バックアップモードの切り替えだ。
「佐藤さん、手動でバックアップを起動できるか?」
彼の目が丸くなる。
「可能だが、リスクが――」
「今しかない!」
俺はキーボードに手を伸ばした。指が勝手に動く。前世で何百回と打ち込んだバックドアコード。画面に文字が流れる。
だが――
「アクセス拒否!?」
画面が真っ赤に染まった。手のひらに汗が滲む。この世界のセキュリティが、俺の知識を弾いた。
「くそっ!」
焦りが背中を濡らす。前世の知識が通用しない。膝が震えた。
「上杉、どうした!」
佐藤の手が肩を掴む。
「……別の方法を試す」
俺は歯を食いしばった。震える手で、今度はこの世界の言語でコードを組み直す。一文字、また一文字。キーボードが汗で滑る。
機体の高度が下がっていく。墜落まで、あと30秒――
「通信復帰!」
奇跡的にバックアップが起動した。額から汗が流れ落ちる。
***
1番機が安定を取り戻した。急旋回で試験空域に戻る。管制室に安堵のため息が漏れる。
だが、俺の手はまだ震えていた。
「妨害源は?」
「特定した」
佐藤がモニターを指差す。
「敷地外のドローンだ。警備班に連絡済みだ」
胸の奥で怒りが燃える。敵のスパイがドローンで妨害電波を送っていたのか。
「2番機、離陸再開!」
俺の指示で機体が滑走路を駆け抜ける。風圧で髪が乱れた。
仮想戦場がモニターに映る。EW-06が電子妨害を仕掛けてきた。だが、バックアップモードが機能している。影武者が編隊を組み直す。
「2番機、敵を捕捉!」
模擬ミサイルが発射される。命中。爆炎が画面を染めた。
「完璧だ!」
佐藤が拳を握る。
……いや、完璧じゃない。俺は震える手を握りしめた。喉の奥が苦い。あと少しで、失敗するところだった。
***
試験後の報告会。会議室には各国の武官が詰めかけていた。
「イギリスが輸出を求めている」
英国武官が身を乗り出す。
「機密保護が最優先だ」
日本側の声が硬い。
「ブラックボックス化を」
「このままでは※3F-35の優位性が――」
アメリカ武官の焦りが滲む。額に汗が浮かんでいる。
次はお前らの空でも飛ばしてやるよ。俺の唇が小さく動いた。
管制室に戻る。モニターには影武者のデータが流れている。
影武者の力は戦場を変える。単なる支援機じゃない。戦術の中枢だ。
だが、今回の妨害工作が頭から離れない。手のひらがまだ湿っている。
「敵は次も来るだろうな」
俺の声が低くなる。
「そうだ」
佐藤が頷いた。
「だが、お前がいたから持ちこたえた」
彼の手が俺の肩を叩く。温かい。
「……ギリギリでしたけどね」
俺は口の端を上げた。前世の知識も、この世界では完璧じゃない。胸が締め付けられる。
「これが未来の戦場か」
拳を握る。
「俺も動かなきゃ」
研究所では次の試験が動き出している。影武者が戦場を統べる日が近づいている。
スパイの妨害を乗り越えたこの勝利が、俺の決意をさらに固めた。背筋が伸びる。
……だが、今日の敵は氷山の一角に過ぎない。
窓の外で、影武者が夕陽に染まりながら着陸していく。
その姿が、なぜか不吉に見えた。影が長く伸びている。
***
※1 Aegis-β4:作中に登場する架空の戦術AI。自律的な判断能力と学習機能を持つ
※2 EW-06:Electronic Warfare(電子戦)機。通信妨害や電子攻撃を専門とする航空機
※3 F-35:ロッキード・マーティン社製の第5世代戦闘機。多国間共同開発による最新鋭機
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